第58話 開戦
「
日向王国の王城の殿守から城下を眺めていた頼吉と、その側で控える野木衆頭領の道豪。
そこに黒装束を着た1人の男が現れ、片膝をついた状態で道豪へと話しかける。
その装束から、野木衆の忍のようだ
「……来たか?」
「はい。しかも蒼様の姿までございました」
「そうか……」
その者が現れたことにより、何が言いたいのかを察した道豪は、確認を込めて端的に問いかける。
報告に来た忍も、すぐにその問いに返答した。
返答を受けた道豪は、ほんの一瞬口角を上げて頷いた。
「では、予定通り動け」
「ハッ!」
ここで来たというのは、花紡衆のことだ。
頼吉の指示によって、全軍が蒼派の集まる北部地域へと進行させた。
全軍を送り込んでしまえば、王都の警備が薄くなる。
しかし、北部地域から進行する頼吉軍を回避して王都へ攻め込むことは不可能だ。
王都の防備が薄くなっていようとも、日向は他国と揉めていることもないため、大軍で攻め込まれるような心配はない。
可能性としてあり得るのは、海路を利用して少数を王都へ送り込むこと。
蒼が考えたこの策は、道豪に読まれていた。
標的が王都に入り込んで来たというのなら、当然迎え撃つのみだ。
そう考えた道豪は指示を出し、それを受けた男はその場から立ち去っていった。
「頼吉様。蒼様と花紡衆の者たちが王都に入ったようです」
部下の男が立ち去ってすぐ、道豪は城下を眺める頼吉へと報告をする。
「そうか、お前の予想通りだな」
「はい」
戦闘に関して、頼吉派自分が兄や妹より劣っていることは自覚している。
ならば、それは他の者に任せればいい。
今回の戦いは、自分が正式に王となるために必ず勝たなければならない。
そのため、道豪に全てを委ねたのだ。
思っていた通りの状況に、報告を受けた頼吉は満足そうに頷いた。
「予定通り野木衆の全勢力を持って、標的たちを仕留めます」
「あぁ」
予定通り、蒼が花紡衆と共に攻め込んで来た。
全軍進行させつつも自分たちが王都内残ったのは、攻め込んで来た蒼と花紡衆を返り討ちにするためだ。
攻め込んで来た宿敵花紡衆を討ち滅ぼすため、道豪は野木衆の全勢力を王都へと集結させていた。
今回で、花紡衆との関係に決着をつけるためだ。
「蒼は生きたまま捕えろよ」
「ハッ!」
蒼を、兄の克吉同様罪人として処刑するためにも、蒼はできる限り生きて捕えたい。
国民に、誰が次期国王なのかをはっきりと示すためだ。
幽閉している父も、兄に続いて妹までもとなれば自分を次期国王に任命するしかなくなるだろう。
そのための指示を出した頼吉に、道豪は頷きと共に返答し、部屋から退室していった。
「それにしても……」
頼吉のいる部屋から退室した道豪は、城の廊下を歩きながら独り言を呟く。
蒼の策を読んでいた道豪だったが、予想外のことはあった。
それが、花紡衆だけではなく、将である蒼まで王都に向かってきたということだ。
『剛毅なお方だ』
将でありながら、頼吉のように安全な地で結果を待つのではなく、前線に立ち、自ら敵を討つという策を取る。
一番上の者が最前線に立つのと、そうでないのとでは、配下の者の士気に大きく変化を及ぼす。
だからと言って、ここまで最前線に立つなんて、蒼の強気な姿勢に敵ながら感服する所だ。
『しかし、その選択も失敗に終わらせてやる』
蒼の策によって、北部地域の貴族たちの士気は高いはず。
頼吉が送った軍が負けるはずがないだろうが、苦労することは間違いないだろう。
兄妹でありながら頼吉とは違う選択をしたようだが、その選択が間違えていたことを分からせる。
その決意と共に、道豪は戦場となる地へと向かって行った。
「……っ!? 蒼様、野木衆に気付かれたようです」
「……そのようね」
密かに王都内に入った蒼と風巻たち花紡衆は、頼吉を討つべく密かに王城へと向かっていた。
そして、王城に近付けば近付くほど、ある異変が起きていることに気が付く。
王都国民の気配がないのだ。
そのことに気が付いた次の瞬間、風巻は他の気配に気づく。
風巻の探知にかかったのは、明らかに自分たちに敵意を向けている。
その気配の消し方から、野木衆の者だと断定した風巻は、前を進む蒼へと警告した。
警告を受けたが、蒼も探知で気付いていたため、軽い頷きと共に返答した。
「読まれていたのかしら?」
「
王城に近付くほど、敵の気配が密集している。
国民がいないことも加味すると、まるで待ち構えていたかのようだ。
そのことから、蒼は自分たちの策が敵に読まれていたのではないかと考えた。
その蒼の独り言のような疑問に、風巻はその可能性が高いことを示唆する。
「……っ!! 来た!」
王城まであと少しという所まで迫った所で、自分たちの前に立ちはだかった集団の気配を感じ、蒼たちは立ち止まる。
そして、警戒しながら周囲の建物を見渡すと、黒装束を身に纏った集団が姿を現した。
同じ装束でも花紡衆のとは僅かに違う意匠に、戦闘時に表情を読み取られないためなのか、目の周り以外を布で覆っている。
「ようこそお戻りくださいました。蒼様」
立ち止まるとすぐさま武器を構えた蒼たちの所に、部下の者をかき分けるようにして道豪が現れ、建物の上から見下ろすように話しかけて来た。
姫である蒼に対し、上からなのは無礼と言わざるをえないが、それも風巻たちを煽るためのことだろう。
「兄上の頼吉様がお待ちです。出来れば大人しく捕まってくださるとありがたいのですが……」
「フッ! 冗談でしょ?」
上からとは言え、道豪は丁寧な口調で話しかける。
その言葉に、蒼は鼻で笑う。
「捕まれば命がないことは分かっている。だから抗わせてもらうわ!」
頼吉は、自分を捕まえればすぐにでも処刑するつもりでいるはず。
そんな人間の配下である者たちに、大人しく捕まるなんて馬鹿のする事でしかない。
道豪の提案を断ると共に殺気を漲らせた野木衆に対し、蒼は決意を告げると共に魔力による身体強化を発動した。
「仕方がないですね……」
自分の提案を断るなんてというつもりはない。
ここまで来た蒼が、こんな提案受け入れるなんてありえないことは道豪も理解していたからだ。
そのため、道豪はあくまでもポーズでしかない言葉を呟き、部下たちに手で合図を送る。
その合図を受けた野木衆の者たちは、忍刀を抜き、蒼と花紡衆の者たちへと襲い掛かっていった。
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