四話 岩沢(いわざわ) 成長進化1


 岩沢の変化は。

 親指と人差し指の間に収まる、ミニチュアサイズが。

 石を食べた分、大きくなっただけだ。

 別物に進化する期待感は、完全に裏切られた。


「何が変わったの? 努力値、足りなかったのか?」

 努力しなかったとしても。

 レベルが上がれば進化するのが、他力本願RPGゲームである。


 努力して上がるのは。

 レベルアップ時の、ステータス伸び幅であり、姿そのものではない。


 ある意味、今の岩沢は。

 石を食べるという、努力値を積んだ姿と言えるかもしれない。


「見てください、沙羅様」

 ソニックが指差した先。


「まごうことなく岩沢だな」

「違います、胴体のあたりを、見てください」

 注意して目を凝らせば、なにか凹凸があることが解り、沙羅は、衝撃を受ける。


「女、だと…」

 予想こそ、していたが。

 白く長い髪の毛。

 カワイイが、目が死んでいる生物の性別に。

 沙羅は、やっと確信を持った。



 岩沢の体に、女性特有のくびれが、できたからである。

 そして、見間違いでなければ。

 胸が膨らみ、大事なところに、膨らみがない。


 岩沢の性別判断法が、原始的すぎると。

 沙羅は、目をつぶり、首を振った。


「見方を変えましょう、沙羅様。

 これは、究極のロリキャラって、ヤツです!」

「きゅー」

 なんて、重たい声で返事をする、岩沢のドコに。

 ロリキャラという路線が、あるのだろうか。


 声だけ聞いていたら、完全に、男でしかないのに。


 最後まで、男の可能性を捨てさせない、主な原因は、コレなのだから。

 納得なんて、できるわけがなかった。


「釈然としねぇ…。岩沢」

 言葉を理解しているが、言葉を話さない。

 沙羅は、得体の知れない生物を、手のひらに乗せ。

 横穴の前に、岩沢を立たせた。



 ドコまでも高い、岩壁にできた横穴。


 石を食べて、サイズアップするなら。

 もっと、食べさせれば良いのだ。


 沙羅が見れば、うんざりする壁も。

 岩沢してみれば、ご馳走の固まりである。


 モヤモヤとした気持ちを抱えるぐらいなら、いっそスッキリしたい。

 ただ、それだけのために。


 とりあえず、岩沢を横穴前に立たせるのだ。


 岩沢は振り返り、沙羅を見上げる。

 その姿だけ見れば、カワイイのかも、しれない。


 ドスのきいた、声さえなければ、なんとか。

 カワイがれる、かもしれない。


 買ってきたペットが、思いのほか可愛くないと。


 せっかく家に招いたのだから。

 これから長く、一緒に暮らすのだから。

 どうにかして、カワイがろうとする努力。


 こうなる前に。

 思い込もうとする前に。

 招く前に、気づくべきなのだが。


 思い込もうとする意思が、沙羅を、突き動かす。


 とりあえずやってみよう、が。

 一番、危ないと言っていた、その口と、その心で。


 飼い主の責任として、ちゃんと、世話をしてやらなければ。

 と言う、義務感が。

 沙羅に、全てを棚上げさせていく。


 沙羅は、息を深く吸い込み。

 人差し指を横穴に向け、声を張り上げ指示を出す。


「いいぞ!」

 この場にいる、誰よりも。



 この瞬間、沙羅は、岩沢を、犬あつかいした。


「キュ~」

 そうとも知らず。

 岩沢は、その姿からは、想像できないスピードで、横穴に姿を消す。


 ハムスターの全力疾走は。

 たぶん、こうなのだろうと思う、沙羅を置き去りにして。


「努力値を稼いで、ちゃんとした生物になって、帰って来い。岩沢…」


「沙羅様は、何の努力もしてませんから、

 ステータスに補正なんて、かかりませんよ」


「そうだろうな。

 そもそも、ステータスなんていう概念あったら、

 早く、見せてもらいたい、ぐらいだ」


「そういうのは、メニュー画面とかで、見るんじゃないですか?」


「そんなモノがあるなら、早く見せて欲しいね。

 それで見えたのが、履歴書のようなものだったら、俺は泣く」



 ソニックは、沙羅の話に食いつきが良く、本心を、後付けにするのだ。


「そんな事より、沙羅様。こんなことして、大丈夫なんですか?」

 このように。


 沙羅の横に立ったソニックが、投げた疑問は。

 棚上げしていた事実を、思い出させるのだ。


 変な感情に振り回された、頭は冷え。


 沙羅の頭に、やらかしてしまった結果という、この流れのオチ。

 未来を、想像させる。

 考える間もなく、一瞬で。


「……。俺、たぶん、やっちまったよな?」

「やっちまいましたねぇ…」


 食べて大きくなるならば。

 たくさん食べさせれば、スグに成長するのは、間違いないのだろう。


 ならば、その上限は、あるのだろうか?


 何も分からない事だらけの今。

 もっと物事は、慎重に、重く捕らえるべきである。

 

「やべぇ…。オチが、脳内でハッキリと想像できる」

 ウルトラ怪獣なみに、大きくなった岩沢が。

 自分たちを、見下げる姿を想像するだけで、とてもシュールだ。


「私は、横穴を指差したときには、分かってました」


「コノ、役立たず!

 エセ、サイボーグめ、なんで、俺を止めなかったんだ!」


「沙羅様、責任転化できてませんからね。

 あと、エセサイボーグじゃありません。なんちゃってサイボーグです。」


「ど~でもイイ! マジで、ど~でもイイ!

 めんどくさいんだよ!

 いちいち、めんどくさいんだよ、お前は! 

 なんちゃってサイボーグって、なんだよ!

 エセサイボーグと、どう違うのか、言ってみろよ」


「エセサイボーグは、

 コスプレイヤーさんが、機械のマネを、ロボットダンスのように、することです。

 なんちゃってサイボーグは、

 私のように機械要素が、体に備わっている存在のことを、言うんですよ」


「どうでもイイわぁ…。本当に、どうでもイイわぁ…」


「属性を差別するため、重要なことなんです」



「……。うん、もう、なんか、もう、そういうことで良いや」


 頭の中に広がる現実、これから訪れる最悪。


 なんちゃって、なんかじゃない、完全遭難生活。


 さらに、厳しくなっていく未来が、連鎖的に広がっていく。

 確信めいた想像。


 その傍らには、めんどくさいソニックしかいないと、思うだけで。

 沙羅の心は沈み、気力を失っていく。


 再度、岩沢が消えた横穴を見れば。

 もう、どうなっても良いと、諦めがつくから不思議である。


「沙羅様? 止めに、行かないんですか?」

 ソニックの顔を、見ているだけで。

 ああ、なるようにしか、ならないんだ、と。


「俺、この山を指差して、「よし」しちゃったから、止まらないだろ、絶対に」

「ソコだけ聞いてると、犬のしつけに失敗した、飼い主みたいですね」


「お前は、俺の心のエグりかたを、覚えてきたな」


 沙羅は、深くため息を吐き出し。

 横穴を見れば、奥から足跡らしき音が聞こえきた。


「いよいよか…」

「この山が崩れて、私達、生きていられますかね?」

「せめて守ってくれよ、マジで」


 横穴の暗がりに、淡い光がともり。

 音は、段々とハッキリ聞こえ。

 全ての結果が出たと、耳に語る。


 淡い光は大きくなっていき、影は、人型をしていた。 


「終わった……」

 全てを諦め。


 沙羅は、心が痛くなる現実を受け入れるべく、目を開ける。

 覚悟をきめた、沙羅の耳に、入る声。


「さ~ら~」


 テレビの向こう側で。

 声優さんが頑張らないと、聞こえてこないような、カワイイ声。


 見ている、無骨な横穴と。

 あまりに、聞こえてくるモノが釣り合わず。

 沙羅の脳内は、混乱し、成り行きを見守ることしかできない。


「わたし~、おおきくなったよ~」

 横穴から出てきた女性は、大きかった。


 一部分の谷間に、目線が一度、止まるレベルで。


「おはなし~、できるようになったよぉ~。さ~ら~」

「……はぁ?」



 ほぼ全裸の、女性がソコにいた。

 これぞ超展開である。


 身長が高く、絵に描いたようなムチムチのセクシーおねーさんは。

 あどけない笑顔と、間の抜けすぎた、カワイ過ぎる声で。

 沙羅に向かって、手を振り登場した。


 白く、長い髪をサラサラと流し。

 暗めの褐色肌が、白い髪をうきだたせる。


 顔は、自然物には不可能だと思えるぐらい、整っている。


 その表情は、ドコまでも幼く見えるが。

 女の魅力を詰め合わせたような体型だ。



 問題は、ソコではなく。



 笑っているが。

 とてもではないが、外に出られるような、姿ではなく。


 大事なところしか隠さない、岩のような皮膚。

 支えられていない、大きな二つの膨らみ。


 コチラに駆け寄る姿だけ見れば、とても破廉恥だ。


 ありていに言おう、刺激的すぎる。


 虎柄のビキニ姿で、平然と空を飛び回ったヒロインに。

 羞恥心は、ないのか。


 答えは、否である。


 では、なぜ恥ずかしくないのか。

 普通は、そんなことすら、したくない部類に入る、羞恥プレイのハズである。


 答えは簡単である。

 常識が、恥ずかしいという認識が、大きく違っているからである。


 こうして、公然のラッキースケベが、完成するのだ。

 無邪気に駆け寄る岩沢。

 上下にゆれる豊満な男の夢は、容赦なく沙羅の男に訴えかけた。


「やべぇ、元気になってきた」

「沙羅様、第一声がソレですか」


「18禁とか15禁、規定的にどう思うよ」

「大丈夫です。大事なところだけは、何のご都合主義か分かりませんが、隠れてるじゃないですか」


「そうだな、隠れてるな。

 文句が来たら、お前のせいだから良いか」

「くるハズないでしょ。私達しか、いないんですから。

 沙羅様が欲情したら、私が止めます」



 犬のような扱いを受けた、異様な生物、岩沢は。

 二人が予想を、大きく裏切り。


 別の生き物になって、目の前に現れた。


 ユルキャラ二頭身を卒業した、八頭身岩沢は。

 絵に描いたような、ボン・キュ・ボン。


 しかも、あの男のような声、ですらなくなり。


 見た目評価は、急上昇だ。


 死んだ魚のような目は、ドコに行ったのか。

 金色の瞳が、実にキレイである。


 素直にカワイく、美しい。


 それが、無邪気な笑顔を振りまきながら。

 沙羅のところまで、嬉しそうに駆け寄って来るのに。


 沙羅は、実に神妙な面持ちで、岩沢を見ていた。


「何でだろう。なにも、うれしくない」


 湧き上がらない、リビドー。

 異性の、これだけ露出した姿を見ているというのに、全く湧き上がらず。


 男として駄目なのかと、思い返せば。

 なれてしまった、キャバクラのお姉さん達には。

 きちんと反応していたのだから、そうではない。


 虎柄のビキニ姿であるヒロインが、全力で言い寄ってきても。

 ナンパを続ける主人公の気持ちが、沙羅は、初めて理解できてしまった。


 腑に落ちない感情を抱え、理由を探して、岩沢を見ながら首をひねる。


「アレが、岩沢だからですよ。沙羅様」

 ファースト・インプレッション。


 第一印象は、とてつもなく重要である。

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