第55話 夜の会話

「蒼様。よくぞいらっしゃいました」


 内部からの手引きと夜の闇に紛れることにより、凛久たちは無事日向国内に入ることに成功した。

 そして、協力を求めるべく、蒼派閥とも言うべき貴族たちが集まる北東の町へ移動を開始した。

 上陸した日向最西端の地から数日かけて密かに移動を進め、凛久たちは王都から北西に位置する龍輝りゅうきの町へと辿り着いた。

 着いて早々、蒼は貴族たちから歓迎された。


「おぉ! 彼が……」


 ついでと言っては何だが、凛久も彼らに受け入れられた。

 初代国王が転移者であることから、自分たちを勝利に導いてくれるはずだと、凛久に期待しているようだ。


『あまり期待されてもな……』


 凛久からすると、彼らの期待が重い。

 平和な日本で育った一般人である自分に過度な期待をされても、それに応えられる自身はない。

 はっきり言って、個人で名を上げた初代国王と同じような存在だと思われては困る。

 蒼を含め、全員にそのことを言いたいところなのだが、これほどの人間に期待のこもった目を向けられてしまっては、小心者の自分では雰囲気を壊してしまいそうで不可能だ。

 そのため、凛久は現状を受け入れるしかなかった。





「どうした?」


「蒼……」


 待ちに待っていた彼らは、蒼と凛久の参戦に歓喜し、歓迎会のようなものが開かれた。

 歓迎会が終了した後、凛久たちはこの町の領主邸で宿泊することになった。

 昔の日本邸といった様子で、凛久は祖父母の家を思いだして懐かしく感じた。

 その領主邸の庭で1人夜空を見上げていた凛久に気付いたらしく、蒼が話しかけて来た。


「眠れないのか?」


「……いや、何でこんなことになったのかと思ってな」


 休みの日にキャンプに来ただけなのに異世界に転移し、何故か一国の争いに関わることになってしまった。

 しかも、一般人でしかなかった自分がキーマンになっている。

 今更ながらに、凛久は自分で何をしているのかと思えたのだ。


「……私に付いてきたことを後悔しているか?」


 凛久の発言を聞いて、蒼は自分のおこないが正しかったのか思い直した。

 ここから先はかなり危険だ。

 もしかしたら、凛久には違う道を選ぶ選択があったかもしれない。

 それなのに、この世界に関係ないはずの凛久を自国の争いに巻き込んでしまった。

 巻き込んでしまったことに、凛久がどう思っているか気になり、蒼は尋ねてみることにした。


「いいや、元の世界に戻るために世界中回って情報集めをしなければならないことに比べれば、蒼と出会えて良かったよ」


 蒼に会わなければ、自分は日本に戻るための方法を探すために、この世界を隅々まで回るしかなかった。

 場合によっては、そんな事をしても帰還方法を見つけられなかったかもしれない。

 しかし、蒼に会えたことで、帰還方法が得られる可能性が高くなった。

 そう考えると、決して蒼についてきたことは間違いではなかったと、凛久は本心から思えた。


「魔物がいるこの世界で生き抜くことも出来なかったかもしれないしな……」


 平和な日本から来た自分では、魔物相手にどう戦って良いかも分からなかった。

 蒼の指導がなければ、そもそも生き抜くことすらできなかったかもしれない。

 そう考えると、凛久はやはり蒼と会えたことを後悔することはなかった。


「……そうか」


 初めて出会った時、自分はあくまでも手伝いをしただけ。

 一緒に行動するようになり、蒼としても色々と楽しめた。

 凛久に会えてよかったと言われ、蒼は少し照れるように頷いた。


「……ところで気になっていたんだが、王は今どうしているんだ?」


 今は自分たち以外他に誰もいない。

 そのため、凛久はずっと気になっていた蒼の父である王のことを尋ねることにした。

 蒼から聞いた情報だと、王が体調不良によって倒れたことから跡目争いが始まったという話だ。

 日向に来て何か情報が入ってくるかと思っていたが、ここまで来るのに立ち寄った町中では王の噂がされていなかった。

 崩御したという情報もないことから、凛久はずっと蒼に聞きたかったのだ。


「私も確認しているが、体調不良により倒れたのは事実だ。亡くなったという情報も入っていない。恐らく、城内のどこかに幽閉されているのだろう」


 蒼は花紡州の者を使って、様々な情報を得ている。

 しかし、野木衆の警戒網が厳しく、王の情報が入って来ない。

 死んでいるのだとしたら、いくら頼吉でも隠して置けるとは思えないため、どこかに幽閉されているのではないかと、蒼は考えている。


「頼兄上は私を殺し、父の任命を受けて王になるということを理想としているはずだ」


「何でそう思うんだ?」


 王自身の口から任命を受ける。

 そうすれば、国民も納得するしかない。

 しかし、そんな事をしなくても、父を始末して王を名乗ってしまえばいい。

 頼吉としては、王に生きていられる方が迷惑なのではないかと凛久は思える。

 蒼の考えているような回りくどいことをする、頼吉の意図が分からない。


「言っては何だが、頼兄上は父に期待されていなかった。そのため、様々なことで父に認められようとしていた。しかし、どの面においても克兄上や私に勝てず、父からしたら中途半端な印象しかなかったはずだ」


「それは何とも……」


 優秀な兄と妹に挟まれ、何の結果も出せない自分。

 想像すると、歯噛みする頼吉が目に浮かぶ。

 父にいつまで経っても認められない状態が続けば、たしかにそう思うのも分からなくはない。


「野木衆と手を組んで私の命を狙ったり克兄上を討ったのも、父に認められるための手段だったのだろう」


 野木衆と組むことにより、頼吉は兄である克吉を討つことができた。

 その行動の早さから、野木衆とは前から密かに関係を持っていたのかもしれない。


「父親に認めてもらいたいか……」


 兄と妹によって父に認められない。

 そんな状況を、力でねじ伏せることで父に認めさせる。

 頼吉はそう考えているようだ。


「理由は分かるが、認めるわけにはいかないな」


「そうだな……」


 父に認められたいというのは、子供なら当たり前の感情だ。

 凛久もそんな思いを持っていた時期はある。

 しかし、それも成人する前の話だ。

 いい年こいていつまでもそんな事を考えているなんて、大人のする事ではない。

 しかも、血のつながった兄や妹を始末しようなんて言語道断だ。

 頼吉の考えは分かっても、凛久としては認めるつもりはない。

 蒼も同じ思いなのか、凛久の言葉に頷いた。


「少し寒くなってきたな。もう寝よう」


「あぁ、おやすみ」


 話しているうちに夜も更け、気温が下がってきた。

 少し肌寒さを感じた蒼は、話を切り上げることにした。

 凛久はその提案に乗り、その場で蒼と挨拶を交わして別れた。


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