06.放逐



「命を救ってやったときにお前に言った事は覚えているよな?怪我は治ったようだから、今日ここから出て言って貰おう」


 エスコは無表情で僕に宣言した。

 僕は無言で聞いているだけだった。

 怪我は治ったって?

 左腕の骨折はまだ治っていないぞ。

 でも・・・それ以外は驚いたことにすっかり回復している。

 それは僕自身も認めるところだ。アイナさんも異常な回復に驚いていた。やっぱりそうなんだね。

 それもこれもアイナさんやロッタの介抱があったからだよ。瀕死の状態からここまで治してくれた。

 感謝しかない。

 でもまぁ最初から出ていくように決められていたしな。ここでごねてもどうにもならない。

 

 実際には放逐しない方法はいくつかあったようだ。アイナさんがそう言ってくれた。

 これについては主にアイナさんが頑張ってくれたみたいだ。

 それはソリヤ家の下働きとなる事。

 どこの”家”でもやっている普通の事らしい。それを交渉してくれたのだ。でも家長代行であるエスコの決定は覆らなかった。

 エスコについで発言権のあるライラさんは終始何も言わなかったそうだ。

 家長代行でも現在は”家”の長となる。その言葉は重いとライラさんは考えているそうだ。たとえ自分の本意ではないとしてもだ。本意でないかは僕には確認しようもない。

 アイナさんとロッタの抵抗も空しく本日の僕の追い出しは覆らなかったそうだ。

 アイナさもこの決定には従わないといけないとの事。すごい残念そうな顔で言ってくれた。本当にありがたい。

 

 追放の宣言。

 エスコはそれだけ告げると足早に去っていった。ライラさんも少し間をおいて出ていく。二人は今日も狩りがあるそうだ。

 ソリヤ家での狩猟はライラさんがメインらしい。

 ソリヤ家は人は多いそうだけどまともに狩りができる人数は限られているそうだ。結局本家の面々が出る事になるらしい。

 エスコは弓の腕は下手すぎるとか。これはアイナさん評価。主に獲物の運搬を担当しているらしい。それでしか貢献できないそうだ。確かに力はありそう。

 家長代行なのにそれでいいのか?と僕は思ったけどなっているのだからいいのだろう。なんかよくわからない。

 僕の目の前に残ったのはアイナさんとロッタ。二人は申し訳なさそうな、残念な顔をしている。今の僕にはそれだけでもありがたい。


「色々交渉したのだけど全くダメだったの。何故か分からないけどケイくんを受け入れるつもりは無いみたい」


 残念だけど仕方ない。仮に僕が逆の立場だったと考える。

 記憶がないと言い張る見知らぬ男を近くに置いておきたくないな。そこは理解できるけど。

 発言力は小さいかもしれないけど本家の二人・・・聞くところだと彼女達の母親も・・・僕の残留に尽力してくれたらしい。

 僕を残したいと主張しているのがエスコには気に入らないのだろう。

 アイナさん、ロッタ。この二人には本当にお世話になった。

 僕がここまで回復しているのは本当に二人のお陰だ。特にアイナさんからはこの世界で生きていくための知恵を色々教えてもらった。

 本当に感謝だ。

 だけど今後僕が生きていけるかは別問題だけどね。

 もう不安しかない。でもそこは顔に出さないようにしよう。困らせるつもりはないのだから。強張っているかもしれないけど笑顔で出ていこう。


「いえ。この家の決定であれば仕方ありません。一人では大変な事は分かってますけど頑張ってみます」


 僕はそう言って笑うだけだった。

 は~ぁ~。困ったな。

 でも本当にお世話になりっぱなしだ。

 なんたって暫く困らないように当面の食料も二人からもらっているんだ。携帯食だけどね。でも食べるものがあるのは本当にありがたい。

 

「よくわからないのだけど~。私が何かを考えているか疑っているみたいでね~。私は暫く邑から出ないように言われたの。だから当分ケイくんを助ける事ができないの」

「ははは。僕は徹底して嫌われましたね。何もしていないと思うのですけどね。でも仕方ないです。まずは生き残る事に集中します」


 僕は心にもない事を言う。

 彼女達を心配させないためだ。

 一人で草原に放り出されて何ができるというのだろう。邑人でさえ忌避する野外での一人暮らしだ。

 その僕は野外の一人暮らしの危うさをきちんと分かっていない。頭では理解しているつもりだけど実際に体験していない。

 だからどうなるのか未だに分かっていないと思う。

 これで生きていけるのか?・・・・無理だよな。なんとかなるさ、って問題じゃないもの。


 最終的に・・・生き残りたければ他の邑に保護を求めるしかないかと思っている。

 でもソリヤ家より酷い扱いを受ける可能性も高いしな。他の邑の性格?のようなものも分からない。

 ほんと困った。半ば諦めているけど記憶戻らないかな。役に立つことを思い出すかもしれないし。

 でも、そんな気持ちをこの二人に向けるわけにはいかない。不安を覆い隠すように笑うしかない。

 

「本当にそうだよ。死なないで頑張ってね。”家”の決定を変わるようにわたしも頑張るね」


 ロッタが必死な表情で言ってくれた。

 先ほどまで泣きそうな表情だった。嘘でも悲しませちゃいけないと思う。

 教えられた通り、とにかくこの邑からは距離を取ろう。近くにいると邑人から攻撃を受ける可能性を既に指摘されているんだよな。

 本当に怖いよな。


「ありがとう。死なないように頑張るね」


 僕は二人に礼を言う。

 そのまま三人でゆっくりと邑の外に向かう。彼女達の見送りは門までだ。門番が僕がきちんと外に出て姿が見えなくなるまで監視しているんだって。ほんと厳しいね。

 この絶望的な状況からどうにかできるのか。今も、これからも僕には見通しがたっていない。

 アウトだよな~。

 

 

L's eyes 

 

 小屋からケイが出てきた。その後ろで姉と妹が見送っている。妹は既に泣いていた。

 どうしてそこまで感情移入できてしまうのか私には理解できない。

 彼は迷い人だ。場合によっては禍を家にもたらしかねない存在だ。怪我が癒えたら去ってもらうしかない。

 なおかつ彼は記憶が無い。自分の名前すら怪しいようだ。記憶を失う前には何をやっていたのか分からない人物を留めおくのはやはり危険だ。


 この世界は家の存続が第一の優先事項だ。危険な要素は可能な限り切り捨てないといけない。


 家長の言葉は絶対なのだ。

 例え家長代行とはいえ叔父の決めた事に従うしかないのだ。


 姉と妹はそれが分かっていない。いや姉は頭の中では分かっているはずだ。おそらくだが感情がそれを超えているようだ。姉はどうやら彼に肩入れしている。

 理由は分からない。姉の嫁ぎ先で何かあったのかもしれない。家に戻ってから昔と変わったように思える時がある。

 どこか翳を見せる事が多くなった姉。嫁ぎ先で相当な目に遭ったのだろう。それについては家族の誰にも語ろうとしない。言いたくない事を無理に聞くつもりもない。

 しかし叔父が何故あの家を嫁ぎ先に決定したのか私には分からない。結局問題が発生して家は取り潰しになり姉は戻ってきた。

 その時の姉の表情を私は忘れる事ができない。

 それ以降、叔父の決定には従っているものの素直に応じる事ができない。叔父はこの家をどうするつもりなのだろうか?

 姉が叔父の決定に反発したいという事も分からないではない。しかしこのままでは家の中での立場も不利になるはずだ。それは私も望む所ではない。既に嫁ぎ先から出戻りしているだけで姉の立場は相当不利になっているのに。

 家を優先し家の事を考える。必要なのはそれだけだ。


 だから私は彼に肩入れするつもりはない。彼の身の上に同情はする。でもそこまでだ。家の者ではない限り過剰な保護は家の立場を難しくさせる。

 

 私は視線を遠くに移す。

 ケイはゆっくりと北に向かって歩いている。

 姉の助言に従っているそうだ。実は同じ事を私も助言したのだがきちんと理解してくれていたのか分からなかった。その点を姉に確認すると細かい点まできちんと聞いてくれたので安心したと言っていた。

 この違いは一体なんなのだろう?狩人としての能力は私の方が高い。周囲の地理も私が詳しい。姉よりも私に助言を求めるべきだと思うのだが。彼は何故か私には聞いてこない。

 その時も彼は淡く微笑んで私に礼を述べたのが印象に残っている。素直な人物である。しかし、単独で野外を生きていくには必要の無い性格である。


 山に向かう間の岩場には洞穴がある。そこは生物が住まない岩場。安全である場所なのだ。難しいと思うのだがそこで生きていってもらうしかない。

 邑の外で生きていくには荒々しさが必要だ。彼にはそれが微塵も感じられない。

 残念ではあるが私にできるのはここで見送るだけだ。これ以上は家長の決定が無いとできない。

 

 私が家長代行であればもっと別の方法がとれたかもしれない。

 しかし父は行方不明になる前に家長代行の役目を家の誰にも任命しなかった。

 この場合家の長老の合議で家長代行を決定する事になる。

 家長であるわが父の能力を最も強く受け継いでいるのは私だ。狩りという技能において私はソリヤ家でも唯一の存在だ。もしかしたら父より優れているかもしれない。

 だから父が帰るまでの間は私が家長代行に任じられると考えていた。

 しかし家の長老達の判断は違った。

 ほぼ全員が叔父を家長代行と指名したのだった。

 私に皆を家長代行と認めさせる実力が足りなかったのだ。獣を屠る者(ペートーバスター)の栄誉を得る事ができれば納得させられたのだ。

 私は更なる実力と実績が欲しい。

 それが無いと家族を守れない。病弱な母。出戻りの姉。まだ幼い妹。そして家に所属する全員。

 皆を守る力が欲しい。絶対に私が家を守るのだ。父が戻るまでの辛抱だ。父は必ず戻ってくる。

 それまでは自分の願いは封印すると私は固く誓っている。父が戻ってきた時に失望させたくない。

 叔父では家を守る事ができない。叔父は家中でも狩猟の能力がとても低いレベルだ。

 叔父は異能持ちでは無い。本人は頑なに否定しているが家中で叔父が異能持ちで無いのは周知の事実だ。いずればれるのだから何に拘っているのか全く持って理解ができない。

 あまりいい気分はしないが一つの推測を姉はしていた。

 叔父は家長の座を狙っているというのだ。

 現状のままだと本家の私達が存命している限りは分家の叔父は家長になる事はできない。これはソリヤ家のルールだ。

 長老達に周到に根回しして家長代行にはなれたのだろう。だが、どんなに頑張っても”代行”という文字は取れない。

 確かに選択肢は限られてくる。

 叔父はいずれ私達本家の女達の誰かを娶るつもりだろう。この婚姻で本家に入った事になる。そうして自分が名実ともに家長になる野望があるのだ。

 叔父と一緒に行動する事が多い私にはその野望がなんとなく理解できる。常に力を欲しているのだ。自身の力ではなく、権力という力をだ。

 私はその野望を阻止しないといけないと考えている。これは母や姉妹にも話はしていない。

 これは私だけの秘め事だ。おそらくだが姉も同じような想像をしている。しかし相談するつもりはない。この件について姉を巻き込む訳にはいかない。

 家を守るための私の決意だ。


 叔父とは違うが、私も力が欲しい。

 そのためにふさわしい実績を上げないといけない。

 

 獣を屠る者。

 

 それは魔物を狩る者の称号だ。

 この栄誉を得た者は過去にもいない。

 それを得る事で私が唯一の存在である事を証明するのだ。

 ”獣を屠る者”の実力者の意見を無視する事は誰にもできない。遠からず私が父の跡を継いで家長になれるだろう。

 それ程の名声が”獣を屠る者”にはあるのだ。


 そこまでケイが生きていれば家の郎党として迎えてもいいと思っている。

 我が家には力の無いものは必要とされていない。岩場で一人で生きていく能力を示せば誰も文句は言わないだろう。

 姉達はもっと直接援助をしたいようだ。せめて叔父には見つからないよう助言しておこう。


 彼はゆっくりと岩場に向け歩いている。心なしか不安そうな感じにも思える。

 今度会うときはあの柔和な顔が逞しく変わっているだろうか。せめて息災でいて欲しい。


 うん?


 何者だ?

 別の誰かが岩場に向かっている。

 目測だが二キロ以上離れているか。あまりにも遠くて人物までは分からない。しかし一人で草原を移動するとは。余程の実力者か。

 しかし周辺の邑でそんな実力者がいる事を私は知らない。遠くの邑から遠征でもしてきたのだろうか?

 場合によってはケイと鉢合わせする可能性があるな。

 これは警戒する必要がある。数日様子を見るか。いや・・・単独で行動する実力者だ。ケイでは敵わない相手だろう。

 

 だが、今から動いても間に合わない。追いつくころには日が暮れているだろう。私でも夜間の外出は自殺行為だ。

 ケイ。せめて無事でいて欲しい。

 

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