第19話 噂と毛嫌いする者
「藤原さん、今すごい噂になってるよ? 妹ちゃんが彼氏と放課後デートしていたって」
「これって本当の話で合ってるの!?」
「こんなに話が広がってるし嘘じゃないっぽいよね」
「ふふっ、もう何十件とその質問を受けていますよ」
翌日、教室で自習をしている飛鳥にはこんな質問が飛んでいた。普段から空き時間には勉強をしてノートに文字を埋めていく彼女だが、今日に限っては1ページも進んでいなかった。
それでも嫌な顔一つせず、学校特有の崩していない口調で答えるのだ。
「美雨からそんな答えを聞いていないのでわからないのですが、良い関係を築けていると思いますよ。二人きりでお部屋に入るくらいですから」
「そ、それ絶対イチャイチャしてるやつだ……」
「お二人はなにしているんだろう……。禁断の扉な気がする……」
「なんかどんどん興味が出てくるね!」
学校一の優等生。そんな地位が築かれている飛鳥だが、楽しいことが好きという性格が出ているように小出しをして場を盛り上げていく。
「って、飛鳥さんはお相手が誰だかわかってるの!?」
「はい。自宅に足を運んでいらっしゃいますので」
「えっ! その男の人はカッコいい系!? カワイイ系!?」
「ん……。カッコいい系で親しみやすい方ですね」
「身長は高い!? 低い!?」
「私よりもふた回りほど高かったので175センチは超えているかと」
「デッカ!」
男性と女性の平均身長は大きく違う。女子校に通っている生徒はこの身長に馴染みは少ない。
一通りの反応を見れたところで飛鳥はネタバラシをする。
「と、実はこの方、成人をされたお手伝いさんなんですけどね」
「お、お手伝いさん? あれ……。藤原さんのところは女性しか雇わないみたいなことを聞いた記憶が……」
「お父さんがすごく過保護なんだよね? 娘には誰も近づかせない! みたいな」
「そ、それなのに来てもらっているんだ……?」
「今回は特例でして。逃がしたくない方がきてくださったと言い換えることもできますけどね」
「なーんか意味深な答えだなぁ」
「もしかして飛鳥ちゃんもしれっと狙っていたり……」
「文化祭が終わったら習い事も控えるんでしょ? つまりお手伝いさんと接点が増えるだろうし……」
「ふふっ、それはどうでしょうか。ただ仲良くなりたいのは事実ですよ」
「藤原さんが本気出したらすぐに相手落としそう……」
「確かに……」
「頭もいいから逃げ道を塞いでいくタイプだよね……。噂ではパーティーで何人もの男を手玉に取ってるらしいし……」
「いえいえ、そんなことはないですよ」
両手を振りながら明るい笑みを浮かべる彼女。だが、これは噂が一人歩きしているだけ。
実際には恋愛の一つもしたことがないほどのレベルだ。回りから誤解され、もう訂正できない状況にあるのだ。
「近々文化祭がありますのでもしかしたらお会いできるかと。私も招待するつもりですが、美雨も招待するはずですので」
「本当!? 来てほしいなぁ」
「その可能性があるだけでも超楽しみだよ!」
「藤原家側近のお手伝いさん。しかも特例って見るしかないよね!」
藤原家。それはこのお嬢様学校でも有名な家系の一つ。そのお手伝いさんともなれば自然と付加効果が加わる。
「興味を持ってもらえるのは嬉しいですけど、あまり狙わないでくださいね?」
「っ!!」
「ほら飛鳥ちゃんやっぱり狙ってるー!」
「姉妹決戦だ!」
「冗談ですよ、冗談」
そうして楽しげに話すこと数分。飛鳥が一人になったところでもう一人、近づいてくる者がいた。
「さっきは随分と盛り上がっていたわね」
曇りのない声色。サイドテールの赤髪を揺らしながら隣席に座り、橙色をした猫目で促してくるクラスメイト。
「ふふっ、楽しかったですから。九条さんも興味ありましたか?」
「意地悪な投げかけよね。イジメられてから男が苦手になったってことは飛鳥さんも知っているでしょうに。だからワタシはこの学校に入学したのだから」
ツンとした態度で細い眉を寄せた九条はピンク色をした口からため息を吐く。その様子は高校生には似合わぬ大人の雰囲気を醸していた。
「一つだけ言わせてもらえば、ちょっかいを出されるような素敵な容姿をされてるのも悪いと思いますけどね?」
「な、なにを言っているのよ……。もしかして口説いているの?」
「口説いていると言ったら良い返事をもらえたりします?」
「もうそうやってすぐに手玉に取らないでちょうだいよ……。本当嫌いなタイプだわ」
「ふふっ、すみません」
お互いに大人の口調で、余裕のある心持ちで会話は進んでいく。冗談の言い合えるほどに気が合う二人。
そして、この雰囲気に入り込めるクラスメイトはいない。
「お話を戻しますけど大人の男性は本当に頼りになりますよ。個人的に小学校、中学校の男の子とは別の見方をするべきだとは思いますけど」
「もちろんイメージは湧くけれど、そう簡単に割り切れるものじゃないわ。もう毛嫌い領域に入ってるもの」
「あら、それは残念です」
嫌悪感を滲ませる九条に軽い返しをして、場を暗くさせないように立ち回る飛鳥。見事な手腕だ。
「一度、私のところのお手伝いさんに会わせてみたいですね」
「そんなに自信があるのかしら。アタシの毛嫌いを解消できるような」
「あの人見知りな美雨が毎日楽しそうに話してくれるくらいの相手ですよ? それもプライベートで落ち合うくらいになってますし」
「それって
「さすがにこんな嘘はつきませんよ。全部事実ですから」
「ふぅん……」
口を少し尖らせ、曖昧な返事をする九条。
「ふふっ、多少なりに興味は出てきましたか?」
「まぁ飛鳥さんのお父様が雇うくらいの相手だものね。それにあなたも気に入っているようだし」
「あら、バレました?」
「隠す気なんてさらさらなかったでしょう」
ジト目を作りながらバッサリとしたツッコミを入れるが的を射ている。
「じゃあもしその方が文化祭に来られて、私と一緒に見て回れましたら九条さんを探しにいきますね」
「勘違いしないでちょうだい。興味があるとは言ったけれど会いたいほどじゃないわ」
「それまた残念ですね」
ここでも毛嫌いを見せた九条とは逆に、飛鳥は微笑んでいた。
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