なにもしないでくれ 2

「さ~ら~。コレでいい?」

「良すぎて、何も言えない」


「じゃあ、あたま、なでてぇ~」

「かわいいなぁ~、岩沢わぁ~。

 よ~し、よしよしよし」


 かわいがり方が、動物大好きおじさんのソレだ。


 だが、見ている絵面は、ほほ笑ましいモノなどではなく。


 背の大きく、露出度が高い、ナイスボディな女性の頭を。

 女性に見下されながら。

 さえない社会人、職業製造業の沙羅が、頭を、撫でている姿だ。


 だが、ソニックには。

 動物を可愛がる家主と、ペットにしか見えないのは、なぜだろう。

 と、言う疑問が浮かんだが、あえて空気を読むことにした。



 ここで水を差すと、自分の株価がもっと下がるという、下心のままに。


 ソレ抜きで見れば、岩沢が喜んでいる姿は。

 ソニックにとって、純粋に、良い光景では、あった。



 妹が褒められているような気持ちが、湧き上がるが。


 絵面は、半裸の女性の頭をなで。

 顔を合わせながら、べた褒めしている、光景しかないのが、腹立たしい。


 沙羅の視線が、チラチラと。

 岩沢の女性を主張する場所へ、いくことも、また、腹立たしい。


 このまま、ボディタッチに移行したら。

 沙羅の背中を蹴り飛ばそうと、ソニックは、決めた。


「よし。あと、この薄暗いのを、なんとかすれば、

 一応、今日は、しのげるなぁ。岩沢、光出してみて」


 どうやら、話は、次のステージに移行するようだ。

 まだ、岩沢のべた褒めタイムは、終わらないのかと。

 ソニックは、岩沢の返事を聞き届ける。


「は~い」

 横穴の暗がりに入り、修道女のように手を組み、膝を付き、目を閉じる岩沢。


「ほんと、優秀だなぁ」

 岩沢の性能を信じて疑わない、沙羅は。

 安堵のため息すら吐き出し、事の成り行きを見ていた。


 ゆっくりと、岩沢の体が淡く光だし。


 岩沢は、立ち上がる。


「さ~ら~、どぉ~お~」

「……。え? 何が?」


「光り、だしたよぉ~」

「出てるな」


 コンサートの観客席で、色きらびやかに光る、ペンライト並みには。


「岩沢、もう少し頑張れるか?」

「なにをぉ?」


「もっと輝けないか?」


「沙羅様、ソコだけ聞くと、スゴい言葉ですね。昭和ですか?」


「体育会系の、部活顧問とでも言いたいのか、お前は?」


「もっと、輝け! なんですかそれ?」


「……あ?」


「岩沢ちゃんは、ちゃんと、光ってるじゃ、ないですか」



 薄ら、ぼんやりとは。



 沙羅は、爆上がりしたテンションによって。

 おかしくなっていた頭が、スウッと、冷えるのを感じ。


 現実なんて、こんなもんだと、思っても。

 ソニックなんかより、断然優秀だという判断は、揺るがない。


「ん~? どういうこと~?」

「頑張れ、ってことだよ、岩沢ちゃん」


「バカ、お前! 余計なことを言うな!」

だが、岩沢は、ドコまでも岩沢なのだ。


「わかった! 岩沢、もっとガンバル!

 もっと、かがやく! もっと、きらめく!」


 彼女は、二次元のアイドルか、何かだろうか?


「……」


 う~ん、う~んと、カワイあざとくガンバる、岩沢ちゃんの姿。

 頑張っても、光量は増えず。

 岩沢の様子が、可愛くなるだけだった。 


「沙羅様。お前は、まだ、そんなもんじゃ、ないだろうとか」

「……」


「もっと、頑張れるだろう、とか」

「……」


「言っちゃいます?

 こんな状況で、相手に求めるモノが、間違ってますよ?」


「ちょっと、まて! 本当に、待て!

 俺は、萌を、求めたいたわけじゃ、ないんだよ!」


「知ってますか?」

「なにをだ?」


「オタク用語の「萌」って。

 ネットが、あまり普及していない時代。

 2D、特に18禁モノを、見たり読んだりしている人たちが、あみ出した表現なんですよ?」


「お前は、何が言いたい」


「同人誌だとか、エロゲーだとか。

 そういった物に、「エロいなぁ」と、店頭で言いたくないから。

 誰かが「萌」と言い始めたのが、語源だと、古いオタク達の間で言われています」


「…うん」


「今だから、ある程度、許されていますが。

 本当に昔は、ただ気持ち悪く、理解できない人種だったオタクたち。

 一般ピーポーから、後ろ指さされ。

 陰口と、悪意の中を生き続けた、人たちの間で、言われているわけですけど」


「一般ピーポーって、オマエ…。

 俺が知ってる、「萌」の意味と、ずいぶん違うじゃないか」


「意味、知ってるんですか?」


「……。俺は、なんでオマエが、なんで、そんな事を知っているか、知りたい」


「沙羅様は、岩沢に、エロさを求めてたんですね?」


「なんで、俺は責められている?」


「まともな名前も、つけられないし。

 岩沢ちゃんには、エロさを求めるし、最低ですねぇ~」


「ソコだな!?

 オマエ、まだ、納得してないな! そうなんだろ!?」


「さ~ら~、ど~お~?」

 本当に頑張ったのだろう。

 薄っすらと汗をかき、控えめに下から覗き込んでくる、岩沢は。


 カワイ・あざと・エロかった。


「うっ」

「自分のやられた事が、理解できて何よりです」


「……。早く、火をつけよう」

「そうしたほうが、良いですねぇ~」

 沙羅は、これ以上、この場を炎上させまいと。

 岩沢の力で、凹字の簡易なカマドを作り。


「よし、枝を拾いに行くぞ。」

 と、皆に言った沙羅に向かう、ソニックの首は、斜めに傾く。


「どうやって?」

「どうやってって、そりゃぁ…」


「そうですよね?

 石ころ探すだけで、一時間、歩き回ったんですから。

 安全なところに、枝がないことぐらい、分かりますよね?」


「何をやろうとしても、うまくいかないなぁ~、おい!」

「私に、言われても困ります」


 困り顔の二人を尻目に、岩沢は、疑問を顔に浮かべ。


「え~。あそこにある木を、燃やせば、良いんじゃないのぉ~。えい」

言葉尻も、聞こえないうちに。


 ドーン、と。


 長く続く、腹に響いてくる低い音が。

 大音量で、周辺に響き渡った。


 沙羅とソニックは、声を失い、背後を見れば。



 岩沢が、真正面にある木に、グーパンを、さしあげており。


 大人の胴体ほどある太い木は、その大きな巨体を傾かせる。


「う~ん。あと、すこしかなぁ?」


 二人が「何が?」の言葉を発する前に。

 躊躇なく、もう一撃を。

 全身のバネを、いっぱいに使い、打ち放つ。


 一度目よりも、大きな音。

 木から、いくつも聞こえる、折れていく音。


 木は、耐えきれないと。

 その身を、横穴方向へ向ける。


「そうですよね。

 真正面から行ったら、そうなりますよね。沙羅様」


「冷静に、なに言ってやがる…」


「だって、もう、見てるしかないですもん」


「…そうなんだけどな」


 自分に向かって倒れてくるとは、思っていなかった、岩沢だけが、慌て初め。


「入り口、ふさがるんだろうなぁ~」


「ダンジョン探索が、今度は、始まるんですか?」


「あったら良いねぇ~。そんな、ファンタジーな場所が、この横穴に」


 意を決した、岩沢は。

 恐ろしく早い動きを見せ。

 一歩、引いた右足は、地面をエグリ。

 周囲に、乾いた砂を撒き散らす。


 長く白い髪は、大きく踊り。

 ただ、必死なだけの顔が、彼女の全力を引き出していく。


「ソニック! 俺を守れるか!?」


「この横穴が崩落したら、一緒に、三途の川を、旅しましょう」


「それは、ファンタジーなのだろうか?」


「いえ、ミステリーでしょうネェ~」


「今、目の前で起きているのは?」


「ミステリーです」


「横文字は、意味が大雑把だなぁ、オイ!」


 自分の身を守るために振り抜かれた、岩沢の全力は。

 3階建てマンションをも、越える木の巨体へ、打ち付けられ。


 傾いている巨体の根本に、強い一撃を入れたことにより、木の根元が、真横に、すくい上がる。



 重力さんを、無視しているんじゃないか。

 そう、錯覚する、木の空中浮遊。



 ソニックと、沙羅の中から、現実味というモノは、蒸発し。


 木は横穴の正面ではなく。

 だいぶ外れた、岩肌に衝突。


 踵を返した岩沢の背後を。

 木の根本が、鈍く空気を唸らせ、通過する。


 二人の目に写るもの、全てが、生唾をゴクリと、飲むには十分だ。


 木は、そのまま。

 ズルズルと、岩肌をつたい、地面に巨体を沈めた。


「怖かったよぉ~、さ~ら~」


一番、怖かったのは、横穴の出入り口に立っていた、二人である。


 沙羅に、抱きついてくる岩沢の力は、女性そのものであり。


 骨を砕くほどの力を、感じないことに。

 沙羅は、安堵のため息を吐き出した。


 力加減が分かっているなら。

 もっと、広い意味で、発揮されて欲しい。

 そんな、思いは届かず。


 できる子は。

 本気でキレさせたら、いけないヤツへ。


 岩沢・株銘柄は、変貌を遂げる。  


「岩沢、たのむから。

 俺が言うまで、もう、なにもしないでくれ…」



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