5


 

 ロックウッドは、大衆レストランでハンバーガーの昼食を取っていた。


 ロックウッドはギリギリ滑り込めたことに安堵していた。彼が席に着いた頃はまだ幾分か余裕がありそうな気配だったが、それもつかの間、彼のテーブルにハンバーガーが運ばれる頃には店は大混雑。車輪で走行する箱型配膳ロボットが、ひっきりなしにあっちに行ったりこっちに行ったり。

 あと少しでも遅れていたら、注文の品が運ばれてくるまで相当待たされていただろう。少なくとも、本当に注文が通っているのか厨房まで確認しに行くくらいには。


「相席、良いですか?」


 値段の割には美味いハンバーガーを頬張るロックウッドに、後ろから声をかける者が居た。声は女の綺麗な声だった。

 見た目が気になったロックウッドは、飲み込む前に振り向いた。するとどうだろう、そこには長い金髪の美女が恭しく立っていたではないか!

 ロックウッドは生唾と一緒に口の中のハンバーガーを飲み込んだ。


「もちろん、喜んで」


 美女は会釈してロックウッドの向かいに座った。これで二人席が満席になって、これまたラッキーだと思うロックウッドだった。

 美女はメニュー表であるタブレットをテーブルに置いて見始めた。ロックウッドも彼女をよりじっくり見始める。

 歳は二十前後、かなり若く見えるが大学生だろうか。顔は文句なしの美人で凛とした印象を与える。何となくだがポニーテールが似合いそうな感じ。そして胸はロックウッド基準では理想的。ハイウエストのスカートがこれまた見栄えを好くする。   

 この特徴群がロックウッドの好みの中心を射抜いた。

 注文を決めた豊かな胸の美女はタブレットを操作してロックウッドの頼んだのと同じハンバーガーを頼んだ。


「奇遇だね。俺も君と同じのを頼んだんだ」

「そうなんですね」


 美女はニコリと笑った。ロックウッドは頭の中で勘定を始めた。すなわちここで彼女とお話をして時間を使うのは、ターゲットを一人取り逃すのに見合うだろうか? 

 ロックウッドには早撃ちの他にもまだ得意なことがあった。それは金勘定である。そして中でもどんぶり勘定にかけては一流の腕前だった。

 ――いや待て待て。

 おしゃべりは短い時間で済ませて連絡先を入手し、また後日どっぷりおしゃべりしようではないか。どちらも大事、どちらかだけという選択肢はない。

 ロックウッドは咳払いして喉を整えてから言った。


「俺はリチャード。リチャード・ロックウッド。君は? 美しいお嬢さん」

「あら、お上手ですね。私はリーサ・マクローリンといいます」

「へー、いい名前だあ。君の美しさにピッタリだ。あ、ところでさ、そんな他人行儀な話し方は止めにしようぜ。単刀直入に言うと、君と親しくなりたいと思ってるんだ」


 ロックウッドは女性を口説くのは下手だった。おかげで彼女が居た覚えがない。彼の言葉に引っかかって付き合おうという女性は未だ現れたことがない。まあそんな話はさて置き、現在それとは別にリチャードには引っかかるものがあった。マクローリンの名に聞き覚えはないか……?

 ロックウッドはハッとした。だがすぐに平静を取り戻した。

 マクローリンは今回のターゲットにも居る。だがジョージ・マクローリンは五十そこいらの男だ。目の前にいる美女はどうだ? 逆立ちしたってそうは見えない。名前がたまたま同じなんてことくらい、いくらでもある。


「どうしたの?」


 リーサはロックウッドの提案に珍しく乗ってくれる女性だった。


「いや、なんでもないなんでもない」

「でも、なにか思い出したような感じが……」

「いやなに、白状すると実は人を探しててね。そいつも君と同じマクローリンだったから、ちょっと驚いたってだけさ」

「そう。それってもしかしてジョージ・マクローリンだったり?」

「へぇ……凄いな。当たってる。凄いよ。……偶然ならね」

「でも、探してる賞金首は他にも居るんでしょ?」

「テメエ! 奴らの手先だな!」


 もう二人目の刺客が襲い掛かって来た。未来予知能力者のせいだ。顔が割れているということはこういうことなのだ。

 美女だろうが敵なら別だ。

 ロックウッドは咄嗟に腰元から銃を抜こうとした。しかし、不思議なことにいつも通りに手を動かしたはずなのに、リーサの前に突き出した右手は何も掴んでいなかった。


「ふふ、最近の賞金稼ぎは指鉄砲を使うのね」


 そんな馬鹿な。ロックウッドは賞金稼ぎとしてはまだ売り出し中の身とはいえ、腕前は確かだ。それは自負でもあり、超能力者を既に始末したことがあるという客観的な材料もある。こんなミスをするはずがない。まさかまだ隠れている協力者が居て、銃を知らぬ間に盗まれたか?

 ロックウッドは下を向いて自分の腰を見た。銃はあった。盗まれてはいなかった。だが銃は、そこにあるはずの位置からずいぶんズレていた。何故こんな事が起こったのかは一目見れば分かった。ズボンがズレていたのだ。


「へへ、ズボンをズラすとはな。その気があるんだったら早く言やあいいのに――!?」


 そう言いながらロックウッドはズボンを両手で掴んでずり上げようとしたが、ここで彼は二つの驚くべき発見をした。

 一つはいつの間にかズボンがブカブカになっていること。もう一つは自分の声が高く――いや、女、それも少女のものになっていることだ。


「俺に何をしやがった?」


 ロックウッドドはリーサを睨んだが、ここでさらに自分の目線が低くなっていることにも気が付いた。

 今、自分の体に明らかにただ事じゃない異変が起こっている。そして原因はきっと目の前に居るこの女だ。ロックウッドは改めて銃を抜き、リーサに突き付けた。


「ちょっと待って、話がしたいの」

「話? 信じられるかよ」

「あなたを殺そうと思えば既に殺してる。ねえ、ここは店の中。銃はマズいって」

「このままだと俺の体の方がマズいんでな」

「私を殺せばあなたの体は一生そのままだけど?」

「証拠は?」

「確かに、私を殺すしか証明する方法はない。でもきっと後悔する。あなた、さっきまでの感じだと、男が趣味ってわけじゃないんでしょ?」


 リーサの言うことが嘘か本当かロックウッドに判断できる材料はほとんどなかった。強いて言うなら、嘘を言っている目ではないなんて、非科学的情緒的なことくらいか。しかし、世の中嘘の巧い奴なんてごまんと居る。しかも既にこの女は、まんまとロックウッドの体に仕掛けを施している。油断ならぬ相手だ。

 ……だが、このままの体では不都合であるという事情が存在するのは確かだった。


「……分かった話くらいは聞いてやる。だが、まずお前が何者かくらい教えてもらおうか」


 ロックウッドは銃をしまった。


「ありがとう。さっきも名乗った通り、私はリーサ・マクローリン」

「そいつは知ってる」

「焦らないで話を聞いて。私はジョージ・マクローリンの娘なの。そしてドナルド・ランドンでもある」

「なに!? ドナルド・ランドンだと!?」


 ドナルド・ランドンはターゲットの一人だ。その能力は変身だったはずだ。――この目の前に居る奴が。


「私は変身能力を持ってる。生き物限定のね。自分以外の生き物も変身させられる。まあ、服だけ例外で一緒に変身させられるんだけど」

「へっ、してやられたぜ。まさか他人も変身させられるとは読めなかったぜ。おかげでまんまと変身させられちまった。だがなるほど、悪趣味な野郎だ。それで美女に変身し、俺のことも、ああ見ないでも分かるぜ、いたいけな少女に変身させやがったってんだな。この変態野郎!」

「待って、勘違いしないでっ。私がジョージ・マクローリンの娘っていうのは本当なの。ドナルド・ランドンは偽名、あの姿こそ変身後の姿なの!」


 リーサの語調が少し強くなった。変態呼ばわりは避けたいらしい。


「まあ良い。俺も変態野郎と話すより美女と会話してると思う方が――いや、娘だっつっても本当は不細工なところを能力で美人になってる可能性もあるよな……」

「しつこい! そんな虚しい事しないから!」

「そうか。それじゃ俺も幸せな夢を見ることにしとくが、それで話ってのは?」


 リーサは疲れたように額に手を当てため息をついた。


「私の手助けをして欲しいの。お願い」


 目の前のリーサはロックウッドを少女にしたのだから、確かに変身能力を持っている。ならば目の前のリーサとランドンが、同一人物だというのも納得はできる。

 同じ超能力を持つ人間というのは居るには居る。だが能力が被る確率は能力ごとに異なり、変身能力ともなるとかなり珍しいから中々被らない。同一人物と見て良いだろう。

 だが、だとすれば、だからこそ、何故賞金首が賞金稼ぎに助けを求めに来るのか? そういった問題が出てくる。


「ふーん、なるほどねえ。『何故俺に? 俺とお前はいわば敵同士だ』って言いたいところだな」


 とここまで言ってから、ロックウッドは少し考える素振りを見せて。


「……だがまあ、しかし、なんだ、色々言いはしたが美女の頼みを断るってのも主義じゃねえしなあ」


 リーサはぱあっと表情を明るくさせた。


「それじゃあ……!」

「まあ、もっと詳しい話を聞いておきたいとこだがな。……さっきは悪かった。襲われた後だったんで、どうにも気が立っててね」

「いいえ、こっちこそ悪いの、脅すようなことをしてごめんなさい。いきなりこんな事を話しても相手にされないと思って……」

「存外、そこまで悪い判断じゃ無かったかもしれないな」


 ロックウッドには考えがあった。

 確かにロックウッドは女好きだ。ねだられればプレゼントの一つや二つ、気前良く買ってやるほどだ。だが仕事がらみや、今回みたいにあからさまに怪しいときは話は別だ。


 ロックウッドはリーサには何か企みがあるに違いないと睨んだ。ロックウッドに近づいたのは、ただキングスから逃げるのが目的じゃない。

 状況が不自然すぎる。賞金首は賞金首同士で助け合えばいいじゃないか。そうしないということはロックウッドを嵌め、他の賞金首を出し抜き、何か自分の都合の良い様にしようとしてるということではないか。

 ロックウッドはそれを聞きださなければならなかった。いくら美人とはいえ、良い様に使われるなんてロックウッドは御免だった。

 しかもリーサはキングスに狙われている。キングスなど目ではない(と言いたいところだ)が下らない理由で敵を増やしたくはない。


 だが忘れてはいけないのが、リーサは、殺そうと思えばロックウッドを殺せると言ってのけたことだ。

 変身にどれだけの時間を要するかは分からない。さっきはロックウッドが気が付いときには少女になっていたが、その気になればリーサはロックウッドを蟻とかに変身させて踏みつぶすことだってできるだろう。

 男に戻れないかもしれないという弱みも握られている。ここで下手なことを聞いたり、逆らったりするのは得策じゃない。一先ずは慎重に、様子を見ながら探りを入れることにロックウッドは決めたのだ。


 しかし、ここまでは理屈だ。


 もし万が一、もしも、仮にの話だが、聞き出したリーサの企みが、今回の仕事より面白い話だったら乗ってやらない事もない、とロックウッドは思っていた。

 つまりちょっと興味があった。どうすべきか考えている内に湧いてきたのだ。

 ひょっとしたら、あのキングスが外部の人間を頼るほどの理由を、リーサが握っているのかもしれない。

 ロックウッドはマフィアやシンジケートが好かないと言っても、キングスには何の個人的な怨みもない。しかし、キングス程の大組織がひっくり返るようなことがあれば中々に面白い。それも自分の手によってとなると。


 それに、やっぱり好みの美女の頼みを断るのは気分のいい事ではない。

 だが、これらのことは勿論リーサの企みとやらに最低限度の勝算があったらの話だ。

 そして、リーサが信用に足る人物であるかどうかも忘れてはならない。


「だといいけど。それじゃあ、詳しい事情を話すね」


 リーサは言う。


「突拍子もなくて信じられないかもしれなけど、今から私がする話は全部本当だから」

「まあ、まずは話してみなって」

「そうね。じゃあ長くなるけど最初から」


 前置きは終わりリーサはついに語り始めた。


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