第57話 秘密兵器

「蒼様の方は大丈夫だろうか……」


「小野寺殿……」


 日向王国北部の1つの州を領地とする小野寺は、この場にいない蒼のことを思い、心配そうに独り言を呟く。

 その呟きに、小野寺の副官を務める長谷川が反応する。


「私も気になる所ではありますが、蒼様のためにも我々は我々の役割を果たしましょうぞ」


「あぁ……」


 蒼のことが心配なのは、長谷川も同じ思いだ。

 しかし、自分たちは頼吉の指示によって進軍してきた敵を、北部地域に侵入させないよう、この砦にて迎え撃たなければならない。

 今自分たちがやらなければならないことは、策が成功することを信じてここを死守するしかない。

 長谷川の言葉に小野寺は頷く。

 南の砦を守る自分と西の砦を守る佐久間。

 そんな自分たちを信じて自ら危険な地へと赴いた蒼のためにも、小野寺は全力を尽くすことを決意した。


「さて、敵陣に向けて開戦の狼煙を上げるとするか?」


「ハッ!」


 自分たちの役割は、蒼たちが頼吉を討つまでの時間を稼ぐための籠城作戦だ。

 だと言っても、閉じこもっているだけでは守り切れないかもしれない。

 時間を稼ぐためには、こちらからも攻める必要がある。

 砦から離れた位置で陣を敷く敵は、数の有利により油断しているはず。

 そこを狙って、小野寺たちは先制攻撃を仕掛けることにした。






「フッ! あんな砦、この数なら数日で攻略して、隠れている蒼様を捕縛してくれるわ!」


「ハハッ! 山野辺殿の言う通りですな」


 頼吉のもとに、他国へと姿を消した蒼が北部地域に身を寄せているという情報が入った。

 克吉との王位争いで他国へ逃れた蒼は、今度は北部地域の貴族たちと共に自分の命を狙っている。

 それを阻止すると名目のもと、頼吉により蒼の捕縛と北部地域の貴族たちの討伐を山野辺たちは命じられた。

 その命に従って、南から北部地域に攻め込むために進軍した山野辺たちは、砦付近に陣を敷いた。

 兵数の差は圧倒的。

 自分たちが負ける訳はないと、山野辺と指揮官たちは明日から始まる戦の英気を養うために宴を開いていた。


“ズドンッ!!”


「「「「「っっっ!?」」」」」


 宴を開いていた山野辺と指揮官たちだったが、突如つんざくような音と共に振動が生じた。

 あまりの衝撃に、山野辺たちは驚きで目を見開いた。


「な、何事だ!?」


「山野辺様!! 敵襲です!!」


 突然のことで慌てる山野辺が大声を上げると、傷を負った兵が陣へと駆けつけた。


「バカな!」「奴らから仕掛けてくるなど……」


「えぇい! 奇襲してきた敵を殲滅しろ!!」


 山野辺たちも奇襲の可能性は考えていたが、自軍と敵とでは数が違い過ぎる。

 奇襲が成功したとしても、砦内に戻る前に全滅させられることぐらい分かっているはずだ。

 それなのに奇襲をおこなった敵を始末するために、山野辺は兵たちに向かって指示を出した。


「それが……」


「何だ!?」


 指示を受けても、報告に来た兵はすぐに行動に移らす、まだ他に報告することが残っているかのような反応だ。

 言いにくそうにしているその兵に向かって、山野辺は苛立ちと共に問いかけた。


「攻撃は、敵の砦からによるものです!」


「……はっ? 何を言っている?」


「砦からここまで、どれほどの距離があると思っているのだ?」


 兵の報告に、山野辺のみならず指揮官たちは疑問の声を上げる。

 それもそのはず。

 砦からこの陣までは数km離れている。

 そのため、魔法や矢など届くはずがない。

 届いたとしても、先程のような振動と轟音を響かせるような威力の攻撃などできるはずがない。

 バカげた報告をする兵に、指揮官たちは表情に怒りを滲ませた。


「ですから、見たこともない兵器による攻撃なのです!」


 指揮官たちの表情から、自分が謀っていると思ったのだろう。

 しかし、自分が言っていることは本当のことだ。

 報告に来た兵は、怒りで斬り捨てられるのを回避するために説明を早めた。


「何だと……」


 これほど離れた距離まで届く兵器なんて聞いたこともない。

 今回のために作り上げたとしても、あまりにも速すぎる。

 まさかの報告に、山野辺は信じられない思いから唖然とするしかなかった。


“ズドンッ!!”


「「「「「っっっ!?」」」」」


 山野辺たちに戸惑っている暇など無かった。

 またも同じような音と共に、何かが飛来する。

 その飛んできた物によって、兵たちが集まっていた陣の一部が吹き飛んだ。






◆◆◆◆◆


「小野寺や佐久間たちは大丈夫かしら……」


 南の砦を守る小野寺、西の砦を守る佐久間。

 彼らのことを思い、蒼は心配そうに呟いた。

 自分たちが頼吉を討つまでに、彼らが砦を守り切ってくれるか不安からくる呟きだ。


「ご安心ください。蒼様」


 蒼の呟きに対し、花紡州の頭領である風巻が話しかける。


「あの方々は武に名高き一族です。我々が頼吉殿を討つまでは、必ず耐えてくださるはずです」


「そうね……」


 小野寺と佐久間。

 彼らは蒼派閥の中でも武に長けた貴族だ。

 そのために、彼らに敵の北部地域への侵入を阻止するように頼んだのだ。

 彼らなら、きっと蒼の指示通り砦を守り切ってくれると、風巻は信じている。

 信頼している風巻が言うのならと、保証を得たような気がした蒼も彼らを信じることにした。


「それに、あんな武器を配備したんだ。守り切るどころか、もしかしたら勝利してしまうかもしれないな……」


 蒼たちの思った通り、頼吉は蒼と捕縛するために北部地域に向けて進軍させた。

 その情報を受けた蒼たちは、作戦遂行のために海を使って王都へ向かった。

 王都付近の海岸に上陸した蒼たちは、頼吉の討伐のために密かに王都へと侵入していた。

 そんな蒼は、砦を離れる前のことを思い出す。

 砦を離れる時、


「……この砦で、敵から守り切れるのか?」


「難しいが、やってもらうしかない」


 敵軍が王都から出発する前に、凛久は蒼と共に砦の状態を視察していた。

 砦は強固な防壁によって守られており、侵入することは難しいように思える。

 しかし、敵はこちらの何倍もの数で攻めてくるという話だ。

 どんなに強固だろうと、侵入されてしまうことは目に見えている。

 この砦を潰されれば、敵が北部地域へ侵入することを阻止することは難しい。

 そのため、凛久は本当に時間を稼げるのか不安に思った。

 蒼としても不安な思いは同じだ。

 武に長けた小野寺と佐久間に強固な防壁を持つ砦。

 それでも、敵の数を前にどれだけ抑えきれるかは、蒼でも計算できないからだ。


「長距離兵器でも設置しようか?」


「っ!? そんなのあるのか?」


「あ、あぁ……」


 凛久の提案に、蒼は勢いよく反応する。

 そんな蒼に、凛久は若干引き気味に返答した。

 戦では、誰も無傷で守り切るなんて不可能なのは蒼も承知している。

 それでも、1人でも死傷者を減らせるのなら望むところだ。


「じゃあ、その兵器を西と南の砦にできる限り設置してくれ!」


「わ、分かった!」


 凛久の言う長距離兵器の大砲。

 その説明を受けた蒼は、掴みかかるように凛久の両肩に手を乗せ頼み込む。

 前後に揺さぶられながら、凛久はその頼みを受け入れた。


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