第21話 文化祭前の日
「文化祭もいよいよ明日になりましたね」
「……うん。純さんはちゃんと来る、よね?」
「もちろん約束は守りますよ。予定ですけど11時30分頃には足を運べるかなぁと」
今日で美雨と何回目の個別授業になるだろうか。気づけば俺に対し、人見知りをしなくなった彼女と会話していた。
言うまでもないが、今はもう勉強のノルマが終わった自由時間である。
「確か12時30分から飛鳥さんの演奏がありますよね? 場所は体育館で」
「うん。ただ……余裕を持って場所を取った方がいい。その時間は一番人が見に来るの」
「えっ、お
「わたしたちの学校は、体育館が休憩スペースにもなってる。文化祭の日だけは飲食ができるの」
「あー。なるほど。発表会を見ながら食事ができるってことですね」
『コク』
頷いて教えてくれる。偶然にもいい情報を聞くことができた。
一番人が多い時間帯に飲み食いすることは難しいだろうが、それ以外ではまったり休憩することができそうだ。
「……って、人が一番多い時間帯に演奏ってことは飛鳥さんがメインと言うことですよね?」
「メインで間違いないと思う。おねえちゃんはほんとにすごい」
「あはは、美雨さんも凄いですけどね。高三の範囲まで勉強できてますから」
最近のことだが、そんな美雨は姉をしてくれるようになった。
『意地悪』や、『攻撃してくる』など悪口に近い言葉が出てくるが、今のようなキラキラした表情を見るにお姉ちゃんのことは大好きなのだろう。
ふとしたところで姉妹愛を感じるのはなんとも微笑ましい。
「ちなみに飛鳥さんはソロの演奏なんですかね? ここら辺は聞いてなくて……」
「ううん、デュオ。ピアノとバイオリン」
「二人でしたか! となるとピアノを演奏する方もかなり凄い方じゃないですか? 少なくとも飛鳥さんの腕に釣り合う相手だと思いますし……」
「よくわかったね。ペアの人は九条さんって言って、コンクールで最優秀賞を取ってる人」
「最優秀賞……。じ、じゃあもう学校の中で最強のタッグみたいな感じなんですね。メイン時間に当てられるのも納得ですよ」
「多分だけどプロの人も覗きに来ると思う。おねえちゃんも九条さんもすごいコンテストで名前を残してるから」
「いやぁ、それはますます楽しみです」
文化祭が近づいているだけあって習い事の日数を増やしたのだろう、飛鳥とは会えずじまいでメールでやり取りをしているが、その相手がまさかそんなに凄い人物だとは思わなかった。
『やっほーです』
『最近の調子どうですかっ?』
『今、美雨にこちょこちょを仕掛けてきました』
なんてマイペースなメールが送られてくることが多いこともあり。
「九条さんはおねえちゃんの友達で、わたしも友達……。お家に来たこともあるの」
「でしたら自分も九条さんにご挨拶しないとですね! その機会があればいいんですが……」
「ぁ、それはおすすめできない……かも」
「えっ、それはどういうことですか……? もしかして自分が嫌われてたり……?」
面識はないが、どこかから噂が流れているのだろうか……。一瞬、そんな不安が過ったがそうではなかった。
「九条さんは男の人、苦手なの……。女子校に通ってるのも、その理由」
「そ、そのような事情がありました。でしたら遠慮気味に動いた方がいい感じですかね?紹介された場合に、挨拶を……くらいで」
「うん。それが安心」
藤原家の名を背負ってお手伝いさんをしている分、ここは慎重に動くべきところ。
もし俺が失礼なことや、不快にさせてしまうことがあれば、その責任は少なからずこの家に向くことになる。
立場上、そんなミスは絶対に犯すわけにはいかない。
「それで……じ、純さん……」
「あっ、どうしました?」
話を変える。そう伝えるように呼びかけてきた彼女はチラッとこちらを見てくる。
「演奏に夢中になるのはいい。……でも、忘れないでね。14時からわたしと文化祭回る約束……」
「あはは、もちろん忘れたりはしないですよ。あっ、ではもし忘れた時は罰ゲームと言うことでどうですか? これで少し安心感が出るとは思うんですが」
「罰ゲーム……」
コテリと首を傾け、頭上にクエスチョンマークを出している。
「はい。自分にできることならなんでもいいですよ」
「うーん……。な、なににしよう……」
可愛く唸りながら口を小さくして眉を寄せている彼女。真剣に悩んでいるのがわかるほど。
「少し、待ってね……」
上目遣いでこうお願いをしてまた難しい顔になった。
その悩み時間は数分続き、答えを聞くことができた。
「決めた。もし純さんが忘れてたら、わたしとドライブしよう……? これが罰ゲーム」
「わかりました」
「それは、純さんが1分でも遅刻してたら有効?」
「自分の場合は1秒遅れたら有効でいいですよ」
「っ」
こう伝えた瞬間だった。なぜか美雨は瞳を光らせた。
「1秒なら……全然遅刻していいよ」
「あはは、優しい対応ありがとうございます」
「ほんとにいいから、ね」
「は、はは……」
どうしよう。怖さのかけらもない可愛い顔なのに、とてつもない圧を彼女から感じる。優しい対応ではなく、それなら一秒遅刻してきて。と。
苦笑いで返す俺だが、ドライブしたいという気持ちは伝わり、嬉しい気持ちに包まれる自分でもあった。
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