第63話 強者の戦い
「……この時を待っていた」
風巻と1対1で勝負する機会。
それを待っていただけに、道豪は目の前にいる風巻に対して感慨深げに呟いた。
「お前が私情を挟むとはな……」
道豪に対し、風巻は意外そうに呟く。
昔から相手のことを知っているのは風巻も同じだ。
花紡衆と野木衆という、この国においては2大勢力となる忍びの一族。
当然風巻も、自分が道豪と比較されていたのは分かっていた。
冷酷に、どんな手を使っても勝利する。
風巻からすると、道豪に対してそんな印象を持っていた。
それだけに、蒼ではなく自分を相手に選んだことが信じられなかった。
「勘違いするな。私情など挟んでいない」
「……あの者の方がお前より実力が上だということか?」
「あぁ、その通りだ」
自分の選択が侮られたと感じたのか、道豪は風巻の間違いを指摘する。
それを受けた風巻は、少し離れた場所で蒼と対峙する房羅を一瞬だけ眺める。
布で口元を隠しているため目元しか見えないが、恐らく30前後の年齢で、バランスの良い筋肉の付き方をしている。
たしかに強者の雰囲気は感じられるが、道豪以上かと言われると疑問に思えた風巻が真偽を確かめる。
すると、道豪は間を置かずに返答した。
自分たち花紡衆を倒すために野木衆最強を目指していた道豪が、すんなりと蒼と対峙する男が自分以上だと認めたことに、風巻としては意外に思えた。
「フンッ! それでも、蒼様に勝てる訳がない」
「……何?」
昔から、自分と道豪は実力伯仲だと言われて来た。
その評価をそのまま受け入れるとすれば、蒼と対峙している男はかなりの実力者だということだ。
それを聞いても、風巻は動じない。
「姫様は、初代様と肩を並べるほどの天才だ。俺の実力など、とうに抜いている」
「何だと……」
どんなに年月が流れても、建国した初代国王の武は尊敬に値する。
それが故に、王位争いが起こって蒼が長兄の克吉に命を狙われた理由は、初代国王に匹敵すると言われていた武の才能を警戒したからだ。
しかし、暗殺は失敗に終わり、蒼は国外へ逃亡することに成功した。
国外逃亡と聞けば、身を潜め、ギリギリの生活を送らなければならないと思われる。
だが、その国外逃亡が結果的に蒼の才能を開花させることに繋がった。
「克吉様は何もかも失敗したが、そのお陰で蒼様の才能は開花した」
後から思えば、克吉の失敗は蒼の命を狙ったことかもしれない。
元々この世界の国々では、男女関係なく長子が王位を受け継ぐ傾向にある。
それは、この日向においても同様。
ならば、自分が長子であることを主張をして、蒼を配下に引き入れることに力を注ぐ事こそ、すんなり王位を受け継ぐ最善策だったのではないだろうか。
そしていれば、無警戒だった弟の頼吉に命を奪われる結果にならなかったかもしれない。
しかし、蒼は国外逃亡をする事で、多くの人や魔物と戦闘する機会を得たと言っても良い。
その機会を与えてくれたのが、その克吉失策だ。
ありがたいとは言えないが、そう言いたくなる気持ちはある。
「まぁ、あっちはあっちに任せて、我々は我々の決着をつけよう」
「……そうだな。他を気にしている場合ではないな」
蒼と道豪が実力を認めた男の戦闘は、自分たちにもどう決着するのか分からない。
そんな分からないことよりも、今は目の前にいる相手との戦闘に集中するべきだ。
お互いにそう結論付けた風巻と道豪は、お互いに忍刀を抜き、臨戦態勢に入った。
「「……………」」
構えはほぼ同じ。
お互い睨み合うだけで、全く動かない。
その状況でどれだけの時間が経っただろう。
「ハッ!!」「ヌンッ!!」
何が合図になったのか分からないが、お互い同時に地を蹴る。
そして、風巻と道豪の戦闘が開始された。
◆◆◆◆◆
「ハッ!!」
「フッ!!」
蒼との距離を一気に詰め、房羅は忍刀で斬りかかる。
それを、蒼は刀で弾いて防ぐ。
「シッ!!」
「っ!!」
攻撃を防いだ蒼は、すぐさま反撃に出る。
房羅の胴へ薙ぎ払いを放つ。
その攻撃を、房羅はバックステップをする事で回避した。
「……すごいですね。初見で付いてこれる人間はいないと思えるほど速度には自信があったのですが……」
風巻と道豪による頭領同士の戦いが開始されるのとほぼ同時に、蒼と房羅の戦いも開始される。
そして、僅かな時間攻防をおこなった房羅は、蒼に対して感嘆の言葉を呟く。
その言葉の通り、房羅は速度だけなら野木衆どころか花紡衆の誰よりも上だと思っていた。
それだけの訓練を重ねてきたからこその自信だ。
しかし、蒼はそんな自分の速度についてきている。
房羅には、そのことが信じられないようだ。
「……その割には気落ちしていないわね」
房羅の表情を読もうにも、口元を布で覆っているので目元だけで判断するしかないが、それでも驚いていることは判断できる。
しかし、身体強化として身に纏う魔力には淀みがない。
驚きはしても、動揺をしている訳ではないということだ。
「ここまでは様子見って事かしら?」
動揺していないということは、負ける気がないということ。
つまりは、まだ本気を出していないということだろう。
剣を交えている時に、蒼はそのことは何となく感じていた。
それを確認するために、蒼は房羅へと尋ねた。
「……それはそちらもでしょう?」
「フッ! そうね……」
問いかけに対し、房羅は質問で返す。
蒼が感じ取ったように、房羅も同じことを感じ取っていたようだ。
戦う前から相手を強者と判断していただけに、蒼はその実力を計っていた。
それがお互い様だと分かり、蒼は思わず笑みを浮かべた。
「あなたを倒せば、花紡衆もこの国も治まる。無駄な死人を出さないためにも、ここからは全力で行きましょう」
御庭番の仕事には暗殺も含まれているが、だからと言って殺人が楽しいものという訳ではない。
自分たち邪魔にならない者ならば、なるべく無駄な死人は出て欲しくないと思っている。
道豪にはその点が甘いと言われているが、それが房羅の偽らざる考えだ。
蒼を倒せば、下に就く花紡衆は無駄な抵抗をやめるはず。
少なくとも、日向北部に集まる貴族たちを抑えることはできる。
そうなれば、頼吉側についた兵の死者数も減らせる。
そうするためにも、少しでも早く蒼を倒す。
そう結論付けたのか、房羅はここから本気を出すことを宣言した。
「そう? 楽しみね……」
蒼としても、頼吉を討つために長時間房羅の相手をしている訳にはいかない。
本気を出すというのなら、こちらも本気を出して戦う。
内心でそう考えた蒼は、真剣な表情で房羅へと返答した。
“ボウッ!!”
「「…………」」
お互い、身体強化として身に纏う魔力を先程よりも増やす。
それを見て、お互い無言で相手の様子を窺う。
「「ハッ!!」」
少しの間無言で睨み合った蒼と房羅は、何が合図になったのか分からないが、両者共ほぼ同時に地を蹴った。
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