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「私の父さんジョージは、某企業に勤める自律型アンドロイドの研究開発員だった。――二年ほど前、犯罪シンジケートキングスは、独自に自律型アンドロイドを開発するため数人の技術者を拉致した。その中に私の父さんも居たの」

「確かにキングスは麻薬以外の商品も扱ってるし、新商品を扱うならそれくらいのことはするだろう。しかし自律型アンドロイドにまで手を出してたとは――」


 驚きだ。

 アンドロイドは現段階の技術では見た目しか人間を再現できず、会話の受け答えや動作はまだまだ不自然。また与えられた単純な命令をこなすことしかできない。

 その中でも自律型アンドロイドはより人間に近づけ、自ら考え、自らの規範を持ち、命令されずともその都度相応しい行動を取れることを目指した次世代人型ロボットだ。

 ただのアンドロイドでさえ未だ途上にあり、一般に広く流通していないというのだから、当然そんなもの実現は本体の単純な性能とスクリプトの両面から難しく、どこの企業も鋭意研究開発中である。ペットロボットの、条件を満たしたら機械的に反応するだけの発情モードとはわけが違う。

 リーサの言うことが本当なら、当然キングスの目的はどこの企業よりも一早く完成させ独占販売することだろう。そうなればいったいどれだけの富を築けるだろうか想像もできない。未だ普通のアンドロイドの完成度が低いというのに、さらに多くを求める自律型の開発をどこもが急ぐのはそれだけ需要があるからだ。


「だから私は父を助けるためにドナルド・ランドンとなり、キングスに入ることにした。いろいろ苦労はあったけど、何とか上手くいったわ」

「構成員としてか? 大した胆力だな。カタギ、それも女が」


 ロックウッドは、リーサをとんでもない女だと思った。犯罪シンジケートに飛び込む覚悟だけではない。実行に移す行動力と、実際キングスに入ってしまう実現力には驚くばかりだ。もちろん本当ならの話だが。


「誰がどう見ても馬鹿だと思うでしょうね。でもどうしても父さんを助けたかったの」

「お父さんっ子なんだな」

「茶化さないで」


 リーサの声色が変わった。


「父さんは言ってた。自律型アンドロイドが完成すれば、危険な仕事を人間がしなくて済むようになる。それだけじゃない。人手不足も解消される。孤独な人も救われる。『世界中の人が助かる』って、父さん口癖のように言ってた。それがキングスなんかに独占されたら、父さんの夢が叶わなくなるかもしれない!」


 リーサの語気が強くなる。そして真剣な眼差しでロックウッドを見つめる。その瞳の奥に信念を感じさせるほど力強い。


「いや、悪い。そういうつもりじゃなかったんだ」

「いえ、こっちこそ取り乱した。……それで、それが一月前。そして私は小さな動物に変身してどうやったら父さんと一緒に脱出できるか探りまわり、二週間ほど経ったころついにある話を耳にした」

「当然、今回の件と関係することなんだろう?」

「ええ、そう。私は一部幹部による裏切りの計画を耳にした――正確にはその作戦会議に出くわしたってところかな。シンジケートに入ってまだ日が浅かったにも関わらず、彼らは私を信用してくれて、私はその裏切り計画に参加することになった。まあ、彼らは戦力は多い方が良いって考えただけでしょうけど」

「なるほど、読めて来たぞ。今賞金が懸けられてるあいつらは、その裏切り者たちってことか」


 リーサは頷いた。


「そう。そして私たちと一緒に脱走した技術者ジョージ、父さんも賞金を懸けられた」

「そうか、他は見せしめだろうが、マクローリンにだけ生かして捕らえろという指示が出ていたのは、技術者を失いたくなかったからか」


 それに、超能力者どもは裏切り者。裏切り者は始末あるのみだが、マクローリンはいわば連れていかれただけなのだから連れ戻すのが道理。

 今回の件の真相が少しずつ見えてきた。

 リーサの言うことが本当だと仮定しよう。

 五人も一気に超能力者が裏切れば一時的にせよ、キングスの戦力は大幅に下がってしまう。おそらくゴールドレイク市いや、カリフォルニア州にまで広げたとしても、他のキングス所属の超能力者は現在近くに居ないのではないか。

 特にキングスは最近活動を世界に広げている真っ最中、超能力者を一か所に固めたりしないはずだ。

 そうなってくると如何にキングスとはいえ、独力で超能力者五人をも相手取るのは難しくなる。事実ボスサンダースは賞金を懸けて人を募る判断を下している。

 となると、他にもあるがまず気になってくるのは裏切りの理由だ。今回の件の真相に近づける可能性があり、嘘だった場合ボロが出やすい部分でもある。


「ところで、何故そいつらは裏切りを計画したんだ?」

「ニューヨークマフィアから引き抜きの誘いがあったの。キングスは疑似家族とかファミリーとかそういう絆がどうのって集団じゃないから、より多くのお金を積んでくれる方になびくのは当然ね。それに人間関係って、一緒に居れば寧ろ悪くなる場合だってあるわけだし」


 ニューヨークマフィアというのは、ニューヨークに拠点を置く『ニューヨークマフィア』という名前の犯罪組織である。マフィアという名だが血縁などは重視しない。キングス程ではないが数人の超能力者を擁する有力犯罪組織だ。


「ボスも存外人望がないんだな」

「でも間違いなく恐れられてはいる。裏切った四人の内一人もサンダースを倒すなんて一言も言わなかったもの。皆どうやって逃げるかだけ、考えてた」

「確かに、凄みはあったな」


 相対したサンダースには迫力があった。下手なことを言ったら命を取られてしまうのではないかと思わせるほどに。


「能力は言葉で言えばバリアを張る程度のものなのに、不思議なもんだな」

「でも、私一度だけ見たことがあるの。ある時、殺し屋が10メートル先のサンダースを狙って銃を撃った。でもサンダースはそれを察知して弾丸をバリアで防ぎ、逆に殺し屋の四方にバリアを張った。そしてそのバリアを狭めていき、殺し屋をぐしゃぐしゃに潰して殺してしまった……」


 そう言いながらリーサの顔が青ざめた。悲惨な死体を思い出したのだろう。


「悪いこと思い出させちまったみたいだな。すまない。話を戻してくれ」

「……ええ、そうね。それで引き抜きがあったって話だけど、実は引き抜きには条件があって、それは完成した自律型アンドロイドの設計図を持ち出すことだったの」

「キングスはもう自律型アンドロイドを完成させたのか!?」


 ロックウッドはたまげた。おそらくニューヨークマフィアはただ超能力者を奪うためでなく、その情報を掴んだから引き抜きを持ち掛けた。つまり超能力者と自律型アンドロイドの技術を一度に奪い取るという一石二鳥の計画だったのだ。

 これで合点がいった。正直、キングスより規模の小さいニューヨークマフィアが、どうやって引き抜いた超能力者にキングス以上の報酬を払うのか疑問だったが、奪った自律型アンドロイドの技術があれば巨万の富を得られる。そこから支払う算段だったのだ。

 そして、サンダースがゴールドレイク市全体をバリアで囲った理由もだ。裏切り者の始末はいつでもできる、寧ろ戦力が整う後日の方が都合が良いが、技術流出は何としても避けたい。


「ええ。まあ、父さんから聞いたところ、試作機が一体要求を満たした段階で、量産はまだらしいけど」


 それでも十分に凄いことだ。キングスは現在世界中のどんな企業よりも技術的に先を行っていることになる。


「で、私は条件にはなかったけど本来の目的だから、裏切るのと同時に父さんを救出した。しかし、予想外のアクシデント。市全体を壁で囲われてしまった。これが今朝の事。――これで事情の説明はお終い。まあ、壁で囲われたことは私にとっては都合がいいかもしれないけど」

「バリモアは壁のことを予知できなかったのか?」

「そうみたい。何も言ってなかったから。もし分かってたら裏切りは中止したでしょうね」

「そうか……いや面白い話を聞かせてもらったぜ。それで、君の手助けって具体的に何をやらせようってんだ?」


 ロックウッドは、ここまで聞いたリーサの話をあながち嘘ではないと思った。

 裏切りの話は実際ありそうな話であるし、超能力者がいっぺんに裏切った、しかも自律型アンドロイドの技術までもっていかれたとあれば、キングスが賞金を懸けてまで必死になるのも説明できる。

 また、サイトに掲載されていた情報が賞金首の限られた情報だけだったのも、おそらくそれらのことを賞金稼ぎ達に知られないようにするためだったと想像することもできる。

 キングスが他企業より先に自律型アンドロイドを完成させたというのも、優秀な人材を各所から拉致し、法律の通用しない環境で労働させるのだから、そうあり得ない話ではないかもしれない。


 だがロックウッドがイマイチ信じきれないのは、リーサが父親を助け出すためにキングスに入ったという部分だ。

 さすがに話が出来過ぎている。超能力者ともなればキングスも簡単に仲間に入れるのかもしれない。しかし、それでも女が一人で犯罪組織に潜り込むなど『並大抵ではない』でもまだ言葉が足りない。

 ロックウッドは、やはりリーサにはまだ何か隠している企みがあるとにらんだ。そしてその大方の予想はついていた。


「そうね、一つは父さんと私を見逃すこと。もう一つは、デュークが持っている自律型アンドロイドの設計図を取り戻す、これに協力すること。最初は父さんを助けるだけのつもりでキングスに入ったけど、完成品の設計図がもうあるなら父さんの夢のために取り戻さないと」


 これを聞いた瞬間ロックウッドは予想が当たったと、心が跳ねた。リーサは手柄を独占したがっているんだ。おそらく他の賞金首たちを裏切り、自分一人設計図片手にニューヨークマフィアに出迎えられる。山分けされるはずの報酬を独り占め――そういう筋書きだろう。

 細部までは分からないが、大まかには合っている自信がロックウッドにはあった。

 そしてロックウッドは次の質問をした。返答次第で協力するかしないかをいよいよ決める大事な質問だ。


「それで、見返りは? まさか元の姿に戻れるだけじゃないよな?」


 面白そうな話、とはいっても依頼という形な以上はっきりさせておきたい。それに面白さは報酬込みみたいなところもある。


「もちろん。父さんと私に懸けられた賞金の倍支払うわ」


 となると200万ドル。一人の女が用意するには随分な額だ。だが、他の賞金首共を裏切って報酬を独り占めした方が、裏切らないより200万ドル以上儲かるのだろう。だから他の賞金首たちを裏切るし、ロックウッドにも報酬を支払える。

 そう考えるとロックウッドは200万ドルというのは少なすぎる金額な気もしたが、多くを望む奴は大抵破滅すると思い直した。

 まあ、本来の仕事からさほど外れることなく100万ドル上乗せして貰えると考えれば十分か。弱みだって握られていることであるし。……ロックウッドとしては、現金以外の方法で支払ってくれることを期待する気持ちも少しばかりあったが。


 ロックウッドは見返りには納得がいった。キングスから賞金を貰いながら、その裏でキングスの裏切り者に手を貸し、そちらからも報酬をもらう。少々狡いようだが、上手くすればあの大組織キングスを出し抜けるとあれば中々面白い話だ。

 ロックウッドはまた大事な質問をする。


「具体的な策はあるのか?」

「いえ……一緒に戦うくらいしか……」

「お前、俺が居なかったらどうするつもりだったんだ?」

 ロックウッドは飽きれた。しかし。

「バリモアが能力であなたを予知したから、最初からあなた込みで計画を立ててたの。他に頼れる人は知らなかったし、何というか頼りになりそうっていう勘というか――」


 これはやはり計画的なのだろうか? しかし、先程の車での戦闘でロックウッドが死んでいたらどうなっていただろうか。

 それに市が壁で囲われた件についても、都合がいいとは言っていたがアクシデントという言葉を使っていた。計画は既に上手く行ってない様にも思える。当初の予定はいったいどうだったんだ。

 ロックウッドはなんだか不安になってきた。こんな調子で果たしてリーサの企みに勝算などあるのだろうか。

 せっかく面白い話なのに、これでは二の足を踏んでしまうというもの。

 ともあれ、これでロックウッドの質問は済んだ。ロックウッドはいよいよ決断を下さなければならない。

 しかし、質問が済んでもなお解消されていない不安材料が未だに一つだけあった。それは、リーサに質問しても取り除かれることがないであろう不安材料だった。


 つまり、リーサが他の賞金首を裏切るように、ロックウッドのことも最後には裏切るのではないかという懸念である。

 実際、今ロックウッドが考えているリーサの企みとやらもロックウッドの予想であり、その全容を未だリーサ本人の口から聞けていない。こんな相手のことを信用できるであろうか? 途中で裏切られたら見返りが無いのと同義である。いやそれよりもっと酷い。

 それとも話さないのは、実は企みなど無くて本当に父親を助け、父の夢を叶えたい一心だからだとでもいうのだろうか。ロックウッドはもしかすると……と、一瞬思った。確かにリーサの企みとやらはロックウッドの想像でしかない。


 ロックウッドは悩んだ。リーサに手を貸すか、貸さざるべきか。

 まずは単純な、リスクとリターン、身の危険と見返りを天秤にかける。

 ……これはリターンに傾いた。金だけじゃない。偉そうにここらを牛耳るキングスは恐ろしい相手だが、恐ろしい相手だからこそ出し抜くのは胸がすく思いだ。独占販売を阻止して一泡吹かせてやる。連中、一体どんな顔するだろうか。

 ……勝算については俺が頑張ればいい、とロックウッドは思った。虎穴に入らずんば虎子を得ずという言葉があるではないか。バリモアが自身を脅威として予知してくれたのも勇気になる。


 次にロックウッドはリーサを信じられるか、信じられないか天秤にかけようとする。だがどちらに傾くでもなく、途端に天秤がおぼろげになってしまう。原因は分かっていた。

 ロックウッドはずっとリーサを嘘や隠し事をしているから信用できないと考えていた。しかし、さっき一瞬それが思い違いである可能性に思い至ったせいで、それが揺らぎつつあった。

「本当にお前は嘘をついていないのか?」なんて本人に聞いても意味のない事だ。確かめる術はない。

 それとも今回も例のどんぶり勘定に任せて、美女だから信じるなんてプレイボーイを気取ってみせるのか? 実際、話は嘘くさい部分もあるが、その目からは嘘を言っている様には感じられないことであるし……。


 ……いや、本当に術はないのだろうか。



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