よし、お前おれのおっぱいを揉んでみろ

ジョージ・ドランカー

TS=Trans Sexual



 その日、不動大吾は目覚めると


「体が、軽い?」


 自らの体を覆う違和感に気が付いた。

 しかし、


「調子が良いのだろう」


 気にも留めなかった。


 不動大吾は高校生である。

 身の丈2メートルを超える上背で、高校の制服を特注しなければならない程の筋肉によって鎧われていた。

 そんな彼であるからこそ気が付いてよかったはずなのだ、制服に袖を通した時に。


「なんだ、実は疲れているのか?」


 制服が異様に大きく感じるのだ。

 何度も袖を折り返し、裾を折り返しやっとのことで手足が見える。


「ふむ、細い」


 ようやく寝ぼけ眼から覚めた大吾は自らの手を見て、その白さ、細さ、軟さに眉をひそめた。

 だが、


「やはり疲れているらしい、今度気晴らしに隼人達を誘ってカラオケにでも行くとしよう」


 気にも留めなかった。

 大吾の好みは演歌である。

 コブシの乗った声がカラオケ店のビルの外まで響くほどの声量を誇り、出禁になった店舗は数知れず、今では隣県に泊りがけで遠征しなければならない程である。


 ともあれ、そんなどうでも良いことを考えつつ大吾は部屋を出た。

 向かうは食卓である。


 不動家の朝食は量が多い。

 家訓ではないが、健康志向に目覚めた母親が朝食に重点を置くようになったのだ。

 その分夕食は大人しいものだが……。


 朝の食卓に並ぶのは豚肉の味噌漬けを焼いたもの、オクラとほうれん草のお浸しに具沢山の味噌汁が並ぶ。


 ぐるりと見回せば、定位置に座る父親が新聞を読みながらも器用にテレビを見ている。

 母親は炊きたてのご飯を茶碗によそっているところだ。


「おはよう」


 大吾は習慣通り挨拶をして、母がよそったご飯茶碗を盆にのせ座卓に並べて行く。

 その際、


「おはよう、親父」


 挨拶するのを忘れない。

 とはいえその日の朝はいつもとは異なっていた。

 双親からの返事がないのだ。

 母親はしゃもじ片手に動かない。

 父親は新聞から半分顔を出し、大吾を見た後で、挨拶を返そうと開きかけた口を開けたまま動かない。


 大吾はそんな日もあるだろう、といつもなら腰を下ろすところを茶を用意しに台所へと足を向ける。


「ふぁ~あ、おはよー」


 そんなとこに現れたのは大吾の弟である。


「ん、次郎か、朝食の用意は終わっている座っていろ」


 大吾はいつもの調子である、が弟の次郎は両目を見開いて何故か大吾に見入っている様子だ。


「風邪でも引いたか、軟弱な奴め」


 大吾はそんなことを言いつつ茶を用意し終えると自らの定位置に腰を下ろした。

 それからぼんやりとテレビを眺めつつ皆が食卓に着くのを待つ。


 が、いつまで経っても動かない。


「先に食べるぞ」


 大吾はそう宣言をすると一人食事を始める。

 時折聞こえてくるのはテレビから流れてくるニュースの音声だけだ。

 普段なら楽し気な食卓であるはずが会話一つなく寂しいもので、それでも大吾は偶にはそういう日もある、と気にも留めない。


「ふむ、珍妙な事件もあるものだ」


 大吾はそう呟いてテレビに流れる映像に注目する。

 ニュースで流れていたのは、世界中で同時に起こった奇妙な事件。

 そう、その日世界中で、グリニッジ標準時にして十四時ごろ、日本時間で夜の二十三時ごろ、TSが起こったのだというのだ。

 男が女に、女が男になる事件が世界中で同時に起こったわけである。

 報道によれば、被害者は突然体調を崩し意識を失い気が付けば性別も見た目も大きく変わっていたという。

 そしてWHOでは変化の原因究明の為に各国に情報提供を呼び掛けているという。


 大吾が見ている画面には、日本人でTSしてしまったという男女が元の顔写真と共に映し出されている。

 一人暮らしの会社員の男性は小学生くらいの少女の姿になり、早出で出社したところ同僚に指摘され気が付いたという。

 隣に座る人物、見た目は男性だが元女性である、は朝自宅で体の変化に気が付き、ネットで調べたところ自身の肉体が変化していることに気が付いたという。


 早々にそのような人物をよく見つけられたものだ、と大吾は感心するがこの二人、この報道番組を放送しているテレビ局に勤める社員であったようだ。

 ともかくとして、二人は今後の生活に強い不安を持っているという。


「大変なことになっているな」


 大吾は一人そう呟くと食後の茶をすすり、それからゆっくりと立ち上がる。


「親父、おふくろ、それに次郎も早く食べないとメシ、冷めるぞ」


 そう忠告して空になった食器を流しに置いてから登校の準備に取り掛かるのだった。

 その際、歯を磨いている際に自身の姿を鏡越しに見ていたはずだが、


「やはり疲れているな。さっきのニュースの影響でそう見えているのだろう」


 と自己解決してしまっていた。

 そこに映っていたのは少女である。

 長い黒髪の線の細い、紛れもない作り物めいた美少女である。

白磁の肌に、見る者を引き付ける紫紺の瞳。鼻筋は通っており、唇は花の蕾のようでいて妖艶。同時にどこか肉食獣を思い起こさせる獰猛な雰囲気を纏った……。

 




 不動大吾は高校生である。

 そして入学したての一年生である。

 彼は入学当から既に2メートルを超す体躯を持ち、常日頃から鍛えていた為に周囲には威圧的な空気を無意識のうちに放ち、同学年、果ては教師や上級生からも恐れられていた。

 当然、それを面白くないと感じる上級生、主に不良と呼ばれる連中からは目を付けられ喧嘩を売られる日々が続いていた。

 しかし、大吾本人は日々真面目に授業を受けていたわけで、決して不良と言うわけではなかった。

 とはいえ、売られた喧嘩は必ず買い、悉くを打倒した。

 そして、闘志を帯びた鋭い眼光とその威圧するような巨躯によって教師からは不良の一人として認知されていた。

 

 謂れなき、と言うわけではないが、過分な噂による風評の被害者である。


 そんな彼の登校風景は実に寂しいものである。

 隣を歩く者は一人としておらず、ただ遠巻きにされるだけ。

 触れてはならぬ、歩く厄災として距離を置かれていたのだ。

だが、


「妙な感じだ」


 普段は聞こえぬ囁き声、それは妙なものだった。嫌悪感の混じった悪評を口にされているわけではない、と言うのが大吾にはわかった。

 風に交じって聞こえてくる囁きは困惑と好奇である。

 そして、普段ならばあり得ない不躾な視線も多い。

 まるで珍獣になった気分だな、と大吾は苦笑し校門をくぐった。


 大吾は普段と変わらぬつもりで教室へと入る。

 挨拶はない。

 入学当初はしていたのだが、入り口近くの席の生徒が必要以上に怖がるようになったのでやめたのだ。


 そして、教室内の楽し気な会話が、引く波のように消え去って、そして闖入者を見るような様子である。

 一部の男子生徒は見とれていた様子だが、ともかくとして大吾は気にしなかった。


 そういう日もある、と自己完結して席へと向かう。


 その間、ひそひそと教室内で話声が広がっていく。

 それは先ほどまでの楽し気なそれとは異なり、まるで何かを噂するように。


 大吾が普段通り、自席へ鞄を投げるようにして置き、どかりと腕組みして腰を下ろす。


 瞬間、教室内に緊張が走り、再びの静寂。


 大吾はこのあからさまな変化を無視して目を閉じる。

 これも日課である。

 短時間であるが目を瞑りその日の授業の予習をするのだ。

 大吾は記憶力が割とよく、前日にその日の授業で使用する教科書のページ、その内容を暗記してくるのだ。

 そして予鈴前にそれを一通り思い出す。


 しかし、腕組みしてふんぞり返る姿は実に威圧的であり、周囲へと緊張した空気を孕ませる。

 

 だが、今回ばかりは話が違った。

 

 教室を包む空気は、まるで破裂する爆弾を前にしたような、恐慌一歩手前の群衆が纏うそれを思い起こさせる。


 大吾は、彼は気が付いていないが、と言うか自己完結して気にしてもいないが、彼が精神的に疲れている自分が見たと思い込んでいる鏡に映った変質した自分も、細くなったと錯覚していると思い込んでいる手足も、そして風邪気味で妙に声質が変化してしまっているとちょっと気になっている声も、それはすべて真実である。


 周囲から見れば、そう、彼はこの学校の暴君たる不動大吾に挑みに来た不良の一人にすぎない。

 あくまで不遜な態度で座り続ける人物に、いつ不動大吾が現れるのか、戦々恐々としているのだ。


 そんな教室の空気を悉く打ち破ったのは少し遅れて登校してきた人物のおかげであろう。


 鼻歌交じりで実に楽し気で、軽やかに教室の扉を押し開けて、


「おはよー」


 柔らかな声で告げる。

 どこか人を安心させ、和ませるその声の主は、一瞬にして教室内に沸き起こった緊張をかき消した。

 そんな人物には自然と視線が集まるわけで、安堵と感謝を込めて教室内の生徒は誰かを確かめようと視線を送る。

 が、一同が思ったのは、


『誰だ、この人』


 という疑問である。


 その人物は、少女は、亜麻色の髪をした柔和そうな顔立ちで、なぜか学ランを着用している。

 とりわけ男子生徒の視線を集めるのは、その厚ぼったい生地の上からでもわかるほどのおっぱいである。

 しかもノーブラであるらしい、良く揺れる。


 そして、あろうことかその人物、鼻歌交じりに件の人物、不動大吾の隣の席へ鞄を置いて、腰を……下ろさなかった。


 少女は不意に動きを止めると首を傾げて不動大吾の席を二度見した。

 しかし、とりわけ気にした様子もなくそのまま席へと座ってしまった。


 不動大吾の隣の席、そこは、ある意味で特別な席である。

 この学校に置いて唯一、不動大吾と友好的な関係を築き、暴走した(と思われている状態の)不動大吾を押しとどめられる人物、金剛隼人の席である。

 以前、不良ではないが、マナーの悪い生徒が、金剛隼人の席とその周辺を占拠して騒いでいた時に不動大吾が彼らを脅し失禁させるという事件があった。

 実際に手出しはしなかったため学校側はお咎めなしと沙汰を下したものの、不動大吾を威圧のみで人の心をへし折る鬼である、と学校中で知られるようになったきっかけでもあった。


 そんな金剛隼人の席にのほほんと座る少女、彼女の行く末を多くの生徒たちが悲観した。

 きっと、彼に目を付けられてしまえば人知れず何をされてしまうか、わかったものではない。一人の哀れな少女は、その可憐な花を散らされてしまうのだ、と。


 どうやらこのクラスの生徒は想像力逞しいようである。


 

 瞑目する不動大吾の瞼がピクリと揺れる。

 彼は体内時計も割かし正確で、おおよその感覚であっても実際の時計の示す時間との誤差は3秒程度に収まっている。

 大吾は薄っすらと目を開ける。

 ホームルームまで丁度ぴったり3分前。


 だが、どうも気配はあるものの教室内の生徒数は普段より少ない。

 どうも、教室に入るのを躊躇している様子である。


 あれか、今朝のニュースでやっていた。このクラスにもそのような大変な目にあった者がいたのだろうか、教室に入るにも勇気がいるのだろう、と大吾は思いをはせた。


 実際は教室内の異様な空気に飲まれ扉から先に足を進められない者達である。


 そんな大吾はチラリと視界に入った見慣れぬ少女に意識を向ける。

 のほほんとした雰囲気の少女は穏やかに読書に勤しんでいる様子である。

 大吾は、この女子生徒はきっと入る教室を間違えたのだな、と考えた。

 だから、ささやかながらに教えることにした、


「おい、お前、入る教室を間違えているぞ」


 と。

 それを聞いた女子生徒は本から目を離すと驚いた顔をして大吾をまじまじと見て、


「えーっと、君が間違えてるんじゃないかな? ここは1の3だよ?」


 あろうことかそう言ったのだ。

 1の3とは間違いなく大吾の所属する組の教室で間違いない。


「なら間違ってはいない。いいから自分の教室に戻れ」


 敢えて語気を強めて言う大吾に臆した様子もなく、目の前の女子生徒は大吾の目をじっと見る。

 そして、少しばかり目を細めて唸って、


「……もしかしてだけど、大吾かい?」


 あろうことか、見知らぬ女子生徒の口から自分の名前が飛び出して大吾は眉根を寄せる。

 そして、無言のまま目の前の女子生徒を睨む。


 少なくとも、不動大吾は自身の学校内における評価、と言うか扱いや認知度を知っている。

 そしてそういう評価等を除いても自身の容姿が目立つものであることも自覚している。

 それでも気付かれない、という事態に思考が一つの結果を導き出す。

 が、同時にまたもう一つの、目の前の人物が誰なのか、という答えにもたどり着く。


「……隼人、か?」


 尋ねられた女子生徒はまた言葉に窮したようで、目を見開き、そして、


「えーっと、もしかして……」


 大吾は目の前の隼人であるらしい女子生徒の言わんとすることが分かった。


「わからん。幻覚の可能性もある」


 大げさに腕を組み、おもむろに立ち上がる。

 そして、じっと目を瞑り、重々しく目を開けて隼人を見下ろす。

 意を決したように、


「よし、お前俺のおっぱいを揉んでみろ」


 力強い声が教室に響く。


 それを受けた隼人、大吾を見上げその瞳に宿る覚悟を読み取って、すっくと立ちあがる。

 無言のまま頷くと、そっと右手を掲げ手のひらを大吾の胸に押し当てる。

 隼人は手のひらに、柔らかくも程よい弾力のある、掌に収まるそれを指先で優しく包み込む。


「どうだ」


「うん、ぷにぷにしてるよ」


「そうか」


 途端に大吾は難しい顔になる。

 そんな大吾を見た隼人も覚悟を決める。


「その、僕のおっぱいも揉んでくれないかな」


 実に穏やかな声が教室に響く。


「わかった」


 大吾は大きく頷くと、両の手のひらを隼人の胸にむけ、一息に鷲掴みにする。


「ちょ、大吾君、はげしい」


 痛かったのか隼人は顔を歪めてしまう。


「む、悪い」


 大吾は指先に込める力を緩め、優しく揉みしだく。

 柔らかなそれは、服の上からでもわかるほど柔らかく指先が沈み込んでゆく。


「どう、かな」


「柔らかいな」


 大吾は手を離す。


「これって」


「ああ、残念ながら現実のようだ」


 不動大吾は重々しく言い、そしてイスへと腰を下ろす。

 金剛隼人も同じく。

 向かい合う二人は何処か対照的で、深刻そうに眉根を寄せる大吾に対して、どこか腑に落ちた様子の隼人。


「とはいえ、なってしまったものは仕方ない」


「そうだねぇ」


 のほほんとした様子の隼人に、大吾は微かに口元を緩めた。


 そんな二人の様子を眺めていた生徒たちは、事態を飲み込めず相変わらず動き出せずにいた。

 教室がようやく教育施設としての機能を回復したのは午後の授業が始まってからであった。





 不動大吾と金剛隼人がTS被害にあってから二週間、何とか彼らの所属する教室、一年三組は落ち着きを取り戻しつつも、新たに、以前とは異なるクラスの雰囲気が醸成されつつあった。


 それまでには様々な紆余曲折があった。


 大吾と隼人の二人は学校からセーラー服の着用を言い渡され、大吾は男がスカートなぞ履けるかと反発。

 教師との空気が過去最悪となり、胃潰瘍になった教師が大吾の両親に泣きついてようやく決着。

 かと思えば二人は相変わらず男子トイレを使用し続け、さらに口出しできる生徒もいないことから教師が働きかけたが、大吾は男が女子トイレに入るなど常識では考えられんと突っぱね再び学校側と衝突、生徒指導の教師が血尿の為通院を始めた。そんな状態になってまた大吾の両親に泣きついて何とか教員用の女子トイレを使うことを納得させた。


 また、ある時は更衣室の使用でもめることになった。通常男子生徒は教室で着替え、女子生徒は更衣室の使用が認められているのだが、大吾も隼人も体育の授業の度に教室で着替えるのだ。

 やはり、生徒は二人に口出しもできず、見た目は女の子であるから見られれば眼福と言えるかもしれない状況なのに、見たら殺される、と慌てて教室を出ていく。そうなると今度は授業の開始に障りがあるわけで、やはり問題となった。

 二人には更衣室を使うように、と教師は働きかけるも、今度は女子生徒から不満が続出。

 担任教師の毛根の八割が死に絶えたあたりで今度は二人の両親に泣きついて、何とか空き教室を使用するように頼み込んで何とかスムーズに体育の授業、体育後の授業が行えるようになった。


 このあたりから保健室には専門のカウンセラー、セラピストが常駐するようになったのだが、カウンセラーにかかる教師の数は年間通して減ることはなかった。


 こうして教師は過酷な環境を耐えつつ二人の卒業を待つこととなったのだった。




 年が巡って新たな春が過ぎ、梅雨の頃。


「先輩、好きです。付き合ってください!」


 そんな元気のいい声が校舎裏に響く。

 一年生の男子は勢いのままに心の丈をぶつけるのだが、


「軟弱者め、男子たる者が色恋に現をぬかすな!」


 ばっさりと切り捨てるどころか半ば責め立てるように叱責する者がある。

 そう、不動大吾である。

 TSして見た目だけは美しい少女となったが、その精神は肉体に引っ張られることもなく以前のままである。その強固な精神は揺らぐことがない。

 TSの事を知らない生徒の多くが大吾に告白という名の遠回りな自殺的行為を行い、一つの例外もなくその心を砕いている。休日にナンパにも会うが、悉くが同じ結果である。


「大吾、終わった?」


 そんな告白劇が終わったと見るや姿を現したのは大吾の友人である金剛隼人である。隼人もTS被害者であり、見た目はゆるふわ系お姉さんで超巨乳である。

隼人としては、後輩の純情が無残に砕け散ったのを見て可哀そうにと思うものの、コイツはコイツで見た目が良いから同じように告白されるのだ。が、断りの言葉が大吾以上に酷い。


「気持ち悪い」「吐き気がする」「死んで?」


言葉に容赦がなかった。見た目柔和そうだからと油断しきって告白した男たちは大吾以上に心に傷を負ってしまうのだ。

こう見えて金剛隼人は自他ともに認めるオタクである。美少女が出てくるアニメやラノベを嗜み、NTRモノが反吐が出る程嫌いで、押しのキャラに男の影がちらつくだけで発狂しかける程のメンタルである。故に男からの告白は最悪の罰ゲームであり、返す言葉は過激に容赦がなくなる。


 こうして二学期を迎える直前、不動大吾と金剛隼人の余りの容赦のなさに多くの男子生徒が一時不登校に陥ることとなった。


 あまりの異常な状況に教員は重い腰を上げることを強いられたのだ。


まず、教師たちは大吾と隼人を呼び出し、告白を断る際にはもっと言葉を選ぶように指導をすることにした。いちいち教員が生徒間の色恋沙汰に口を出す時点でどうかしているのだが、ともかくとして大吾と隼人は両親に出てこられては厄介だと教師の言葉に従った。


 大吾は、色恋沙汰に現をぬかし、己の研鑽が半端になることにどれだけの損失があるかを筋道立てて説明することにした。大吾が尊敬するのは道を究めた者達であり、学生というのは良くも悪くもその道の者達から見れば半端者である。故に、


「お前のような半端者に対して応える言葉はない」


 という風に締めくくられた。


 対して隼人は、いかに告白される事が自分にとって不愉快か、そして告白してきた人物が如何に気持ち悪いかを(その人物の人となり、言動を観察し)時に湾曲的に、時にはストレートに告げ、


「何であなたのような猿がヒトの言葉をしゃべっているんですか?」


 こんな感じで断るのである。


 学校を休む生徒は更に増えた。

結果、指導をした教師はストレスから幻覚、幻聴を患い、少しでも関わった教師は酒精の摂取量が増え、仕事中にも懐にスキットルを忍ばせる者が続出することになった。

 文字通り学校崩壊の危機に瀕して動いたのは校長である。校長は不動、金剛両者の親に談判し、頭を下げて学校から出て行ってくれと頼み込んだのだ。何せ二人はこの時期、素行不良でもなければ成績落伍者でもなかったのだ。むしろ成績は上位だし、以前の威圧的な雰囲気が和らいだと錯覚していたお陰で然程脅威と思われていなかったのだから。


 そして、必死な説得を行った末、不動大吾、金剛隼人は隣県にある女子高の寮へと押し込むことに成功したのである。これ以降、校長は生徒から救世主と呼ばれるようになったという。


 世界的に見れば被害者の多いTS事件であったが、人も変われば立場も変わる。不動大吾と金剛隼人の二人は、稀有な例としてその顛末が研究者によって記録を残される事となったという。

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