第62話 援護

「私の相手は道豪が来ると思っていたのだけど……」


 蒼と風巻を誘い出すように、野木衆の戦い方が変わった。

 道豪による指示なのだろう。

 その誘いに乗るように、蒼たちは仲間と共に戦闘していた場所から離れる。

 そして、蒼は自分を待ち受けていた房羅と対峙した。


「あなたが私の相手してくれるの?」


「えぇ、房羅と申します」


 目の前に立つ男に話しかける蒼。

 そんな蒼に対し、房羅は丁寧な口調で自分の名前を告げる。

 倒すべき敵とは言え、目の前にいるのはこの国の姫だ。

 態度だけは敬意を払っているのだろう。


「我らの頭領は、風巻と決着をつけたいようで……」


「そう……」


 花紡衆と野木衆の隠密衆は、長年比べられてきた。

 それぞれの頭領となる風巻と道豪は、年齢も同じことから特にそれが顕著だった。

 2人の実力自体に大きな差はない。

 しかしながら、何故か花紡衆の方が王家の信用を得ていた。

 そのことが、道豪には納得いっていなかった。

 少数精鋭の花紡衆に対抗するように、道豪の野木衆は数による力を求めた。

 その結果、現在野木衆の方が有利に事を進めているが、風巻を倒すことは他の者に譲りたくないのだろう。

 自分が直接戦闘する相手を風巻に選んだのは、そういった理由からだと思われる。

 風巻と道豪のそういった関係は、姫である蒼の耳にも入っていた。

 そのため房羅の言葉を聞いて、蒼は道豪が風巻と戦うことを選んだことに納得いった。


「それに、強い方があなたに当たるのは当然のことかと……」


「……あなたが道豪より上だと?」


「えぇ、その通りです」


 続いて発せられた房羅の言葉に、蒼は表情が固まる。

 房羅の言っていることを素直に受け取るのならば、それは野木衆最強は自分だと宣言しているということだ。

 確認を込めた質問に対して全く表情を変えず、すんなり答えた所を見ると、房羅は冗談で言っている訳ではないようだ。

 それもそのはず、野木衆の中で自分と源昭が次期当主候補となっているが、実力的には源昭より自分の方が上。

 それどころか、自分が道豪に劣っているのは経験から来る知識のみで、純粋な戦闘だけなら負けるとは思っていない。


「……なら、気を引き締めて相手しないとね……」


 房羅の発言は、驕ることもなく自信から来るものだ。

 道豪以上の実力と聞いて、蒼は最初から本気で房羅の相手をする必要があると判断し、腰を落として刀を構えた。






◆◆◆◆◆


「あっ! 動いた……」


 遠く離れた位置から、狙撃による援護をおこなっていた凛久。

 スコープとして利用していた望遠の魔道具を覗いていると、戦場の変化を感じ取る。

 蒼と風巻が他の花紡衆の仲間たちから離れて、1対1の戦いを始めたからだ。


「あのどっちかが、野木衆の頭領か……」


 野木衆との戦いをする上で、このような状況になう可能性は考えられていた。


「見た目からいって、風巻さんの相手をしている方だろうな……」


 野木衆の頭領の道豪という男は、特に風巻への対抗心が高いと聞いていたため、状況次第では1対1の戦いに持ち込もうとすると考えられた。

 案の定、見た目年齢の高い方が風巻の相手をしている。

 そのことから、凛久は道豪が自分の感情を優先して、風巻の相手をすることにしたのだろうと思った。


「う~ん、あの戦闘の援護は無理だな……」


 蒼と野木衆の者との戦闘と、風巻と道豪の戦闘。

 この距離からの援護しようと、スコープ越しに狙いを定めていたが、どちらの戦闘も移動速度が速すぎる。

 撃ったところで、弾が到達した時には誰もいない。

 そんな無駄なことをして、弾と魔力を消費する訳にはいかないため、凛久は彼らの戦闘の援護をする事を諦めた。

 

「あっ、こっち来てる」


 先程までいた場所には追っ手が迫っていた。

 しかし、そこから移動して花紡衆たちの援護射撃をしたことで、居場所がバレてしまったらしく、その追っ手がこちらへと方向転換して来た。


「残念! こっちに来ても無駄だよ!」


“ブンッ!!”


 追っ手がこちらへ向かって来るのを確認した凛久は、笑みと共に小さく呟く。

 そして、足下に魔力を流し、魔法陣を発動させた。


「くっ!!」


「いない!」


「また空振りだと!?」


「どうなっているんだ!?」


 4人組の追っ手が、長距離からの攻撃がされていると思われる場所にたどり着いた時、そこに凛久はいなかった。

 人がいたという痕跡もない。

 しかし、自分たちが視認できないほどの速度で移動できる訳もない。

 そう考えた追っ手の4人は、周囲を捜索する。


「……仕留めとくか」


 少し離れた家の屋根に移動した凛久は、4人組の追っ手の様子を窺う。

 そして、彼らの様子から自分の姿を見失っていると確信する。

 花紡衆の援護はしないといけないが、自分に追っ手が差し向けられている状況では安心して援護射撃することもできない。

 そのため、凛久は追っ手を先に始末することにした。


“パパパパッ!!”


「「「「っっっ!!」」」」


 自分のことを見失っているようだが、追っ手からはそれほど離れていない。

 スナイパーライフルで撃つよう距離ではないため、凛久は腰のホルスターに差した銃を抜き、引き金を4連続で引く。

 出来る限り消音に勤めたが、威力が威力だけに銃からは音が出てしまう。

 しかし、この距離で音に気付いた時にはもう回避は不可能。

 4人は悲鳴を上げる間もなく急所を撃ち抜かれ、その場へと崩れ落ちた。


「……よし。これでまた援護に回れそうだ」


 追っ手はひとまず退けた。

 それを確認した凛久は、足元に魔力を流して魔法陣を発動させる。

 この戦いが始まる前に、密かに設置しておいた転移の魔法陣だ。

 いくつかの場所に設置した転移の魔法陣を利用して、凛久は移動を繰り返し、遠距離射撃による援護をおこなうことを蒼たちに求められたのだ。

 その役割は今のところ成功と言って良い。

 蒼たちの思い通りに事が進んでいるのだから。


「できれば最初の1撃で頼吉を倒したかったな……」


 凛久の中で悔やまれるのは最初の攻撃だ。

 あの1撃で頼吉を討ち倒していれば、野木衆も王族の血を引く唯一の人間となった蒼を倒そうなんて考えないだろう。

 頼吉のことを庇った野木衆の者には、「余計なことをしやがって」

と文句を言いたいところだ。


「まぁ、いいや……」


 長距離から野木衆の者たちを倒していれば、花紡衆の者たちの強さから考えれば勝利することは難しくないはず。

 当初の予定通り、凛久は転移を利用した援護射撃で、敵を倒す作業を続けることにした。


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