第22話 文化祭その①

「うっわ、凄いなこれ……」

 文化祭当日。11時過ぎにお嬢様学校、澪桜女学院に着いた俺は煉瓦レンガ造りの正門を見て足を止めていた。

 門の左右にはこの日のために学生が描いたのだろう。巨大なポスターが飾られ、門の上部には達筆で『文化祭』の文字もわかりやすく飾られていた。


 この高校には何度か車ですれ違ったことがあるが、文化祭の日はやっぱり雰囲気は違う。

 初めて入る学校にワイワイとしたイベント。

 浮き足立つ気持ちを抑えて参加者の列に並んだ俺は昨日、飛鳥から郵便で送られたチケットを財布から出して待機する。

 少し時間がかかるかなと思っていたものの、5分も経たずに入場することができた。


「うわ、敷地やっぱり広いなぁ……」

 正門をくぐった後は正面を歩き、左右を見渡しながら進んでいく。

 綺麗に整備されたアスファルトの道。奥に見える大きな花壇に咲く花々。緑の広がった芝生。お嬢様学校と呼ばれるには十分なイメージを感じた。

「ふぅ。今日はジャケット着てきてよかった……」


 文化祭にジャケットは堅苦しいイメージを与えてもおかしくないが、目の前に見えた白校舎を目に入れた瞬間にこの感想が出る。

「こんなところで飛鳥さんと美雨さんは授業してるのか。ここには入りづらいなぁ……」

 学生にとっては校舎なのだろうが、俺からすれば大豪邸に見える……。これが校舎とは思えない造りだ。

「ま、まぁ学校の中は美雨さんに案内を頼むとして……今は模擬店を見て時間潰そうかな」

 こんな豪華な校舎に一人で入る勇気がないと言うのは内緒。スマホを開いて飛鳥からもらった文化祭の地図を見ながら進んでいくとそこはお祭りのような空気が作られていた。


「いらっしゃいませー! 美味しい肉巻きおにぎりはいかがですかー!」

「甘いものはこちらです! クレープ400円でーす!」

「フライドポテトとフランクフルト出来立ていかがでしょうか!」

 楽しそうな声出しでお客さんを引き寄せている学生たち。左右の道にズラッと並んでいる模擬店の数を見るに飽きが来ないくらいの種類がありそうだ。

「懐かしいなぁ……。この雰囲気」

 数年前の学生気分を思い出すと一人でいても楽しくなる。そして、模擬店を回る一番の理由が俺にはある。


「お、あったあった。焼きマシュマロ」

 この看板を見て思わず笑みがこぼれる。

 文化祭の地図を送ってくれた飛鳥から俺は極秘情報を手に入れていた。

 時刻は11時10分。完璧な時間。情報をもらったその模擬店に体を向けた瞬間だった。

「おっ、そこのお兄さん! もしかして焼きマシュマロ買われますか?」

「……あ、そうですね」

 両手に『焼きマシュマロ150円。チョコ・抹茶・イチゴ味200円』の看板を持った女子生徒が声をかけてくる。この店の関係者であることは間違いない。


「では私が案内しますね! こちらです!」

「ありがとうございます」

 一人では入りづらいかな? なんて気を遣ってくれたのだろう、入り口まで案内してくれたこの子はいきなり自慢げな声をあげた。

「はいイケメンのお兄さん捕まえてきましたー!」

「おっ、ナイスでーす!」

「いいねいいね! かっこいい!」

「あ、あはは……」

 これが女子のノリと言うのか、全くついていけない。慣れている人ならきっと上手な返しができるんだろうが、さすがに俺にそんな腕はない。お世辞だとわかっていても愛想笑いを作るだけで精一杯である。


「それでそれでかっこいいお兄さんはどの味にしますかっ」

「えっと、オススメはどれですかね?」

「今一番売れてるのは、チョコと抹茶とイチゴのマシュマロになります!」

 コミュニケーション能力の高い接客係が対応してくれる。満面の笑みで一番値段の高い三種類のマシュマロを。一番、、売れている商品がなんと三種類、、、ときた。

 高校生とは思えない腕前だ。


「えっと、それでは……全部の種類ください」

「えっ! ぜ、全部!? そんなにいいんですか!?」

「あはは、お知り合いのお店でもあるので」

「あ! そうなんですか! ちなみにその人のお名前いいですか? 来たよーっと伝えておきますよ!」

「それは結構です。今、そこに隠れている方の知り合いなので」

 指をさして場所を伝える。


「そこに隠れている……ですか? って、あれ美雨ちゃん!? なんで休憩室に入ってるの! マシュマロ焼かないと!」

「う……」

 そこ聞こえたちっちゃい声。

 接客をしていたその子は後ろのスペースに下がっていったと思えば、小さな手首を掴んで注文口まで引っ張ってきた。だぼっとしたピンクのエプロンを着た女の子を。

 その知り合いと目を合わせ、俺はやっと話をすることができた。


「可愛いエプロンですね、美雨さん」

「っ! ち、調子に乗らない……」

「あはは、すみません。つい」

 顔を赤くして、震えた声で反応している美雨を見て思わず笑ってしまう。と、自宅と学校ではちょっぴり雰囲気も違う気がする。


「そ、それより、なんでここにいるってわかったの……。わたし、純さんに言ってなかったのに……」

「匿名希望で教えてもらいました」

「おねえちゃん……。あとで蹴る」

「なんだかとても面白そうに教えてくれました」

「強く、蹴る」

「あはは……」

 この学校で連絡先を交換している相手は美雨と飛鳥の二人しかいない。正解するのは簡単だろう……。

 ただ、俺は情報提供者の名前は口にしていない。あとは姉妹で仲良くやり取りをするだろう。


「でも、自分としては嬉しかったです。こうして美雨さんに会えましたから」

「……」

 無言のまま、鋭めの瞳を丸くさせている。

「あ、それでなんですけど……」

 俺は姿勢を少し低くして、声量も落とす

「……14時に会うこと忘れないでくださいね。美雨さん」

「う、うん……。純さんこそ……」

 コクコクと頷いている彼女とこの約束を再確認する。そんな時だった。


「あのー、美雨ちゃん。ここで彼氏とイチャイチャするのは違反だし、そろそろマシュマロ焼いてもらわないと」

「ち、ちちち違う……っ」

 さっきまで満面の笑みで接客していた子が冷ややかな声色で美雨を口撃した。

「美雨―? あとでお話しがあるからねえ?」

「っ」

 もう一人の子も冷ややかな声色で美雨を口撃した。

「美雨さん覚悟してねえん?」

「っっ!?」

 さらにもう一人の子も冷ややかな声色で美雨を口撃した。

 この様子だと、俺がいなくなったところで友達に突かれる彼女だろう……。14時、俺になにを言ってくるのか楽しみが一つ増えたのだった。


 そうして——。

 チョコ、抹茶、イチゴの三種類の焼きマシュマロは模擬店の人たちにあげた俺はプレーンの焼きマシュマロだけ持って移動する。

 ついでに自動販売機でマシュマロによく合うココアを買って。


 そこからさらに模擬店を見て回り、飲食できる場所を探していた矢先だった。


「——な、なによ。アタシは見せものじゃないわよ」

 人気ひとけのない校舎裏。体育座りをして頭を落としている一人の学生を発見して数秒。

 俺の足音を聞いたのだろう、頭をゆっくりとあげた彼女はいきなり攻撃的な声をかけてきた。

 それは綺麗な赤髪をサイドテールに結んだ、端麗な女子だった。





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