第16話 縮まるその象徴

 それから二日後。第二回目の個人授業。

 真剣な顔で問題に取り組む美雨の横に座り、俺は勉強を教えていた。


「あー、ここの回答は惜しいですね。テストでも狙われる問題になると思います」

「これ正解じゃない……? 自信あるところ」

「もちろん英文としての意味は伝わるんですけど、問題としてみたら不正解になります」

「……ん。どうして」

 ほっぺが膨らんだ彼女の横顔を確認する。ちょっぴり不満そうにしているのはこの問題さえ正解していれば100点だったからだろう。

 プリプリした様子は可愛く思うが、冷静に教えていく。


「ここはルールのようなものですので何回も復習して頭に刷り込んだ方が早いんですが、先行詞の前にsuchがつくとこちらはasになります」

「as? as……」

「ここを見れば疑問も解消しそうですかね?」

 彼女が用意してくれたサメのシャープペンシルを使い、ヒントとなるワードに丸をつける。

「ぁ……。関係代名詞、だから?」

「はい、正解です。ということで今回は95点ですね」

 問題集の右上にある点数欄に『95』とペンを入れ、自分のノートには美雨が間違えた問題を記入する。間違えたところは一緒に記憶するのは大事なことだ。


「……なんか悔しい」

「ここは間違えても仕方のない問題ですけどね。本来なら授業で習いながら叩き込んでいくところですから」

 彼女は授業を通して習っていくところを自学で頑張っているのだ。こうしたポイントを見落とすのは仕方がないこと。逆に言えばこうしたところ以外しっかり解けている。それだけでも十分凄いこと。

 また、95点という点数を出しても悔しい気持ちになれることが学習意欲に繋がっているのだろう。こうしたところは俺としても見習わなければならない。


「純さん、この復習プリント作れたりする……?」

「一応PCを使う仕事をしているのでできますよ。次回までに10問ほどの小テストを作っておきますね」

「ありがとう……。コピー機はおうちにあるのを使って。USBのメモリーからも印刷できるってパパが言ってた」

「あ、それは本当に助かります」

 この許可とコピー機の情報はありがたい。コンビニに出向いて印刷する必要もなければ、USBにデータがあればその場ですぐに用意することができる。

 問題を用意する以外は手間はかからないようなもの。


「と、今日も少し早く終わりましたね。今から先を進めても中途半端なところで終わってしまうと思うんですけど……どうしますか?」

「お話でもいい?」

「進むべきところも進んだのでもちろん大丈夫ですよ」

「じゃあお話しよう?」

「あはは、わかりました。それでは今日の勉強はこれで終了しますね」

「うん」

 飛び級ができるほど頭の良い彼女だが、お喋りを選ぶあたり年相応のように感じる。

 時刻は18時50分。本日のノルマも終わり、要求通りにコミュニケーションタイムに入った。


「な、なんかこの時間になるとやっぱり……思い出すね?」

「あ、あはは……。あの時のことは本当にすみません……。お父さんに説得もしてもらったようで」

「う、うん。だって純さんわざとじゃなかったから……。だからみんなには誤魔化した……」

 下着を偶然見てしまい、美雨と目が合ってしまった初日のこと。この件には解決していた。

 お互いに水に流そう、と。

 俺は美雨を褒めすぎたことがいけなかった。彼女は顔を隠してしまうほど恥ずかしくなったのがいけなかった。そんな平和な理由を結びつけて。


 あの事件があった後、こうして元の関係に戻ることができたのは美雨が冷静な判断をしてくれたからだろう。

 あんなにも恥ずかしい思いをさせてしまったが、大人な対応をしてくれて感謝でいっぱいだった。


「あ、あの……やっぱりこの話は変えましょうか?」

「う、うん。また恥ずかしくなる……ね」

 俺は苦笑いを。美雨はもじもじしながらコクリと同意する。

 一難を超えたからだろうか、美雨との距離はかなり縮まっていた。学校でのこと、プライベートのことを彼女から教えてもらえるくらいに。



「じ、じゃあ一つ、純さんに聞きたいことある……」

「はい、なんですか?」

「純さんは最近、あのカフェにいってるってパパから聞いたけど、ほんと? カフェがDoralドラール……」

「あー。そうですね。実は新規のお仕事が入りまして、そこでお世話になっているんです。自宅だと全然仕事が進まないので」

Dorallドラールとは、大通りにあるカフェのこと。美雨が俺のことを見たと言っていたあのカフェだ。


「明日も、カフェにいく……の?」

「んー、そうですね。少なくとも来週までは通うと思いますけど……あ、もしかして」

「う、うん。純さんいるなら、学校終わりにわたしもいきたいな……って思った。お仕事の邪魔はいようにするから、いい?」

 上目遣いで控えめなお願いをしてくる。

 遠慮するようなことでも、俺が決める権限もないが、こうしたところは変わらずの彼女だ。


「もちろんいいですよ。隣の席は開けておきますね?」

「うん。あ、ありがとう……。わたしはお勉強するから」

「となると少し帰りは遅くなるかもですね。自宅までは送りますね」

「えっ、わたし一人で帰れるから平気だよ」

「自分が心配なのでここは甘えてもらえたらと。その方がお父さまも飛鳥さんも安心すると思うので」


 お人形のような可愛い容姿はやはり目につく。さらに非力さは見てわかること。

 失礼ではあるが、鬼ごっこをみんなでするとすれば、おそらく最初に捕まってしまうだろう……なんて考えてしまうほど。

 笑顔を作ることで頷きやすい流れを作ったものの、それは失敗に終わる。


「……っ。そ、そうやってわたしを照れさせて、また大事なところ見る魂胆……」

「そ、そんなことはないですよ!? 本心ですから」

「な、なら信じる……けど」

 顔をほんのりと赤く染め、細い眉をピクピク動かしながら警戒した表情を向けられたのだ。


「じ、じゃあ明日はちゃんと居てね……」

「はい」

「約束……」

「わかりました」

 そうして放課後に会う約束を交わす。

 二人の距離はどんどんと縮まっていく。それをさらに表すのは彼女を自宅に送り届ける時だった。


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