第59話 違和感

「…………」


 蒼と風巻率いる花紡衆の者たちと、道豪率いる野木衆の者たちの戦いが始まった。

 野木衆の者たちは集団で攻めかかり、蒼や花紡衆の者たちを少しずつバラバラにさせ始める。

 自分たちが有利に進めるために、1対多数の戦闘に持ち込もうという考えだ。

 蒼や花紡衆の実力から、野木衆の者たちはあらかじめこの策を取ることを道豪から指示されていたためだ。

 野木衆頭領の道豪は、その戦闘を少し離れた建物の上に立ち、無言で眺めていた。


「クッ!」


 蒼たちはなんとか集団で戦おうとするが、1人また1人と、花紡衆の者が離されていく。

 集団から離されて1人になったと言って、すぐに殺されるようなことはない。

 話された花紡衆の者は町の建物を利用し、野木衆の集団と戦いを繰り広げている。

 花紡衆の者だからこそ、野木衆の集団を相手にしてもすぐにやられるようなことはないが、時間が経過すればするほど、彼が不利になっていくのは目に見えている。

 かと言って、彼を助けに行こうとすれば、今度はその者が単独戦闘を余儀なくされるかもしれない。

 助けに行けたくても行けない状況に、蒼は悔しそうに声を漏らした。


「予想以上にやりますな……」


 戦闘が始まってから少し経つが、蒼と風巻たちをなかなか引き離せない。

 そのしぶとさに、房羅ぼうらは感想を口に出す。


「おかしい……」


「……はっ?」


 自分の片腕である房羅の敵を褒めるような言葉に対し、道豪は異を唱えるような言葉を呟いた。

 先程自分が述べたように、蒼たちの実力は予想以上だ。

 あれほどの実力なら、2度送り込んだ部隊が全滅させられたのも納得できるが、ここにいるのは野木衆の中でも精鋭たち。

 少しずつではあるが、花紡衆の者を集団から離すことに成功しているため、追い込んで行っていると言って良い。

 時間はかかっても、このままいけば全滅させることも不可能ではないはず。

 なのに、疑問の言葉を呟いた道豪の反応に、房羅は思わず首を傾げた。


「お前の言っていることは正しい」


 房羅の言葉を否定するつもりはない。

 彼の言うように、蒼たちの実力は予想以上に高い。


「しかし、この所詮この数に勝てないなんてことは、蒼様や風巻なら分かっているはずなんだ……」


 時間がかかるほど自分たちが不利になっていくことは、現状を見れば分かることだ。

 蒼や風巻なら、戦闘が始まってすぐに理解できたはず。

 それなのに、退くこともなく戦い続けている。

 この状況に持ち込んだことで、道豪はある程度勝利を確信している。

 だからと言って油断するつもりもなく、蒼たちのことは警戒している。

 誘い込まれたと分かった時点で、蒼たちの立場なら退却の判断も考慮に入れるべきだ。

 それなのに、蒼たちは全く退却するつもりがないように思える。

 そのことが、道豪には不可解に思えたのだ。


「……まさか、何か策があるのか?」


 退却をしないということは、この状況でも問題ないと考えているということ。

 つまり、この状況は蒼たちにとって予想通りなのかもしれない。

 だとすれば、この状況から自分たちが有利になる策が、蒼たちには存在するということだ。

 そう考え、道豪は自問する。


「……そう言えば、転移者らしき者がいたと聞いていたが?」


 蒼たちが何を考えているのか分からず、道豪は思考を巡らせる。

 そうしているうち、あることを思いだした。

 部下からの報告により、日向の国を出た蒼は初代王妃の予知夢を信じ、転移者の捜索に向かったという話だった。

 そして、その転移者らしき者と共に、アカルジーラ迷宮に入ったという情報から、日向に入る前に始末するべく討伐部隊を送り込んだ。

 一度目の討伐部隊により、転移者は転移魔法陣の罠が設置された部屋に入り、アカルジーラ迷宮の下層へ送られたという話しだった。

 あの迷宮の下層に飛ばされたのなら、生きて戻ることなどは不可能。

 死んだも同然だ。

 だが、二度目の討伐部隊が蒼たちと交戦した時、姿を現したという話だった。

 転移されたのは、そこまで深い層ではなかったのだろう。

 でなければ説明がつかない。

 生きていたとしても、蒼たちほど脅威となる存在ではないはず。

 蒼たちはその転移者をどこに置いてきたのか。

 そのことが気になった道豪は、房羅へと問いかけた。


「そのような者が、蒼様たちに同行していたという報告は受けていませんが……」


 転移者などと言う眉唾物の存在を信じてはいないが、もしも蒼たちが本当にそんな者を見つけていたとしたら、この最前線に連れてきている可能性がある。

 しかし、部下たちが王都に潜入した蒼たちを見つけた時、そのような存在を発見したという情報は受けていない。

 そのことから、房羅はそのようなものを連れて来てはいないのではないかと考えていた。


「……っ!」


 もしかしたら、転移者を北部地域の守りのために置いてきたということも考えられるが、もしも王都に連れてきているとしたら、蒼たちが退却しないでいる理由も説明がつく。

 その者の力によって、この状況を打破する策があるのだろう。

 そう思い至った道豪は、怪しい者がいないか周囲を見渡した。


「まさか……」


 周囲を見渡しても怪しい者の存在は発見できない。

 だとしたら、蒼たちの考えが分からない。

 またも思考を巡らせることになった道豪は、ふと城を眺めた。

 すると、最悪な考えが頭に浮かんだ。






「……どうやら、道豪たちは有利に進めているようだな」


「左様でございますね……」


 蒼たちの標的となる頼吉。

 彼は望遠の魔道具を使用して安全な王城の天守閣から、蒼と道豪たちの戦闘を眺めていた。 

 戦闘はあらかじめ受けていた説明通り、道豪たち野木衆が少しずつ花紡衆を蒼の側から引きはがしていっている。

 時間はかかるが、このまま進めば道豪たちが勝利することは明白だ。

 そのため、道豪が念のため側に置いていった彼の片腕とも言うべき源昭げんしょうに向かって、頼吉は上機嫌に話しかけていた。

 源昭としては、王都におびき寄せた花紡衆と戦いたい気持ちでいたのだが、道豪に頼吉の守護を命じられてしまい、内心イラ立っている。

 しかし、道豪の命令は絶対のため、イラ立ちを隠して頼吉の相手をしていた。






「あと一歩前へ……」


 頼吉が上機嫌に城下の戦闘を眺めているのを、密かに見つめている者がいた。

 凛久だ。

 蒼たちから遠く離れた位置で、彼は1人天守閣の頼吉を狙っていた。

 チャンスは1度。

 確実に仕留めるために、彼は遠く離れた頼吉に向かって1人呟く。


「……今だっ!!」


“パンッ!!”


 頼吉が希望の位置まで姿を現したのを見て、凛久は攻撃を開始する。

 引き金が引かれ、小さな発射音と共に頼吉に向かって弾丸が発射された。


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