第65話 2人の新人

「くっ!」


 蒼と風巻がいなくなり、残った花紡衆の者たちは、大量の野木衆の者たちと戦っていた。

 戦場は、あらかじめ避難させていた町民のいない城下町。

 その空になった建物を利用して、両忍び衆による市街戦が繰り広げられていた。

 そんな中、多くの野木衆の目から逃れ、1人の花紡衆の青年が建物内に身を隠す。


「…………はぁ~」


 建物内に身を隠した青年は、声を殺して外の音に耳を傾ける。

 そして、敵の気配を感じないと分かり、ようやく深く息を吐いた。


昇一しょういちも休憩か?」


「っ!? 何だ尚克なおかつかよ……」


 誰もいないと思った建物内で急に話しかけられたため、青年こと昇一は、慌てて忍刀を構える。

 しかし、声をかけた人間の姿を見て、安心したように刀を下した。

 そこにいたのは、同じ花紡州の尚克だったからだ。


「回復薬は残っているか?」


「これ使ったら残り1つだ」


「俺もだ」


 薬草を元に作られた回復薬。

 この戦いを始める前にかなりの数を用意され、それを均等に配分されていた回復薬を、2人はもう残り1つにまで使ってしまったようだ。

 それも仕方がないことで、2人は花紡衆の中でも新入りの部類。

 他の花紡衆の者たちと比べると、実力的に少し劣っている。

 大量の野木衆を相手にすれば、そうなることも目に見えていたことだ。

 ならば、均等ではなく彼らに回復薬を多めに持たせるべきではないかと思うかもしれないが、当主の風巻としてはむしろ逆の考えだった。

 実力的に考えて、昇一と尚克がこの戦いで生き残る可能性は低い。

 だったら他の者に多く回復薬を割り当てる方が、より多くの敵を討てるのではないかという考えだ。

 部下のことを何とも思わない、極めて冷酷な考えと思うかもしれないが、勝利を優先しなければならない時に、命の優先なんて考える余地はない。


「まだ生き残っていられるのは、蒼様のお陰だな?」


「そうだな……」


 風巻の考え通りに回復薬が分配されていたとしたら、恐らく自分たちはもう生き残っていなかった。

 そうなっていたとしても、風巻を恨むことはない。

 むしろ、御庭番としては、風巻の考えこそが正解だからだ。

 昇一と尚克も、風巻の考えに賛成だ。

 主である蒼のために命を落とすというのであるならば、覚悟の上だ。

 しかし、その蒼の一言により、回復薬を均等に配分することになった。

 風巻の考えも分かるが、1人でも多くの配下に生き残ってもらいたいという思いから、そう決断をしたのだ。

 蒼のその決断があったからこその今だ。


「援護がなくなったな……」


「凛久殿は予定通り撤退したんだろ……」


 一騎当千の花紡衆と言っても、新人の2人では野木衆の数に対応しきれれず、仲間からはぐれることになってしまった。

 しかし、それをフォローするかのように凛久から援護があったため、何とかここまで対応できていた。

 その援護も少し前から止まった。

 そのため、2人はいとまず敵から身を隠し、仕切り直す選択をしたのだ。


「仕方ないか。蒼様もそうするように言っておられたからな……」


「蒼様がああ言ったのは、特別な感情があってのことだろ?」


「……だろうな。まぁ、凛久殿を攻めることはできないな」


 援護がなくなったのは、戦いが始まる前に決まっていたことだ。

 主の僅かな感情の機微から、凛久に対してどういった想いを向けているのか、花紡衆の面々は理解している。

 そのため、蒼がそう決断した理由も納得できる。

 それに、はっきり言って凛久はこの国に関係はないため、命を懸けてまで付き合う必要はない。

 凛久が、予定通りに逃走を選択したとしても仕方がないことだ。


「まだやれるだろ?」


「あたり前だ。倉治くらじの分も働かないとな……」


 2人共、回復薬で怪我を治し終わり、乱れていた息も整った。

 そろそろ動き出す頃合いとなり、昇一は尚克へと問いかける。

 その問いに、尚克はすぐさま頷き、ここにはいない仲間の名前を出す。

 倉治というのは、日向内に潜み、情報を外の仲間に伝える任務をおこなっていた者だ。

 しかし、野木衆の者に花紡衆の者だということがバレてしまい、命を落とすことになってしまった。

 その倉治、昇一、尚克の3人は、同時期に花紡衆に加入した。

 同期としての思いから、倉治を殺した野木衆の者たちは憎い敵だ。

 倉治のためにも、1人でも多くの敵を道連れにしてやると、2人は再度気合いを入れ直した。


“ミシッ!!”


「「っっっ!!」」


 はぐれてしまった状態で、2人だけでは危険すぎる。

 離れた所で戦う花紡衆の者たちに合流しようと、動い出そうとしたところで、建物の天井に嫌な音が響く。

 それに反応した2人は、すぐさま建物の外へと飛び出した。


“ドーーーンッ!!”


「危ねぇ……」


 2人が外に出た所で、先程までに潜んでいた建物が一気に崩壊する。

 僅かでも反応が遅れていたら、2人共建物の下敷きになっていたかもしれないため、昇一は小さく安堵の言葉を漏らした。


「……これまた、大勢のお出迎えで……」


「……全く、嫌になるよ……」


 周囲を見渡した2人は、すぐさま背中合わせの状態になる。

 そして、自分たちを囲む野木衆の者たちの数を見て、思わず愚痴るように呟いた。


「……殺れ!!」


 近くの建物の屋根の上から、2人の逃げ場を失くしたことを確認した指揮官らしき男は、部下たちに言葉と共に手で合図を送った。

 その合図を受けた野木衆たちは、忍刀を構えた昇一と尚克に向かって、一気に襲い掛かっていった。


「ぐっ!!」「がっ!!」


「「っっっ!?」」


 迎え撃つしかなくなった2人は、覚悟を決めて迫り来る敵を見据えた。

 すると、先頭で向かってきた敵が、声を上げて崩れ落ちた。

 そして動かなくなった敵をよく見ると、急所に小さい穴が開いていることに気付く。


「……おいおい、逃げたんじゃないのかよ?」


「違ったみたいだな……」


 こんな攻撃ができる人間は、1人しか心当たりがない。

 そのことから、2人は先程までの考えが間違っていたのだと気付いた。


「蒼様が惚れる訳だ」


「全くだ」


 凛久は逃げなかった。

 そのことが分かった2人は、凛久のことを見くびっていたのだと反省した。

 それと共に、主の男を見る目の高さを感心し、僅かに笑みを浮かべた。


「俺たちも男を見せないとな!」


「あぁ!」


 凛久がどう思っているかは分からないが、蒼のことを大事に思う気持ちは自分たちと変わらない。

 それを示すためにも、2人は最後まで戦い抜く確固たる決意が沸き上がり、敵との戦闘に気合いが入った。


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