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 ロックウッドは車に乗り込むとすぐさま発進させた。向かうはマクローリンの居所だ。

 しかしリークストリートは市の東の端の方の通りで、市の中心近いここから向かうには時間がかかる。

 ロックウッドは運転を自動操縦に任せ、ノートパソコンを開いた。

 すると一件メールが入った通知が来た。差出人はキングスだった。ロックウッドは期待に胸を膨らませた。頼んでいた情報か、それともそれとはまた違う情報か。どちらにせよ無駄なメールは寄こさないはずだ。

『情報なし』 

 しかし開いてみて一文目がこれだった。その後に続く文章も簡潔に、ただ彼の要求した情報は得られなかった旨が綴られていた。

 ロックウッドは「クソッ」と吐き捨てた。

 こうなったらあまりやりたくないのだが、またあの手を使うしかない。ロックウッドはサムに電話した。数コールの後、相手は出た。


「よう、サム。元気か? 俺だ。ロックウッドだ」

「ロックウッド、またお前か……ってお前、声変わったか?」


 気付くとは中々鋭い男だとロックウッドは思った。


「あー、昨日知り合った美女と羽目を外し過ぎたかな? 冷えたかも」

「嘘は止せ。お前と付き合う女が居るわけないだろ。大体さっきはそんなこと……まあいいまた同じ要件か?」

「そうだ。画像はさっきとは違う。今送る」


 ロックウッドは言うと同時に、先ほど撮った変身後の賞金首たちの画像をサムにメールで送った。


「了解した。報酬はまた別に払ってもらうぞ」


 サムは即答した。ここで即答できるのはなんとも有能感があるが、実際有能である。仕事ぶりだけは。


「分かってる。データはできるだけ早く送ってくれ」


 ロックウッドは通話を切った。

 今更にはなるが、この有能な男ピーター・サムにロックウッドが仕事の依頼をしたくない理由はひとえにその報酬にあった。

 サムは三十一歳、黒人でゲイのユダヤ人。趣味は絵を描くことで、腕前はロックウッドも舌を巻くほどだが、しかし裸婦ならぬ裸夫しか描かないときた。報酬というのはズバリ絵のモデルになることだった。そんなモデルにはなりたくないのでロックウッドは滅多にサムに仕事を頼まない。

 ロックウッドは如何にしてこの男と知り合ったか。

 三年ほど前のことである。ある夜、ロックウッドは場末の酒場で持ち金以上に酒を飲んでしまって家に帰してもらえなくなってしまった。そこで親切にも酒代をサムが立て替えたのが出会いである。もちろん、代わりに絵のモデルになった。

 全然親切ではなかった。二人はここから仲を……特に深めることは無かった。


 しかし、今回ロックウッドは報酬を払えるだろうか。いや、なにがなんでも払える状態に戻らなければならないのだが。もちろん報酬を払うためではなく。

 ロックウッドはスマートフォンで自分の体全体を撮った。写っているのは、なんともまあお人形さんみたいに可愛い少女である。ロックウッドはここで初めて、今の自分の姿を確認した。

 ウェーブがかった亜麻色の髪は肩のやや下まで伸びている。肌は白く、琥珀色の瞳はくりっとしている。変化させるのにやたら時間のかかった服は白の長袖のインナーに、黒いミニのジャンパースカート。スカートが短いのは動く分には都合がいい。

 見えても大丈夫かしらとスカートをめくってみたらパンツは女物だった。見えても大丈夫でよかった。これならお目汚ししない。

 こんな美少女がメルセデスベンツSSKを乗り回しているという絵面である。


 この美少女はしかし、ロックウッドの趣味にかすりもしない。

 繰り返しになるがロックウッドはもう少し成長した女性が好みである。しかもこの美少女のお胸は、お世辞にも豊かとは言えない。これも動く分には都合がいいのではあるが、面白みはない。

 よって名残惜しさを感じる隙間もなく男に戻れるわけだ。いや、どんな美人に変身したとしてもロックウッドは絶対に男に戻る腹積もりであるが。


 走行中そうこうしていると、十分も経たぬうちにサムから画像付きのメールが送られてきた。

 仕事っぷりだけ見れば本当に有能な男だ。彼がこんなに早く人探しをできるのは、画像から同じ人物を探し出す人探しAIを駆使しているからだが、そのAIはサムの自作なのでやはり有能である。

 ロックウッドは改めて感心しながらメールを開いた。多分壁付近などといういい加減な情報とは比べ物にならないほど、有益な情報を得られることは間違いない。これで闇雲に市内を走り回らないで済むようになったわけだ。第一、壁付近なんて分かったところで市をぐるりと一周するのにどれだけ時間がかかると思う?


 ざーっとすべての画像に目を通す。画像は数十あり上から古い順に並べられていた。よってロックウッドは特に下の方にある画像に注目した。姿を変えたことで油断しているのか、全員一枚ずつは写っている画像がある。

 ロックウッドは少し考えた後、行き先を変更した。場所はここから近い中央公園である。市のほとんど中心にあるため中央公園と呼ばれている。その公園で分身能力者アーチボルドが、ベンチに座ってサンドイッチの昼食を取っている画像が決め手だった。

 その公園は、送られてきた画像に写っている場所の中では、現在地からもっとも近い。当然リークストリートよりも。また、そこでベンチに座って昼食を取ったということは、通りすがりではなくそこにしばらく留まっていたということだ。そこからあまり遠くに行っていない可能性が高い。


 優先順位は明らかだった。今この機を逃すとアーチボルドを他の誰かにとられるか、あるいは追加で裸にならなければならなくなる。結局やることは変わらないのだから、マクローリンにはまたあとで会えばいい。今はアーチボルドが遠くに行く前に公園に向かうべきだ。


『ハローっ。今ぁ、大丈夫ですかぁ?』


 その時、突然甘ったるい喋り方の女の声が聞こえ、ロックウッドは心臓が飛び出るかと思った。遠くから呼び止めるような声が聞こえたのではなく、頭の中に直接響くような、今まで聞いたことのない聞こえ方をしたのだから無理はない。

 この声と喋り方に馴染みはないが覚えはあった。聞こえ方の感じも彼女なら納得する。


『あのー、マリアですけどぉ。今、取り込んでたりしますかぁ? ……あっ、すみません! 喋り方はですね、私に伝えたいことを「伝われ~」って念じながら、文章を頭の中で唱えると伝わります! 私に。「伝われ~」って念じたときだけ伝わるので、考えが全部伝わっちゃうとかはありません。安心してくださいねっ』


 彼女の空回り気味の元気に言いたいことが無いでもなかったが置いておき、ロックウッドは物は試しに言われたとおりにやってみた。


『何か用か?』

『あ、良かった。えっと、今どの辺かなあって。一応把握しておきたくて。ボスからの命令ですっ』


 やはり今朝の考えは当たっていたとロックウッドは思った。


『中央公園の近くだが』

『ありがとうございますっ……あれ? そういえばなんか声違いません?』

『分かるのか?』

『ええまあ。私の能力は声を届ける能力なので。リチャードも私の声が聞こえてるでしょ?』


 ロックウッドは、いきなり名前で呼んでくるとは馴れ馴れしい女だと思いつつも、言っていることには納得した。確かに聞こえてくる声はガードナーの声そのものだ。

 しかし、そうすると少し面倒だとロックウッドは思った。声の変化についてどうやって言い訳をしようか。馬鹿正直にリーサと会ったなどとは言えない。


『ねえ、どうしたんですか?』


 しかも逃がさないという姿勢を見せてくる。


『……いや、実はランドンに出くわしたんだ』


 ロックウッドは少し考えた後、無難な嘘をつくことにした。

 ロックウッドはガードナーにランドンと偶然出くわし戦うことになったが、突如予想外の攻撃を受けたため必死に逃げ、何とか逃げ切ったと伝えた。うっかりリーサと言ってしまわないように気を付けながら。


『それで、ランドンに姿を少女に変身させられたって言うんですか?』

『ああそうだ。奴はそんな能力を隠し持ってやがったんだ。これは情報量を頂いても良いレベルだぜ?』

『そうですね……そうですね! ボスに伝えておきます。でも、どうしてランドンはあなたを少女に変身させたんでしょう?』

『変態なんだろ』

『かもですね』


 ロックウッドが吐き捨てるように言うと、ガードナーはクスリと笑った。

 ロックウッドはこの隙を見逃さなかった。


『それで、他に用はないのか?』


 ロックウッドは話題を変えた。これ以上根掘り葉掘り聞かれると面倒だ。

 するとガードナーは媚びた声つきで言ってきた。


『えーっ、用がないと話しちゃダメなんですか? 仲良くしましょうよぉ』

『生憎君は俺の好みじゃなくてね。ちょいとばかり若すぎる』

『じゃあじゃあ、五年後ってどうですか?』

『悪いが約束はできないな。他の女が俺を放っておかないから』


 思惑通りに話題を変えることには成功した。しかしながら、相変わらず変に媚びを売ってくる女である。声や言動の端々に演技臭さが感じられる。それともそういう性分なのか。とんだ毒婦だ。ロックウッドは訝しんだ。


『えーっ、リチャードってモテるんですね!』

『ああそうだ。ところで、本当に用がないならおしゃべりはお終いにしないか? こっちも仕事に集中したいんだ』


 このまま無駄話が続くようであれば。

 しかし本音半分嘘半分。本音は余計なことを聞かれる前に念話を切りたい。しかし、念話の切り方はロックウッドには分からない。電話ならこっちから簡単に切れるというのに。


『あっ、ごめんなさい。もう大丈夫ですっ。ご協力ありがとうございました!』


 ガードナーが元気にそう言うと、そこからはぷつりと何も聞こえてこなくなった。

 しばらくロックウッドは、まだあるかもしれない念話に身構えたが、結局はさっきのが最後だった。

 ロックウッドはようやく肩の力を抜いた。




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