第3話

 案外たくさんの人が訪れているという事、皆様は知らない。一人でいるから心配だといって来るのだけれど、そうして心配しているのが自分だけでないという事を、皆様はしらない。

 私がこの人の娘ならよかった。そうなら、この人がいなくなった後も大丈夫なのに。

「すまないね」

 全ての人にこんな顔をして笑いかけるから、私はどうしていいのか分からない。本当は凄く悲しくて、全然嬉しくなんてないのでしょう。

 十年近く疎遠の友人から連絡のないまま、この人は死んでしまう。

 ここに来るたくさんの人は、あの橋が切っ掛けで知り合った人たちなのでしょうか。顔を合わせようとしなかったので、尋ねたことすらありません。

 どちらにしろ、私は橋であったのです。

 それは熱に浮かされるような、暑い日。雲は黙々と持ち上がり、目に痛いくらい白かった。

 私は、雑事で外にでたところでした。

 用事を終えた帰り際、あんまり暑かったので橋の前に枝を傾ける大きな椿の木の下に宿り休んでいた時のことです。

 汗を拭って橋を見ると、強い日差しに晒されて目に痛いくらい明るい。

 蝉が、うるさく鳴いていました。

 そういうことが全部混ざって、私は夢をみるような朦朧とした意識でいました。

 そんな心地でみたその人は、まるで昼に迷い出た幽霊のように見えました。

 病に冒されているのは咳き込む姿と細い体から、想像できることでした。

 私はそんな人に手を差し伸べるような勇気は持っていなかったし、暑くて疲れていました。でもその方はますます具合が悪くなるようで、仕舞いには通行人が目を向けるほどになっていました。

 私が思わず手を差し伸べていましたが、親切心というよりはそのままその方が死んでしまうのが恐ろしいからでした。その背をさすって差し上げると、少し楽になったようでした。

「すまないね」

 その声は、全く無防備だった私を突き通しました。

 病人の青白い顔で苦しそうな表情をしているこの方が、今の声を出したのが俄かには信じられませんでした。私はこの方を助けたことを激しく後悔しました。

 その時から、私はこの人から離れられなくなったのです。

 こうなることを、感じ取るほどの知恵が私にあったのでしょうか。でも、惹きつけられるということはそれくらい恐ろしく思ってもいるということでもある筈です。

 それならば、この人が何にも惹きつけられないで風のように過ぎ去ってしまうのも当然かもしれません。

 そうやってこの人が何も残さずにいってしまうから、私たちがあとでこの人の痕跡を探して彷徨ってしまうのでしょう。

 私は、あの橋を守ることにします。

 そうしていればきっと、この人の友人にも合うこともできるはずですから。

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