05.無能力者
目の前に振り下ろされる木剣。
早い!
辛うじて右手で持っている木剣で僕は受ける。
重たい!その威力に腕がしびれてくる。
なんて剣だ。思わず片膝をついてしまう。
すかさず喉元に木剣が突きつけられる。
・・・ダメだ。全く敵わない。
これで手加減されているんだから。全く残念な結果な試合に絶望に近い感情しか湧いてこない。
「・・・負けました。アイナさん強すぎますよ」
「え~。そんな事はないよ~。邑の中では強いかもしれないけど~ね。姉妹の中では一番弱いんだから~」
ニッコリと微笑みながらアイナさんはさらりと言う。
ええ・・・知ってますよ。
驚く程短時間で怪我も癒えた僕。これからの事もあるから鈍った体を動かそうという名目で外に出してもらった。
邑にある訓練所のような建物の中に今僕達はいるのだ。
今後の僕を考え武芸を磨きたいとお願いをしたんだ。
それを聞いたアイナさんが快く付き合ってくれたのだ。
だけどアイナさんがあまりにも強すぎたんだ。本当に強い。これは訓練になったのか?
何も思い出せない僕は全くの素人だ。ひとまず基本の型を簡単だけど教わったんだ。
そこから応用の型や心構えとか教えてくれたんだ。それはソリヤ家独自のものらしいのだけど。不思議としっくりいくというか納得できるものばかりだった。
門外不出だから内緒だよ~と可愛く言われたけど。それって本当にいいのかな?と、悩みながらも教えてもらったのだけど。
そこから実戦形式に近い立ち合いをしてもらった。
既に何十回も立ち会っているのだけど僕の木剣は掠りもしない。
アイナさんの動きは確かに速い。でも追いつけない速さじゃないはずなんだ。なんだけど瞬間の瞬発力が半端なく速い。そして重い。
この短期間で僕の怪我はかなり治ったのだ。僕自身よく分からないけど異常らしい。治癒能力が人並み以上高いのではないかというのがアイナさんやライラさんの意見だった。それでも左手の怪我はまだ治っていない。
それが僕にとってはハンデにはなっているのだけど。それが言い訳にならない程に強い。全く敵わないんだ。
しかもアイナさんは全然本気でないんだから。立ち合いは利き手でないほうで剣を持っているしね。
強すぎる。
ソリヤ家では弱いと言ってもなんか説得力がないな。本当に強い。
この位強くないと生きていけないのかもしれないのだろうか?
本当に・・・僕はこれから生きていけるんだろうか?
不安が募るばかりだ。
近い将来にソリヤ家から放逐される事が決定している僕なのだ。
あれから体が動かせるようになるまでに数日かかった。
僕が治療されていた小屋はソリヤ家の専用らしい。
狩った獲物を捌いたり保存をする時に使う小屋なんだと。どうりで殺風景だったはず。
これもアイナさんから聞いたのだけど邑の外は危険が多いらしい。
僕が森で遭遇したシッカ程ではないが邑の周辺でも獣が出る事があるらしい。だから力のない女子供の一人歩きはかなり危険なんだって。
周辺をうろついているのは主にスージという獣なんだと。よく分からない。特徴を聞くと狼みたいだ。
それが結構な数で群れるらしいのだ。結構遭遇する事があるらしい。それは不味い。僕では対処しようもないだろう。
でも集団で行動すれば襲われないそうだ。自分達より弱い獲物を標的にするとの事。獣も無理はしないらしい。
一人歩きは余程の実力者でないと殺されてしまうそうだ。怪我人がうっかり外に出てはいけないと釘を刺されたものだ。
その意味するところは僕が弱いという事だ。全くその通りです。
じゃぁなんで邑から追い出されるんですか?と聞きたいのだけど。それとこれは別なんだろうな。
ソリヤ家の面々は一人でも平気で邑の外を歩くそうだ。
その理由はわかるけどね。強いってことなんでしょ。分かってますよ。アイナさん見ていれば分かりますよ。
試しに怪我をしていない右手でお互いの握力を確認したんだけど・・・負けました。凄い力が強いんだよ。それでもソリヤ家では弱いとは。
ソリヤ家は超人の集団なのだろうか?
そして僕は最底辺に位置する存在だと思う。虫並みかも。みんな強いんだね。
あり得ないよ。なんなのこの筋肉が全ての世界って。
ソリヤ家の中では能力は低いというアイナさん。
でも異能を持っているから一般人と比べると遥かに強い。異能による恩恵は所持者の能力向上もあるようだ。なんか凄いな。
だからスージの群れに遭遇しても襲われる事はないらしい。獣の方がアイナさんには敵わないと分かるんだって。
獣にはそれが判断できるけど。僕にはそれすら判断できないという事だ。
そしてもっと怖い事を言われた。
この世界には獣より恐ろしい魔物という生物がいるそうだ。
アイナさんも遭遇した事がないから詳しくは知らないみたい。シッカより遥かに強い位置にいるのが魔物と呼ばれるらしい。
魔物情報は父親から聞いた話とアイナさんは言う。
家長である父親が森で狩りをしている時に遠目で見たことがあるそうだ。
当時獲物として狙っていたシッカ。それをあっという間に倒し、食べたそうだ。遠かったのと倒したシッカに集中していたようで父は魔物に気づかれなかったらしい。
家長である父親はそのまま逃げたそうだ。あれは戦っても勝てる相手ではないと判断したそうな。
その当時は暫く森の中での狩りを控えたそうだ。
そんな魔物には滅多に遭遇する事はないらしい。
アイナさんの父親もその一回だけとの事。それ以降は目撃をした事がないそうだ。
話によると遭遇したのははぐれた魔物だとの事。通常魔物は生息領域が限定されているそうだ。通常人が住む地域には出てこないらしい。
人が目撃できる地域に出てくるのは強い個体だという事らしい。
戦う事は論外。速やかに逃走する事と代々伝わっているらしい。
いずれにしても邑周辺に接近したという話は伝わってないそうだ。殆ど見る事がないなら安心してもいいかな。
もし会ったら全力で逃げるのみだ。
そんな理由で邑周辺には魔物が出る事はないんだと。・・・獣は出るけどね。
もし、魔物が出たら邑は相当な被害が出るとアイナさんは僕に話してくれた。のんびりした口調だから怖さがいまいち伝わらなかったけどね。
今後どうなるか分からないけど僕は獣ですら倒せない。魔物なんかに出会ったらすぐ逃げるに決まっている。逃げれるのかな?
僕から見て強い人ばかりのソリヤ家本家は五人家族だそうな。
家長である父親は現在行方不明。アイナさん、ライラさん、ロッタ。それと病弱なお母さん。彼女達の母親だ。それで五名だそうだ。祖父母はかなり前に亡くなっているそうだ。
基本的には婚姻は一夫一妻が基本との事。
基本というのは裕福で名声が高い家の家長は複数の奥さんを持てるらしい。
ちなみに、ここの邑長は二人の奥さんがいるとの事。奥さんが複数いるのは邑長だけなんだって。
僕はあまり興味はないけど分家のエスコは奥さんと息子が一人いるらしい。エスコは家長の弟でアイナさん達にとっては叔父となる。
その関係だからなのか家長の座を狙っているエスコ。本家の女性と婚姻する事で本家の家長となる事を狙っているらしい。困った顔でアイナさんが言っていた。
うん・・・つまり複数の奥さんを持つ気満々という事になるね。そして家長になるき満々なのだろう。
婚姻以外の方法だと本家の人間が全て死ぬ事が条件らしい。そうなるとエスコの家族が本家となるそうだ。現当主の弟だから優先順が高いそうな。
本家全員が死ぬことは流石にあり得ない。だから婚姻を狙っているのだろうとアイナさん達は推測しているらしい。
アイナさん、ライラさん、ロッタの誰かがエスコと婚姻するのか。家長の言葉が優先だから皆拒めないのだろうな。
気の毒にと思う僕は変なのだろうか?それが意外と僕が変らしい。
その証拠がアイナさんの行動だ。
アイナさんは家長代行の決定に従って他家に嫁いでいったのだ。自分の事より家を重視するのだ。決まりだから仕方ないという習慣なんだろうな。
そんなアイナさんはこっそり話してくれたんだ。その”家”の人と離縁になってホッとしたんだってさ。どうやら嫌な家だったらしい。
アイナさん本人が望まない婚姻をしたという事なんだね。でも拒否はできない。
なんだかな~と思う。思うけど僕には発言権が全くない。
ふと思う。
家長代行が何故エスコなんだろうか?
順番で考えれば本家の人達になるよな。
家長の奥さんは病弱だから年齢で考えるとアイナさんだよな。でもアイナさんは一度別の家に嫁いでいる。ソリヤ家にいなかった。そう考えると女性は難しいのだろうか?
まだ僕はこの世界の慣習を知らない。なんてのんきな事を考えちゃいけないんだよな。
そんな事を考えながら僕は小屋の外に出ている。
でも、それはアイナさんが同行してくれているから出れるんだ。
あれだけ脅かされたなら僕一人で出れるわけがない。リハビリみたいなもので外に出ませんかと誘われたんだ。
今いる場所の周囲は見渡す限り草原が広がっている。結構遠くに森が見える。あそこで僕が拾われたんだそうだ。
アイナさんは弓矢を持ちながら僕に同行してくれている。獲物がいたらついでに狩りをするんだって。
「どうかな?気分は悪くない?久しぶりに歩いたから違和感があるよね~?」
変わらずのほんわかした口調のアイナさん。僕の様子を見てくれている。本当に穏やかな人だよな。
アイナさんのプラチナブロンドの髪が日の光で輝いている。綺麗だ。暖かで穏やかな空気がアイナさんの周辺にはある。
そんな僕にアイナさんはどうしたの?という表情で見てくる。やば・・・見ほれていたのがばれてしまう。
「あ、いいえ。日の光が眩しいので。まだちょっと慣れていないかもです」
ちょっと慌ててしまったか。ごまかしたいけど・・・・。
「うふふ。そうだねー。無理は禁物だからゆっくりと歩きましょう」
あれ?
もしかしたら嘘がばれたかもしれない。それでもアイナさんは優しい微笑みを見せてくれる。
この笑顔がいいんだよな。なんか包み込んでくれるような笑顔。頼る人がいない僕にとってはオアシスのような人だ。
でも、これからの事を考えると暗くなってしまう。なんとかならないかな。
そんな事を考えながら周囲を眺めていたら草原の向こうに何か見える。遠くてはっきり見えないけど。・・・・獣かな?・・・あれがスージかな?
「あの向こうに見える黒い粒のようなものが動いているんですけど。もしかして、あれがスージですか?」
アイナさんは僕が指をさす方向に視線を移す。もしかして見えるの?僕には粒にしか見えない。
「そうね~。スージだよー。あの太い尻尾が特徴あるから遠くても分かるんだよねー。よく分かったわねー」
尻尾・・・・。見えませんて。粒です、粒。なんて視力なんだ。・・・凄すぎる。
「あ、はは。尻尾までは見えませんでした。尻尾に特徴があるんですね。覚えておきます」
そう言うしかない。
「これでもソリヤ家の女だからねー。ライラには敵わないけど目はいいんだよ~」
言いながらアイナさんは弓に矢を番える。あまりにもスムーズな動作に僕は呆気にとられてしまう。え?
何かを狙っているんだろうというのは分かる。何を狙っているんだ?
ヒュォン。
鋭い弓弦(ゆんづる)の音とともに矢が凄い勢いで飛んで行く。凄い勢い。
あっという間に遠くなる。
地面付近に刺さったように見える。五十メートルくらいか?
何?
「アイナさん。一体何を・・・」
アイナさんはニコリと笑みを漏らしながら僕に何をしていたか伝える。
「カーニよ。巣穴から出てきたところを狙ったの。ライラから獲物がいたら狩って欲しいと言われていたのよー」
マジか。
僕は唖然としてしまった。
僕と話をしながらカーニという獣を見つける目が凄い。僕は矢が放たれた方向を見ていたけど何がいたのかすらさっぱり見えなかったんだ。
そもそも結構強い弓なんだよ。僕が試しに引かせてもらった弓と同じはずだ。それを楽々と引くアイナさん。
あの短弓は僕は引けなかったんだよ。それを楽々と。
・・・流石です。ちなみにエスコは引けないらしい。あの筋肉で引けないんだよ。アイナさんの力が凄い事が分かる。
それよりも一番の驚きはあの距離で一発で命中させた事だ。
猟師の家系って恐ろしい。家業になるのも分かるよ。
仕留めたカーニはウサギみたいな生物だ。耳が短いから大きいネズミなのかも。
矢は急所に見事命中。見た目でも即死は明らかだ。文字通り一矢だ。絶句するしかないな。
「これから一人で生活をしようと思ったらこの程度の能力は多分必要よー」
背中の籠に獲物をいれたアイナさんは困った顔をして僕に言う。
おいおい。・・・・マジです?
僕が絶望的な表情をしていたのに気づいたのだろう。アイナさんは慌てて補足してくれた。
「家には内緒だけど時間がつくれたらは私が手伝ってあげるからね~。ばれたら問題になるけどライラも黙認してくれると言ってたから大丈夫よー」
おお。それはかなり心強い。
無力な僕には天の助けとも思える言葉だ。
ちょっとは生きていける確率が増えたかもしれない。ちょっとだけだけどね。
うん。ちょっとだけでもこれは大きい。
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