第17話 誤解とカフェの中

 学校が終わった放課後、16時50分。美雨はカフェ、Dorallドラールに足を運んでいた。


「いらっしゃいませ。ご注文お決まりになりましたらどうぞ」

 店員の声にコク、と頷いて彼女はメニュー表に目を向ける。

 たくさんのドリンクに食べ物にデザートに。ドリンクとデザートを合わせるか。ドリンクと軽食を合わせるか。それとも——。

 たくさんの選択肢に難しい顔をすること数分。後ろに客が来たことを確認した彼女はすぐに選択を急いだ。


「ま、抹茶ラテのM、ください……」

 確定して決めていたその飲み物を。

「はい、ありがとうございます。ホットかアイスどちらにいたしましょうか」

「えっと……アイスでお願いします……」

「かしこまりました。お会計410円になります」

「カードで……」


 父から渡されているゴールドカードを機械に入れ込む。

 そうして、たじたじしながらもなんとか注文と会計を終わらせた美雨は、受け取り口で出来上がりを待つ。

 そこで予想外のことが一つ起こる。


「お待たせしました。抹茶ラテのMとミルクレープになります」

「え……」

 店員から渡されたお盆の上には二つ。注文した抹茶ラテとは別に、注文した覚えもないケーキが乗っていたのだ。

「こ、これは違います。わたしが注文したのは、これだけです……。レシートもあります」

 慌てながら財布に入れたレシートを店員に見せると。ニッコリと笑って伝えてくる。


「これはお連れさまからになります。もう店内にはお入りになられていますよ」

「ぁ……」

 その言葉で気づく。一体、誰がこんなことをしてきたのかを。

「わ、わかりました。ありがとうございます……」

「はい。ごゆっくりどうぞ」

 そうして二つの商品が乗ったお盆を持って美雨は移動する。

 嬉しさから来るそのはにかみを隠しながら、あの人を探して。



  *  *  *  *



「……純さん」

「あっ、学校お疲れさまです、美雨さん」

 角の席で仕事をしていた俺は店内で小さな呼び声を聞く。

 そちらに振り返るとお盆を持った美雨が立っていた。昨日ぶりの再会だ。

「ど、どうかしましたか? なにか言いたそうな顔をしているような」

「絶対わかっててそう聞いてる……。イタズラが成功した顔してるから」

「あ、あはは……。すみません。冗談です」


 責めるようにムッと瞳を細める美雨だが、その意思表示をしてすぐに元の表情に戻った。いや、どこか嬉しそうにして。

 そして、店員と美雨のやり取りを見てなかった俺は知らない。俺に向ける彼女の対応や反応の違いを。


「でも、ありがとう……。ほんとはすごく嬉しかった」

「それならよかったです」

「もしかしてこれ、昨日から考えてた……? わたしビックリさせるために」

「その気持ちがなかったわけではないんですけど、一番は日頃のお礼です」

 本当はカットケーキではなく、豪華なパンケーキを注文しようとしたが、彼女は俺がデザートを買っていたことは知らないのだ。

 自らパンケーキを注文した場合、その数は二つ。美雨では完食するのは厳しいだろう。夕食にも影響が出る。

 さすがにそんなことはさせられなかった。


「っと、席はこちらで大丈夫ですか? 二人用の席にはなるんですけど」

「……ま、周りから、カップルって思われるかな……」

「も、もしアレでしたらお互い別々の場所に座ります? やっぱり無理はしてほしくないですし」

「う、ううん。いやなわけじゃないから平気。ちょっと気になっただけ」


 首を横に振って、お盆をテーブルの上に置いた彼女。もしかしたらこんな経験はあまりしたことがないのだろうか。

 いや、容姿に性格からして多分ありえないことだろう。

 となると、彼氏がいて誤解されないかその心配があったから……? もしこの通りなら素直に教えてほしいところではある……。


「あ……、純さんはお仕事続けていいよ。わたしもこれを食べたらお勉強するから」

「それなら美雨さんが食べ終わるまでは二人でお話しません? せっかくの機会ですから」

「わかった。じゃあそうする」

「ありがとうございます」

 そのお礼を言う俺はPCを閉じ、会話ついでに仕事の休憩を挟むことにした。



  *  *  *  *



「ねー、聞いて聞いて。あたしのクラスにまた彼氏持ちができたよ。これで今週二人目!」

「えっ、本当なの? そのお話……」

 チェック柄のスカートに、白いセーラー服、青色のリボン。そんな学校の制服に身を包む二人の女子は大通りを歩きながら帰路を辿っていた。


「うん。幼馴染の男の子から告白されて付き合ったらしいよ。今日の休み時間から放課後まで、みんなからは質問攻め」

「男性とは出会いのない女子校だものね。それにしても最近は恋人作りに波が来ているけれど」

「文化祭が近くなってるからね。彼氏といろいろ回っちゃおーみたいな感じなんだと思う」

「羨ましいわね。素直に」

「誰かが調べたらしいんだけど、あたし達で彼氏がいる人は一割もないくらいなんだって!」

 と、学生らしい会話をしながらガラス張りなったカフェ、Dorallドラールを横切った二人。

 一瞬、その店内に目を向けた一人は幻か、とある光景を目に入れた。


「あ、あれ!? ちょっとストップ!」

「な、なによ。カフェにいきたくなったの? 電車の時間、少し過ぎちゃうわよ?」

「そ、そうじゃなくって、今あたし達と同じ制服の女の子が、男の人といたところを見た気がして……」

「えっ」

「ちょっと少し確かめてくるね」

「そ、そこまで言うのなら私も……。見間違いだとは思うけど」

 先ほど進んだ道を戻るように体の向きを変え、カフェのガラス窓に注目しながら一緒に歩いていく。

 そのまま、店を通り過ぎての第一声。

「……ほ、本当にいたわね。角の方に」

「う、うん。間違いなく」

「あなたは誰だかわかった……?」

「いや、その……。もう一度見ない? なんか、すごい意外な人だった気がするから……」

「わ、私も同じよ。もう一度戻りましょう。今度はもう少しゆっくり歩きましょう」

「そ、そだね」


 そして、二度目の確認。今度は対象の人物を捉えている分、確認の時間も長くなる。

 再度ガラス窓を見ながら横切り、通り過ぎたところで止まる。


「や、やっぱりあれって……藤原美雨さんよね? あなたのクラスメイトの……」

「う、うん。間違いなく美雨さんだった。そ、それに男の人と密会してたよね……。後ろ姿しか見えなかったから確信はないけど……」

「あの後ろ姿はどう見ても男性でしょう。体も大きかったわよ」

「って、あたし初めて見たよ。あんなに楽しそうにしてる美雨さん」

「ニヤニヤしていたわよね……」

「……」

「……」

 情報を言い合いながら顔を合わせ、とうとう無言になる。

 目と目のアイコンタクトを交わし、その答えにたどり着いたのだ。


「え、待って。じゃあもしかして今週だけで彼氏持ちが3人に増えるってこと!? それもあたしのクラスだけで?」

「まだわからないわ。ただのお知り合いという可能性も……」

 確かに言っていることは間違いではないが、証言一つでそれは変わってくること。


「いや……だってね、美雨さん彼氏できたクラスメイト一人一人にこんな質問してたから……。『どうやって告白されたの?』とか、『男の人は本当に女の人と手の感触が違うの?』とか興味津々に。これって実は美雨さんには好きな男の人がいて、参考にしようとしてたからじゃない……? それでそのアドバイスを聞いて、無事に付き合うことができました。みたいな……」

「た、確かに初々しい雰囲気はあったけれど……」

「ど、どうしよう。これはビックニュースだよ。三人目の彼氏持ち発生ってことで……。それも美雨さんって学校でも有名だし……」


 今までに彼氏を作ったことしかない美雨からすれば、当然その存在は気になるもの。

 興味があった故にいろいろと質問していたことだが……、こんな誤解を受けてしまうのは仕方がないことなのかもしれない。



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