第23話 文化祭その②

「——な、なによ。アタシは見せものじゃないわよ」

 人気のない校舎裏。体育座りをして頭を落としていた学生を見つけた矢先に声を飛ばされた俺。


「す、すみません。そういうつもりはなくて……」

「ん? アナタ、アタシを呼びに来た方ではなくて?」

「呼びに来たですか? あの……状況が理解できないのですが」

「そう……。それはごめんなさい。勘違いをしてしまったわ」

 とりあえず彼女の中で一つの誤解が解けたのだろう、向けられた嫌気が薄れはしたものの『近づかないで』のオーラは健在。


 きっとなにかしらの事情があるのだろう。そうでなければこんなところに一人でいるはずがない。

 もしかして……イジメだろうか。

 これからイジメっ子に呼びにくるところを俺が見つけてしまったということだろうか。物騒な想像だが、これなら辻褄が合うのだ。

 体育座りをして頭を落としていた=落胆していたその理由に。


「あの……。お節介を本当にすみません。どうかなさいましたか?」

「この姿を見ればわかるでしょう? アタシは今誰とも関わりたくないの」

 言葉遣いやまとっている雰囲気はどこかのお嬢様のよう。それこそ飛鳥や美雨と同じような。

「あと、それ以上アタシに近づいたら叫ぶわよ」

「わかりました。むしろ初対面の相手ですので当然の対応だと思います。どうしても怪しい者のように映りますもんね」

「……?」

 俺の返事になぜか懐疑的な顔をされた。


 だが、嫌悪に混じった警戒はそう簡単に出せるようなものではない。過去になにかがあった、、、、、、、からこその反応な気がする……。

 やはり、イジメだろうか……。この可能性が大きくなったからには少しでも協力したかった。ここを見過ごせば、彼女が嫌な思いをするかもしれない。

 初対面の相手だが、お節介だが、大人として放っておくことはできなかった。


「そもそも初対面の相手に構うメリットはないでしょう。アナタが良からぬことを考えている事はわかっているわ」

「それではまず自己紹介を——」

「結構よ。それよりアナタの目的はなによ。まずそれを教えなさい」

「ですからこれを食べる場所を探していただけですよ。こんな素敵なイベントに参加させていただいている身ですから変なことは考えておりません」

「貴方の言葉が本当だとすると、一人で飲食できる場所を探した結果、やっと見つけた場所がここだったのかしら」

 人が通らない校舎裏を通ったからだろう。『やっと見つけた場所』と、ありがたい誤解をしてくれた。ここは乗っかるべきだろう。


「はい。一人ぼっちで食べているところを大勢の方に見られるのは恥ずかしくて……。ですのでここに座っても良いでしょうか。もちろん貴女あなたの死角になる場所に座りますので」

「……はぁ。わかったわ。ただアタシに話しかけないでちょうだい。もちろんその場から近づくようならすぐに叫ぶから」

「はい。お気遣いありがとうございます」

「え? その言葉は意味がわからないわ……。警戒している相手にかける言葉じゃないでしょうに」

 独り言が聞こえた。完全に呆れている様子だが、俺のお願いを呑んでくれた辺り悪い人ではないことはわかった。……が、特に気にしない。

 彼女と死角になった場所で座り、すぐに話しかける。


「それで……一体どうされたんですか?」

「あ、アナタねぇ……。アタシの話を聞いていたの? 話しかけないでと言ったのだけれど」

「あはは、得体の知れない相手に悩みを相談することも一興だと思いませんか? 特殊な状況だからこそ気も紛れるとは思いますよ」

 正直、普段の俺ならこんなグイグイといくことはできない。こうした態度ができるのは『次に会うことはない』と割り切っているから。一期一会の相手だと考えているから。


「なんだかアタシ、かなりの変わり者に捕まってしまったようね」

「……」

「で、その悩みを口にするまで無視をすると。完全にアナタのペースに呑まれてしまったわ」

「あ、すみません。ちょうどマシュマロを食べていたところで」

「えっ? あ、はぁ……。もういいわ。アタシの負けよ。……確かにこんなにもおかしな状況でお話しすれば少しは気が紛れそうね」

 死角になっているせいでお互いの状況は見えない。そのおかげで根負けさせることができたのは幸運と言えるだろう。


「そうしてもらえると幸いです。見たところ落ち込んでいるようにお見受けしましたが」

 イジメの内容が話される。疑問を投げかけながらそう身構えた俺だったが、次に的外れだったことに気づく。


「別に落ち込んでいたわけじゃないわ。緊張をしていて、一人で心を落ち着かせてただけよ」

「き、緊張?」

「……ええ。実はアタシ、体育館で演奏することになっているのよ。もう時間に余裕もない状況ね」

「なるほど、そのようなご事情でしたか。お昼過ぎから観客が多くなるとはお聞きしてます」

「実際その通りだと思うわ。アタシ、元々が緊張しい性格で……。本日はペア演奏だからミスができないプレッシャーもあって。だから一人でいられる場所で心を落ち着かせていたのよ。ガヤガヤしたところだと気も休まらないから」

「な、なんだかすみません。……いろいろと邪魔してしまって」

 今さら言えない。イジメられていると早とちりしてしまい、声をかけてしまったなど。


「別にいいわよ。アナタが言った通り、少しは気が紛れると思ったもの」

「ですが、『こうは言ったものの責任は取ってほしい』と含んでおりません?」

「貴方……かなり鋭いわね。ずっと思っていたのだけれど不快にならないような接し方もしていて。もしかして偉いところに仕えていらっしゃる方だったりするのかしら」

「いえいえ、そんなことはございませんよ」

 偉いところに仕えていることは間違いないが、使用人だなんて偉い役職に就いているわけではない。俺はただのお手伝いさんだ。


「なんだかあえて隠しているような気がするけれど、まぁ……余計な詮索はするべきじゃないわね。『得体の知らない状況』が崩れるもの」

「助かります」

 お手伝いさんとしてではあるも、俺は藤原家の名前を背負った一人。なにかやらかしてしまったことを考えると素性は隠しておいた方が都合がいいのだ。

 彼女には失礼な態度を取ってしまい、言われてしまっている。

『あ、貴方ねぇ……。アタシの話を聞いていたの? 話しかけないでと言ったのだけれど』——と。


「それで、貴方には緊張をほぐす案があるのかしら」

「……試されていますね」

「ええ。これで多少なりに技量が見抜けるもの」

「どのような方法でもよろしいんですか?」

「……その場で出来ることでお願いするわ。正直、男性は苦手なのよ。社交には慣れているからお話は難なくってところだけど」

「そうでしたか」

 この言葉によって今までの態度に納得がいった。ここは女子校だ。男が苦手な学生も少なからずいるだろう。


「では、これをどうぞ」

「どうぞってなによ」

「こちらを向いてください」

「ん? あっ……」

 俺は最初にポケットの中に手を入れた後、校舎の土台となっているアスファルトに置いた。自動販売機で買ったココアと、模擬店で買ったクリアカップに入った串しの焼きマシュマロを。

 一つの串には3つのマシュマロが刺さっている。


「自分が一串食べてしまったので、残り二串になっているんですが……甘いものは緊張を解す効果があるようです」

「……」

「初対面の相手から渡される物を食べるのは抵抗あると思いますが、おっしゃられた条件にはなかったことですし、マシュマロは串から食べるものなので汚いことは起こっておりません」

「…………その言葉を信じろ、と?」

 そう返されることは正直わかっていた。男性が苦手だと言っている相手にこんなやり方をすれば当然。


「でしたら一緒に買いに行きましょうか。マシュマロが嫌いなわけではないことがわかりましたので」

「そう……。そんなことを言われたら信じる他ないわね。アタシの言葉を予期していたようですし」

「ありがとうございます。ちなみにココアも未開封ですので安心していただけたら幸いです」

「でも……本当にいいの? マシュマロとココアの合わせ方を見るに、つうな方だとお見受けできるのだけれど」

「これで緊張が解けるのでしたら安いものですよ」

「……貴方、やっぱり偉いところに仕えていらっしゃるでしょう?」

「いえいえ、そんなことは」

 正直、彼女のような相手にそう思ってもらえることは嬉しい。少しは様になっているということだろうか。


「では、自分はこれで失礼いたします」

「ぁ……。もう行ってしまうの?」

「邪魔をしてしまってなんですが、一人で心を落ち着ける時間も大切だと思いますから。甘いものを補充してこれからのことに備えていただけたらと」

「ふふ、本当に変な方ね。言っておくけれどお互いに初対面よ?」

「それはそうですが、楽しいお時間を過ごさせていただいたので」

「あら、それはどうも。アタシは少しだけ、、、、楽しかったわ」

「あはは……。次に会うことができましたら挽回のチャンスを」

「ええ、その際には」


 顔の見えないやり取りはここで終わる。最後までお互いに名乗ることはなく、この場を去った。

 とりあえず彼女がイジメを受けているわけではないとわかっただけ一安心した俺だった。



  *  *  *  *



「あんな対応をしてしまったのに……彼、優しかったわね」

 その後のこと。ボソリと呟く彼女は立ち上がる。

 甘いものが置かれた場所にまで近づき、ココアとマシュマロを手に取ろうとした矢先、

「……っ」

 彼女は気づいた。

 ココア缶の蓋、プルタブ部分に100円玉が引っかかっていることに……。

 摩訶不思議な状況を頭の中で整理する彼女は、一つの回答を出した。


「こ、これってもしかして……」

 100円玉を動かすことなく、栓抜きの要領で力を上に加えれば——考え通り、簡単に開いたのだ。


「ど、どんな気遣いよこれ……」

 呆れた声ではない。感心の上限が振り切った声。

 ここで思い出す。別れ際のこと、

『あはは……。次に会うことができましたら挽回のチャンスを』

『ええ、その際には』

 演奏に関する話題で会話をしたのにも関わらず、演奏のエールなしに去っていったことを。


「……要するにこれは『自分は手を痛ませないようにしたんですから、貴女は成功できますよね?』なんて無言の挑発エールかしら。……コンクールで一位のアタシに向かっていい度胸じゃない」

 フンと不満の息を鳴らす彼女だが、次の瞬間には緊張が抜けたような微笑を浮かべていた。


「ふふっ、甘いものを食べる前に楽になるだなんて……。彼は一体、誰の使用人なのかしら」

 こう呟きながら。



  *  *  *  *



「……飛鳥さん、大人の男性っていいわね。あなたの言っていたことが少しわかったわ」

 これは演奏前、男嫌いの九条が放った言葉だった。

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