生命錬成 2


 沙羅の想像した人物像というベクトルは。

 コンパスで、紙の裏側に突き抜けたようだ。

 沙羅は、得体の知れない生物を。

 恐る、恐る、のぞき込こみ、声をかける。


「いわ…、ざわ?」

 沙羅に向かい、岩沢というユルキャラは。

 信号機を渡る小学生のように、手を上げ答える。


「きゅ~」


 大きな頭、体に不釣り合いな、手足の人型である、二頭身生物。


 肌は、焦げ茶色で、白く長い髪を、浮きだたせており。

 すごく、カワイイ顔をしている。


 絵として書き上げれば、両手放しで、カワイイのだろう。


 だが、実際に、この生き物が動いていることに、違和感しか覚えない。


 アニメーションでも、グラフィックでもない。

 一生物として動く岩沢は、異様すぎた。


 そして、この違和感を裏付けするように。


 その体の、ドコから出しているか分からない声だ。


 洋画の吹き替えなどで聞くだろう。

 太くてたくましく、ドスがきいたボイスが、カワイらしい口から発せられる。


 こいつに、「ぶらぁああ」とか言わせて、目を閉じれば、岩沢だとは分かるまい。

 


「やってみろ詐欺は、ココですか? スマ子!?」

 疑問を投げかけても。

 スマ子は、何も言わず、まっすぐ沙羅を見るだけだった。


 もう一度、同じ言葉を、スマ子(仮)にかけても、無言を貫く。


 沙羅は、黙りこくるスマ子(仮)の態度に、頭をかきむしった。

 

「なぁ、めんどくさい。

 めんどくさいよ、スマ子。なんて呼べば良いんだよ!」


「名前をつけてください」


「だから、今は、その話題に触れるときじゃ、ないだろ?」


「スマ子って言われるたび。

 私の中で、モヤモヤする感情を、理解してもらいたいです」


「じゃあ、スマート=フォン=スマコで」


「それじゃあ、あだ名は、間違いなくスマホじゃないですか!

 馬鹿にしてるんですか!?」


「え? 今更、何を言ってるの?」


 両頬を膨らませ。

 あざとく、見事な、ふくれっ面を見せる、顔だけは、キレイなスマ子の顔を眺め。


 この話題を解決しないことには。

 目の前の、中途半端な知識を振りかざしている。

 彼女から始まったチュートリアルは、終わらない。


 沙羅は、頭を巡らせる。


 名前をつけるには。

 なにか、由来が、あれば話が早い。


 スマ子(仮)の名前を。

 沙羅は、少ない記憶の中から、絞り出そうとしてみた。


 絞りだそうと、してしまったのだ…。


 急な、スカイダイビングからの、遭難。

 何一つ、嬉しくない思い出を。


 一つ、一つ、思い出していく過程で。

 沙羅は、一つの違和感に気づいた。


 それは、一つの大きな事実を、浮き彫りにしていく。


 落ちる前、沙羅が、追い詰められ。

 カーテンを開け放ったのは、なぜだったろう。


 そして、それが、今はなく、解消している。

 粗相をした、痕跡もなかった。


 願ったことは、この状況から、助けてほしいと思ったのは、間違いない。


 だが、それは、落下に対するものだけ、だっただろうか。


 この岩沢を生み出したときのように。

 何かを消費して、生命を生み出せるのなら。

 なくなった物は、素材として、消費された事になる。


 使うべき素材が、そこらへんの、石ころでも良いなら。

 なんでも素材になると、言うことだ。


 あれだけキツく訴えてきた衝動が、ドコかに消えている。


 まだ、一度も、用を済ませていないというのに。


 海面が迫ってきたとき。

 我慢することを、全面的に、あきらめた記憶が、頭の片隅からあふれ出し。


 沙羅は、仮説に、確信が湧き上がる。


 岩沢を作ったときのように、素材を完全なまでに、使い切るなら。


 発生した、光のまわりにあるものを、全て使うとするなら。


 落下の最後、確かに、体が光で包まれた事は、覚えている。


 なら、社会的には恐らく、一度、死んでいたのだろう。


 この与えられたであろう、能力がなければ。


 そうなっていない、のではなく。

 そうなったけれど、問題なく処理されただけ、だとすれば。



 そう、スマ子(仮)、誕生由来は、あったのだ。

 沙羅は、心底、胸をなでおろし。


 消費されただろう物から、連想される頭文字を、とることにした。


「スマ子か、ショー子で。

 これ以上は、考えないから、二つから選んでくれ」


 沙羅は、悪意たっぷりの作り笑いを、スマ子(仮)向ける。

 スマ子の体が、ビクリと反応したのを、沙羅は見逃さなかった。


「俺は、スマ子が良いと思うんだ。うん」


「なんで、私は、そんなものから生まれてしまったの?

 なんで沙羅様は、ソレを使ってしまったの?」


 どうやら、何を素材として自分が誕生したか。

 本人が、一番、理解していることなのだろう。


「運命とか、偶然とか、必然とか、そんな理由しかないぞ。

 ま、よろしくな、スマ子!」

 明るく肩を叩けば、スマ子(仮)は、力なく、そのまま地面に、うなだれ。


「はい、私は…。スマ子です」

 その姿は、沙羅の良心に、キツいグーパンチ放ち。

 沙羅は、改めて思い知ることになる。


 何事も、やりすぎはいけないと。  


 沙羅の全力で叫ぶ良心は、一つの解決策を吐き出した。


「SONK001 スマ子、よろしくな」


 それは、携帯の型番の数字を、少し変えた程度のモノだが。

 スマ子は、沙羅の言葉に頭を上げ。

 自分の名前を繰り返し、息を吹き返す。


「ソニック…。私は、ソニック1」

「スマ子、この岩沢は、どういうことなんだ?」

 スマ子の目から。


 光がなくなり、クズを見下すような視線が、沙羅を刺す。


「ソニック…。どういうことだ?」

 社会で鍛えられたメンタルは。

 その一切を、無視した。


「単純に、材料が足りなかったのでは、ないでしょうか?」

 普通に怖かった態度をガラりとかえ。

 通常対応に戻るソニック。


 沙羅は、本人が嫌がっていることを、イジりすぎるて、

 しっぺ返しに、あう前に、この話題を流そうと。


 ソニックの態度の急変を、イジろうとはせず、そのまま話に、乗っかっていく。


「え? じゃあ、コイツは、ずっと、このまま?」

「あたえれば、良いんじゃないんです?」

 どうやら、岩沢はペット枠らしい。


 そう言うと、ソニックは、足元に転がっていた、石ころを拾い上げる。


 ソレを使って、再度、力を使えば良いのかと、思っていれば。

 沙羅に何も言わず、岩沢の前に差し出す。


「はい~。ご飯ですよ~」


「……。俺の反省を返せよな、お前」


「何で、です?」

「あまりにも、扱いがぞんざいすぎるだろ?

 小さくても人型なんだから、ちゃんと扱ってやれよ、マジで…」


「…いえ、喜んでますけど?」


「はぁ!?」


 岩沢は、ソニックの足元から。

 沙羅を何かを訴えるように、生気のない瞳で、沙羅を見上げた。


 電信柱から、こちらを伺う子供にも、見えなくもない。 


「きゅ~」

 異様だった。

 いくら、あたり前の言葉を並べても。


「きゅ~」

 異様だった。

 落ちていた石を、物欲しそうにしていると思われる。

 目に生気のない、ユルキャラに答える言葉は、一つしかない。


「…いいぞ」

 ペット枠だった。


「きゅ~」

 返事を返し、岩沢に持ち上げられた石ころは。

 まるで、プリンのように、胃袋に消えていく。


 岩沢が、石を美味しそうに食べている姿は、シュールだった。


 その姿に、愛嬌なんてモノが、あるわけもなく。

 声の印象が、存在イメージの全てに成り果てた、生命体。


 岩沢を見ている者の、心の中に渦巻く感情。


 それは、蜘蛛が捕食した獲物を、食べている姿を見ているのと、変わらないだろう。


 なんとも言えない感情を周りに与えながら、石を食べ終わった岩沢は。

 体を震わせ、体を抱え込むように、丸くなった。


「沙羅様、岩沢の様子が…」

「ココで、世界に愛されるシリーズの代名詞を聞くとは、思わなかった」

 岩沢の体を淡い光が包み、姿を変えていく。


「リアルモンスター……」


 光が収まり、現れた、その姿、その声。


「キュー」

 岩沢は、岩沢だった。

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