第24話 文化祭その③
時刻は12時ちょうど。
『3年A組、藤原飛鳥』
『同じく3年A組、九条
演奏者の名前が発表された瞬間、体育館を響かせる観客の声援が出されている。
『藤原さーん頑張ってー!』
『リラックスリラックス!』
『九条さんファイトー!』
演奏に集まった生徒からこんな応援まで。
そんな中、二階から一階ステージを見る俺は……呆気に取られていた。
「え、ちょ……。あ、あの人って……」
飛鳥の隣に凛として立つ、赤髪をサイドテールに結んで橙色の猫目を持つ彼女……。
30分前、校舎裏で会話したその女の子が声援に応えるように頭を下げている。
九条。その名前は美雨から聞いていた。飛鳥とデュオを組んでいる相手であり、コンクールの最優秀賞者であり、男嫌いであり——、挨拶は紹介された時ぐらいでと釘を刺された相手。
「いや、嘘でしょ……」
俺はそんな相手と知らず知らずのうちに顔合わせしていた。それもただの顔合わせではない。
イジメられていると誤解してしまっただけに、かなりグイグイ踏み込んでしまった……。
間違いなく、失礼なことをしてしまった。『変な人ね』と、濁されて言われてしまったくらいに……。
(あ、あの子が九条さんだって知ってたら変な行動はしなかったよ……。俺の顔、忘れているといいんだけどな……)
目が合ったのは『見せ物じゃないわよ』と声をかけられ、そこから僅かな時間。
冷や汗が流れ、心配を宿しながらステージをジーっと見ていたその時だった。
隣でカメラの録画を始めていた男性がいきなり話しかけてきた。
「おや、お兄さんも緊張しているんだね」
「あ、あはは……」
まるで知人を相手にしているように微笑んでくる男性だが、初対面である。おそらく同じ音楽の趣味がある相手だと思ったのだろう……。
釣りをしている時、『なにか釣れました?』と聞いてくる時のような雰囲気がある。
ここでも呆気に取られた俺だが、なんとか話を繋いだ。
「実はそうなんです。凄いお二人が演奏されるので」
「あはは、うちの子ならまだしも、藤原さんは心配する必要ないと思うよ」
「ッ!?」
え、今、気のせいだろうか……。この男性から『うちの子ならまだしも』と聞こえたような気がする。いや、これは現実逃避だ。間違いなく聞こえた。
それだけでなく、俺の素性を知っているようなセリフまで。
「おや、もしかして違ったかい? あんなにも真剣な表情で見ていたものだから、私はてっきり藤原さんのお知り合いだと……」
「あっ、いえ。ご明察です」
真剣に見ていたわけではなく、30分前に会話した九条さんに驚いただけの俺だが、知り合いであることは確かなこと。
推理は少し違かったものの、結果は同じだった。
わずかな会話しかしていないが、ようやく辻褄が合った。納得した。
隣にいる男性は九条家のパパであり、俺が藤原家の知り合いだと思ったからこそフレンドリーに話しかけてきたことに。
こちらの素性がバレたからには、目の前のパパに失礼な真似は絶対に取れない。
「九条様のお噂はかねがお聞きしております。ピアノのコンクールでなんとも素晴らしい賞をご受賞され、プロの方々にも注目されていらっしゃると」
コテコテではあるもすぐに敬語に変え、もらった情報を頼りに九条玲を讃える。
「あはは、それはどうも。だが、うちの子はまだまだ。藤原さんには敵わないよ。体の使い方に重心移動に周りに動じないメンタルに、どれも素晴らしいんだ」
「ありがとうございます。そのお言葉は飛鳥様にお伝えしてもよろしいでしょうか?」
「゛ん。さすがは藤原さんの関係者だ。これまた鋭い」
「……?」
「実はお忍びできていてね。私の言葉だと言うことは内緒で頼みたい」
「あっ、そうでしたか。承知しました」
ただの質問でこう言われるまで要領を得なかったが、家柄の影響か俺まで鋭いことになった。
「本当、思春期には困ったものだよ。昔は『絶対に来て』の声を聞けていたのに、今はもう『絶対に来るな』の声しか聞くことができないんだ」
「そ、それは大変ですね」
既婚しているわけでない分、父親の気持ちを全て理解することはできないが、辛いだろうなと言うことはわかる。
「……だが、今日は足を運んで本当によかった。私が言うのもなんだが、今日の玲はベストパフォーマンスができると思うから」
「と、おっしゃいますと?」
「うちの玲はかなりの緊張しい性格でね。腕は確かなんだが、序盤が硬くなってしまってね、先生からも指摘されるポイントなんだ」
「緊張が……ですか」
「ああ。しかし今日の玲にはその緊張が窺えない。かなりリラックスした表情をしている。一体なにがあったのかはわからないが、今日はベストな演奏をしてくれるはずだ。それこそ、藤原さんに負けず劣らずの演奏をね」
今日、初めて会った相手のことだからわからないが、父親が言うだけあり間違いないのだろう。
渡した焼きマシュマロとココアを飲んで、多少は気持ちを切り替えられたということだろうか。
もしそうなら……嬉しい。そんな気持ちを隠して俺はこう答えた。
「それはますます楽しみです。と、始まるようですね」
「ああ。そうだな」
そうして、人気がないような静けさの中……演奏が始まった。
一曲が終わる毎に訪れるのは割れんばかりの拍手にシャッター音。アイドルのライブを見ているような熱量があった。
* * * *
「お疲れさまでした、九条さん」
「ええ。こちらこそお疲れさま。と、相変わらずの化け物ね、あなた。アレンジまで加える余裕があるんだもの」
ノンストップの30分演奏が終わり、ステージ裏では顔にタオルを拭う飛鳥と九条玲がいた。
「ふふ、ですが私のアレンジは蛇足でしたね。九条さんについていくので精一杯でしたから。むしろ足を引っ張ってしまってすみません」
「それはどう言う意味かしら」
「九条さんが一番理解されていることでは? 絶好調と言わんばかりに滑らかに指が動いている音色でしたよ」
『ついていくので精一杯』。それを証明するように悔しそうな表情を浮かべている飛鳥。
九条の演奏が素晴らしいものだったと認めているからこそである。
「今日は緊張しなかったの。と言うより、特別なサポートがあったからこそ、なのよね」
「特別なサポート……? あ、演奏前に言っていたことに繋がっている?」
「ええ、正解よ」
面白おかしそうに白い歯を見せて猫目を細める九条。
『飛鳥さん、大人の男性っていいわね。あなたの言っていたことが少しわかったわ』
これがその時の言葉だ。
「あっ、でしたら今から私のお手伝いさんと挨拶しにいきませんか? 演奏が終わったら会う約束をしているんです」
「……」
「どうですか?」
「う、うーん……。ほんの少しだけよ。あなたにはお世話になっているから」
「ふふっ、ありがとうございます」
「……ただ、あなたが自慢する男性だとしても、特別なサポートをしてくれた彼には敵わないけれどね。失礼だけど」
演奏が終わり、肩の力も抜けた今。半ば挑発的に微笑む九条だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます