7

「……ところで、君の親父は今どこに居るんだ? 一緒じゃないのか?」

「父さんには私が用意しておいた安全な場所に居てもらってる。私はこれからあなたと一緒に戦うわけだから、近くに居ると逆に危険だと思って。あ、父さんも私の超能力で姿を変えてるんだけど」

「そこって本当に安全か? 番地は?」

「リークストリート156番地の306号室……でもなんで?」

「いや、あれだけ言ってたのに姿が見えないのが不思議だと思ってさ。……あ、そこなら安全だと思うぜ」


 ロックウッドはリーサの父に真偽を聞くことを思い付いた。

 ジョージ・マクローリンの証言がリーサの言動と一致すれば、リーサは嘘をついていない事になり信用することができる。

 マクローリンがリーサと口裏を合わせている可能性というのもあるが、それだったら今この場にマクローリンを連れてきて証言させた方がリーサにとって有利なはずだ。それをしないということは、口裏については考えなくても良いだろう。

 仮にリーサがそこまで読んでこの場にマクローリンを連れてこなかった、と考えるのはさすがに考えすぎだろうし、もしそうだったとすれば、もう相手が一枚上手だったと認める他ない。

 無論、違和感が少しでもあった場合には多少強引にでもロックウッドは口を割らせるつもりである。


「……それで、受けてくれるの? くれないの?」


 リーサは催促するように言う。ロックウッドはとりあえず用意しておいた返答をした。


「ああ、協力しよう」


 ロックウッドは右手を差し出した。無論、これは今のところ言葉だけで本当に協力するかはマクローリン次第である。


「あ……ありがとうっ」


 リーサは頬を紅潮させ、今にも泣きそうな顔でロックウッドの手を取った。


「ええ、本当に、本当に……っ」


 リーサの涙腺のダムはそう長く持たなかった。声を震わせるリーサの瞳から一筋の涙がこぼれた。

 そこへ、タイミングが良いのか悪いのか、配膳ロボットがハンバーガーを運んできた。リーサはばつが悪そうに両手を膝の上にひっこめた。


「君はゆっくり食べなよ。俺は先に行ってるからさ」

「で、でも一緒に行動した方が安全じゃない? 待って、急いで食べちゃうから」

「美人に早食いは似合わないなあ。なに大丈夫だって、こう見えて俺は強い」


 ロックウッドが自信過剰かはさておき、彼は一人でマクローリンに会いたかった。イマイチ信用できない相手の近くに居たくないというのもあった。


「超能力者はあと四人だが、一人ずつ相手にすれば大丈夫さ」


 それに儲けは減ってしまうが全員相手にする必要はない。向こうが放っておいてくれるかはまた別であるが。


「あっ、ごめんなさい。伝え忘れてた!」

「なんだ、急に大声出して」


 まさか企みを明かす気になった……訳は無いだろう。


「超能力者はあと三人よ。未来予知能力者のバリモアはすでにあなたが……殺してる」

「……本当に? だが、俺がさっき殺した女はバリモアより美人だったぜ?」

「そこ? まあ良いけど。私の能力、忘れてない?」


 なるほど単純な話だった。ロックウッドは、あの時殺した女を賞金首たちの協力者とばかり思いこんでいたが、リーサの超能力で姿を変えた賞金首本人だったのだ。

 リーサのことをとことん疑うならこの話も疑って、バリモアが実は生きていると考えるべきかもしれないが、それはさすがに疑い過ぎというものだ。そこまでしてロックウッドを騙す必要があるのだろうか。

 彼らの命を狙っているのはロックウッド以外にも大勢いるというのに、ロックウッド一人にそこまで構うのは非合理的だ。

 ロックウッドはリーサの言うことを信じた。そして同時に気付いた。さっき、どの防犯カメラにも映っていなかったからくりに。道理で映らないはずである。

 しかし、そうなるとかなり悔しいことになる。それが表情に出たらしかった。


「どうしたの、そんな顔して?」

「俺はなんて勿体ないことをしてしまったんだ! 俺はあの後、死体を放置してきた。俺は札束を捨てて来たんだ!」


 ロックウッドはもう立ち上がり、頭を抱えて叫んだ。他の客の目など気にする余裕などどこにもない。最初から手に入れられないと分かっている物とは違う、本来手に入れられるはずだった物を失う悔しさとはこの世で最上のものだ。

 リーサはロックウッドの狂乱っぷりに、慌てて席を立って彼の側に行き、耳元でひそひそと言った。


「バ、バリモアの死体なら私が持ってるから……」

「なんだって!?」


 ロックウッドが驚いて出した大声に、リーサは肩をすくめ目を閉じ眉間にしわを寄せた。


「いや悪い。だがどういうことだ?」


 ロックウッドは持ってるという言い方に若干引っかかりを覚えた。


「私の超能力は、生き物を別の生き物に変身させられる能力だけど――」

「それは知ってる」

「これは誰にも教えたことないんだけど、死後二十四時間以内なら死体で変身させられるの。ということでバリモアは今カナブンの死骸になってる」


 なんと哀れなバリモア。お世辞にも美人ではなかった女が、今朝方美人になれたかと思ったら昼前には死んでしまって、今はカナブンの死骸になっている。

 リーサよ、もう少しマシな動物に変身させてやる優しさを発揮させてやればいいのに、とロックウッドは思った。


「理屈は分かったが、虫はないだろ虫は」

「そ、それは私も思ったんだけど、でも、動物の死骸の方が見るに堪えられない、というか……」


 リーサは申し訳なさそうに言った。確かに、カナブンの死骸はただ単に気持ち悪いだけだが、例えば犬の死骸だとそれ以外の感情が湧いてくる。選べるなら犬を避けたがる感情だ。


「……いや、確かに君の言う通りだ。で、それはどこに?」

「私のバッグの中の虫かごに」

「そうか――」


 ここでロックウッドは、またまたあることに気が付いた。

 今後賞金首を殺していくわけだが、賞金首たちの姿はリーサによって別人のものになっている。ということは死体をキングスに見せても賞金を貰えないということだ。

 ターゲットと違う奴を殺した風にしか見えないのに「賞金をくれ」と言われて払う依頼主は居ない。つまり賞金首を殺すたびにリーサを連れてきて、死体の姿を元に戻してもらわないといけないわけだ。

 ロックウッドはため息をつきたくなった。リーサに協力するにしろしないにしろ、結局縁を切れない事が判明してしまったのだ。

 ロックウッドはその事実にもっと早く気が付くべきだった。しかし、これはリーサの口から交渉材料として出てきてもおかしくないことであるのに、彼女がこれを持ち出さなかったのだから、ロックウッドが気が付かないのも無理はない……などとは弁明できないだろう。

 しかし、リーサもリーサだ。やはりどこか抜けているところがある。

 とにかく、気持ちを落としてばかりいても仕方がない。ロックウッドは気持ちを切り替え、どうせ縁を切れないなら利用できるところは利用してやろうと考えた。


「他の賞金首の変身後の姿を教えてくれないか」

「あ、そうね、ごめんなさい忘れてたわ」


 リーサは手を打った。


「じゃあ今から私が実際に変身して見せるから、写真に撮って」


 リーサはロックウッドがスマートフォンを取り出し、カメラを自分に向けるのを確認すると、顔だけを男の顔に変身させた。リーサは体の一部だけを変身させることもできるようだ。


「まずはこれがライアン・アーチボルド」


 リーサの顔が変わったのを確認すると、ロックウッドはシャッターを切った。もちろん、変身には二秒かかるということも確認した。アーチボルドの顔はもとより堀が深くなり、髪も茶髪から黒髪になっていた。

 それからリーサは、ランゲンバッハとデュークに変身した。ランゲンバッハは金髪碧眼から瞳も髪も茶色くなり鼻が低くなっていた。デュークは浅黒かった肌が白くなり、頬が少しこけている。髪は長い。

 そして最後に念のためということで、リーサは父マクローリンの現在の姿に変身した。その姿は長い黒髪に東洋人風の顔。そして、どう見ても女だった。


「やっぱりおたくには、そういう趣味があるんじゃないか?」


 ロックウッドは訝しんだ。男を女にする趣味とは随分歪んでいる。

 リーサは慌てた様子で訂正した。


「だから違うって! 元とかけ離れた姿の方がバレにくいって思ったからだから!」

「だが、他の賞金首は元の性別のままだぜ?」

「それはっ、彼らが拒否したから」

「じゃあ、俺も拒否しようかな」

「でも、こんな少女が命を狙ってくるなんて思わないでしょ? 油断を誘うにはきっと役立つって!」


 この場で男に戻り損ねたものの、ロックウッドはしばし考えた後、やや強引にリーサの言い分に納得した。

 既に自身の容姿は、バリモアの予知能力によって賞金首たちに知られてしまっているので変える必要がある。どうせなら、より油断を誘える姿の方が都合が良い。そのどちらも事実であった。


「……分かった。見た目はこのままでいい。だが服は何とかしてくれ。服ごと変身させられるんだろ?」


 現在ロックウッドは、サイズも対象性別も全く合っていない、だぼだぼの服を纏っている状態にある。これでは町中に出られない。さっきはそこに気が回らずに、一人で先に行くなどとつい言ってしまったが。

 リーサは当然ロックウッドの頼みを聞き入れた。


「最初から服ごと変身させてたら、撃たれてたかもしれなかったわけだし――」


 リーサは言い訳をしながらロックウッドの服を変化させる。今度はリーサが自身を変身させるのと違って時間がかかった。暇つぶしの体でロックウッドはさらに情報を引き出す。


「そういや、他の賞金首どもが今どこに居るか分かるか?」


 これを知っているか知っていないかは、仕事のやりやすさが雲泥の差である。


「多分まだ壁の近くだと思う。壁で囲まれたって分かった時、どうにかして突破できないか、手分けして隙間とか脆いところが無いか探すことになったから。壁さえ突破できれば市外に待機しているはずのニューヨークマフィアと合流できるからね。まあ、私はサボってあなたを探してたわけだけど。……でも今は方針転換してるかも。バリモアもあなたを探してたなんて予想外だった」

「方針転換の連絡は君のとこに来ないのか?」

「……来ないみたいね。私、やっぱり信用されてなかったみたい」


 リーサは自虐風に苦笑いした後ため息をついた。ロックウッドは他の三人の賞金首たちを見る目がある奴らだと思った。


「そういえば、バリモアが俺を見つけられたのは未来予知のおかげとして、君が俺を見つけられた理由は?」

「ああ、それは偶然バリモアを見つけてね。見つけた場所が彼女の担当区域外だったから、不審に思ってつけたの。そうしたら――」

「いや、十分だ。見つけられた理由もバリモアの死体を携帯している理由も理解できた」


 そんな会話をしていると服の変化が終わっていた。

 終わってみると二秒どころか一分は時間を要した。自分と他人ではエネルギーの効率だとかが変わるのだろう。

 そして能力を使っている間、リーサはずっとロックウッドのことを見つめていた。それが他人に能力を使う時の条件なのだろうとロックウッドは思った。


 さて、服の問題は解決した。情報も聞きだした。ロックウッドがこの場に留まる理由はもうない。いや、念のためこれについて聞いておく必要があるか。もっとも聞くには遅すぎる質問かもしれないが。


「……なあ、まさかそんなことはないだろうが、最後に念のため聞いておく。バリモアにこの計画は予知されてないんだろうな?」


 今の今になってようやくこの質問だった。聞くことが多すぎるのがいけないわけだが。

 リーサは顎に指を当て、少し考えてから言った。


「……きっと大丈夫。バレてたら私たちが接触するのを邪魔するはずだし」

「そ、そうだな」


 なんて心強い返答だろう! という皮肉をロックウッドはそっと胸の内にしまった。


「本当よ? 第一、未来予知能力なんて言っても、ああいうのの実態は未来予測能力なんだから。日中起きている間に得た情報を頼りに、寝ている間に計算して予測するというのがパターンね。だから外れる可能性もある!」


 力説だった。ロックウッドも思わず圧倒される。が、ちょっと経って冷静に彼女の言い分を分析してみると、バレていることの否定にはまったくなっていなかった。


「それで、なんで寝ているときにしか予測できないかというと、そんな計算は脳に莫大な負荷がかかるから、ほら、起きてる間は脳も色んなところに指示を出して――」


 まだ続くのか。最早右から左だった。

 さて、これで本当にすべての質問を済ませ、ロックウッドは出発の時を迎えた。リーサの力説には当然付き合い切れない。

 しかし、先程同様馬鹿正直に一人で行くなどと言ってしまっては、引き留められてしまうのは目に見えている。何なら、今なら話を聞かせるために引き留める可能性もありそうだ。とっとと一人でマクローリンに会いたいのに、そんなのは御免だ。


「あ、お話中済まないんだけど、トイレ行ってくるわ」


 ロックウッドはそう言って席を立った。ロックウッドは引き留められることを覚悟した。

 しかし意外にもリーサは特に不審がることなくロックウッドを行かせた。

 ロックウッドはしめしめと思った。リーサはこの店を初めて利用したか、トイレを使ったことが無いかどっちからしい。

 この店の出入り口は実はもう一つある。ロックウッドは店の奥の通路に入ると、左手に見えるトイレを無視して直進し、従業員専用の裏口から店を出た。そのまま店の周りをグルって回って表の駐車場まで歩いたが、リーサに気付かれた様子はなかった。

 あんまり上手く行ったので、ロックウッドはひょっとして踊らされているのではないかとも思った。だが、結局はやることは変わらないのだ。

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