第56話 蒼の策

「これからの策を説明する」


「「「「「はい!」」」」」


 蒼は、凛久や花紡衆、そして自分の派閥の貴族たちを領主邸の一室に集めた。

 そして、彼らに今後の作戦を説明することを始めた。


「まず、私がこの国に戻っていることを王都内に広める」


「可能性は低いですが、我々の味方にと寝返る者もいるかもしれませんからな」


 跡目争いが始まった時、最初は長男の克吉派と蒼派とどちらにも付かない中立派に分かれた。

 暗殺から逃れるために蒼が日向から脱出したことで、克吉派と蒼派の衝突は防げた。

 しかし、その克吉派は、中立派を配下にした次男の頼吉によって潰されることになり、残っている者たちは今では残党狩りのような状況になっている。

 彼らも、蒼が日向に戻っていると知れば、殺されるくらいなら恥を忍んで蒼派閥に寝返るという選択を取るかもしれない。

 頼吉派の方が多い現状では、蒼派としても受け入れるつもりでいるが、そういった者に期待することはできないため、あくまでも数合わせ程度の考えでしかない。


「私を殺せば、もう頼兄上の天下になるのは確実。それが分かっているからこそ、頼兄上は全戦力を我々にぶつけてくるはずだ」


 克吉同様、蒼まで命を落とすようなことになれば、幽閉中と思われる現国王の父も求めざるを得ないだろう。

 頼吉が長男の克吉を討ったのも、自分が次の王になるためだ。

 蒼の居場所が分かれば、軍を率いて攻めてくることは間違いない。

 その蒼の居場所を、こちらから教えてあげようということだ。


「君たちには、その情報に引き寄せられた敵軍をこの領地で食い止めていてもらいたい。この領地は強固な守り。籠城戦に持ち込めばしばらくは持ちこたえられるはずだ」


「……確かに、そうですが……」


 この領地は西と南以外は山に囲まれているため、守りに関しては強固と言って良い。

 西と南にある砦を守れば、領内に攻め込むことなどできないからだ。

 蒼の発言に貴族たちが頷くが、その表情は渋い。

 強固な守りの地域だということはたしかだが、籠城して時間を稼いだとしても、先に兵糧が尽きるのはこちらだ。

 守るだけでは勝つことなどできないということが、彼らが気になっている点なのだろう。


「君たちに敵軍を止めてもらっている間に、私と凛久は野木衆と共に頼兄上を討つ!」


 どんなに数的に差があったとしても、戦は大将の首を取った方が勝ちだ。

 こちらは蒼で、敵側は頼吉だ。

 ならば、その頼吉の首を狙うのが当然だ。


「少々お待ちください!」


「ん? 何だ?」


 敵将の首を狙うという蒼の策に、待ったがかかる。

 その間ったに対し、蒼は手招きするようなジェスチャーをして、その者に発言を許した。


「いくら蒼様や花紡州の者たちでも、城から打って出るには数が少なすぎるかと……」


「うむ……」


 蒼や花紡州の者たちの実力は、ここにいる誰もが知っている。

 しかし、いくら一騎当千と言われている彼女たちでも、頼吉が率いる軍に囲まれた城から出て頼吉を討つのは至難の業というより、無謀と言わざるを得ないと苦言を呈した。

 その言葉に頷き、蒼は途中であろう彼の言葉の続きを待った。


「それに、頼吉が指揮を執らない可能性が高いです」


「えっ? 何でですか?」


 蒼を倒すことを望んでいるというのに、どうして頼吉が指揮をとらないのか。

 彼の発言を意外に思った凛久は、側に居た風巻に小声で理由を尋ねた。


「頼吉は、兄の克吉や妹の蒼様と比べ、戦いの才が劣っています。ですので、そういった指揮は、戦上手の貴族に任せる可能性が高いということです」


「なるほど……」


 長男の克吉は長子ということもあって、戦における戦術などの英才教育を幼少期から受けていた。

 そして、蒼は武術における才に恵まれた存在。

 個人のみならず集団戦闘の知識など、教えればすぐに吸収していた才女だ。

 その2人程才を持ち合わせていないと言われる頼吉では、戦術戦では相手にならない。

 自分が相手をするよりも、そういった才に秀でた者に任せるという選択をとるのも頷ける。

 風巻の説明を受け、凛久は納得した。


「分かっている。頼兄上は自分で指揮を執ることはしないだろう。それどころか、戦場に現れることすらしないこともな」


「えっ? それは流石に……」


 指揮を執らないまでも、戦場で状況を把握するくらいはすると思っていた。

 それなのに戦場にすら来ないなんて、大将としてどうなのかと思える。

 貴族の意見に返答した蒼の言葉に、凛久はまたも意外といった表情で風巻の顔を見た。


「流れ矢や魔法による致命傷という、僅かな可能性すら排除するための選択でしょう」


「……つまりは、超ビビリということですか?」


「はい……」


 数に差があり、勝利できると分かっていても、戦場に居たら偶然飛んできた矢や魔法で怪我を負う可能性がほんの僅かだがある。

 それすら回避するために戦場に姿を現さないなんて、臆病者としか言いようがない。

 凛久の容赦ないツッコミに、風巻は渋い表情で頷くしかなかった。

 そんな臆病者が、次期日向の王に一番近い位置にいるという現状が、恥ずかしくも悔しくもあるからなのだろう。


「……しかし、戦場に現れないということは……」


「左様。戦場に現れないというということは、王都に残るということだ。私たちは東の海へ向かい、密かに頼兄上のいる王都へ潜入する」


 頼吉が戦場に赴くかどうかは、王都を出るかどうかで分かる。

 残るか赴くかが分かった所で、蒼たちは東の山を越えてすぐの海から王都へ向かい、戦が始まった所で頼吉の首を狙う。

 これが蒼が選んだ作戦だった。


「確かに、その策なら頼吉の首を取ることは可能かもしれません。しかしながら、蒼様までも向かう必要があるのでしょうか?」


 自分たちが籠城戦で時間を稼いで敵軍を引き留め、軍を動かしたことで手薄になった王都へ精鋭を向かわせて頼吉の首を取る。

 確かにその策ならば、勝利できる可能性がある。

 しかし、王都には確実に野木衆が頼吉の側に控えているはず。

 実力の花紡衆と数の野木衆。

 その実力は拮抗していると言って良い。

 蒼が入れば勝つ確率があるかもしれないが、それと共にその首を取られる可能性も高まるように思える。

 そうなるくらいなら、この地で自分たちと共に籠城戦をおこない。

 花紡衆たちによる、頼吉の首奪取の報を待つ方が安全なのではないだろうか。


「私は頼兄上とは違う。最前線で戦って、勝利をこの手にする」


 大将が前線に立つのと絶たないのでは、配下の者の士気が違う。

 不利な時こそ士気が必要。

 安全な場所にいてはそれは得られない。


「だから、諸君らは朗報を信じて戦ってほしい!」


「「「「「おぉーーー!!」」」」」


 大将自ら勝利を得ることができれば、自分が王としての器だと証明できる。

 蒼の決意のこもった演説に、配下の彼らの士気は上がっていた。


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