第54話 北へ

「あれが日向……」


 日没を待って出発した凛久たちを乗せた船は、対岸の町の灯が見える位置まで近付いていた。

 その灯りはがあるのは、日向最西端の港町。

 しかし、凛久たちの船は、その灯りから外れた方向へと進んでいた。

 そのことに違和感を感じた凛久は、蒼に審議を確かめるような眼差しを向ける。


「日向内からの情報だと、あの町にはかなりの数の兵が配備されているらしい。港に着いた途端兄上の息のかかった兵に囲まれてしまう可能性を考慮して、我々は少し北にある海岸から上陸する」


「なるほど……」


 父で現国王の吉護が倒れて、3人の子供たちによる跡目争いが勃発した。

 日向では、男女にかかわらず長子が跡を継ぐのが基本なのだが、蒼という初代国王にも負けない剣才の持ち主がいたことが原因ともいえる。

 元々、蒼は自分が継ぐ気はなかったのだが、克吉に命を狙われることになり、国から脱出する選択をした。

 そのまま克吉が王になれば、蒼としては国に帰ることができなくても諦めることができたが、問題なのは次男である頼吉まで王位を狙っていたということだ。

 3兄弟の中でも、貴族からの期待値が一番低かったはずの頼吉だったが、御庭番の風巻たち花紡衆と比肩する隠密一族の野木衆と手を組むことで、克吉との勢力をひっくり返すことに成功した。

 まさかの克吉の敗北によって、現在は頼吉によって統治されている。

 当然、頼吉からしたら蒼の帰郷は望ましくないため、日向中の港町に兵を配備しているようだ。

 その警戒網から逃れ、日向内に侵入する手立てがあるのだろう。

 凛久は蒼を信じて付いて行くしかない。


「蒼様! 頭領!」


 北に進み小さな海岸に船を寄せる。

 そして、蒼を先頭にその海岸に降り立つと、1人の黒装束の男が姿を現し、小声で蒼と風巻に呟くと共に膝をついて頭を垂れた。

 その装束と風巻を頭領と言っていることとから、彼も花紡州の人間だと分かる。

 どうやら彼が、日向内部から手引きをする役のようだ。


「よくぞお戻りになられました!」


「話は後。安全な所に案内して」


 顔も布で隠している彼だが、目元だけは見える。

 その目元は、蒼を前にして薄っすら潤んでいる様にも見えた。

 蒼が日向に戻ることを夢見て、危険な国内で活動をして来たのだろう。

 ようやく最初の一歩を踏み出せて、感極まっているのかもしれない。

 そんな彼に対し、蒼はすぐにこの場から移動することを提案する。

 彼のこれまでの苦労は理解しているし、労ってやりたい気持ちはあるが、町から多少離れた程度ではいつどこに野木衆の目が光っているか分からないからだ。 


「畏まりました!」


 蒼の言うことはもっともな事。

 そのため、彼はすぐさま蒼たちを連れ、近くにある花紡州の秘密基地へ移動開始した。






「姫様!!」


「おぉ、姫様!!」


 出迎えた花紡州の者によって案内され、凛久は蒼たちと共に海岸から少し離れた森の中へと移動する。

 その森の中にある岩場の洞窟を利用して作られた基地内に入ると、黒装束に身を包んだ者たちが数人待ち受けていた。

 そして、蒼の姿を見るとすぐさま膝をついて頭を垂れ、感動したような声を上げた。

 彼らも案内してくれた彼のように、蒼が日向に戻って来るのを夢見て尽力していたのだろう。


「みんな、よくこれまで耐えてくれた」


「もったいないお言葉……」


 基地内の一室の上座に座った蒼が労いの言葉をかけると、部屋に集まった者たちは感動し、室内は更にしんみりしたような空気へと変わった。


「皆に紹介する。彼が我々が探し求めていたお方。中原凛久殿だ」


「……どうも」


 暗くなった室内の空気を変えるためか、風巻は集まった者たちに凛久のことを紹介した。

 紹介された凛久は、一斉に視線を向けられて戸惑いつつ頭を下げた。


「「「「「おぉ……!!」」」」」


 その紹介を受けて少しの間静まり返ると、集まった者たちは感嘆に近い声を上げた。

 何だか期待されているような目で見られていることに、凛久としては少々重く感じる。


「これからの手筈はどうなっているの?」


「ハッ!」


 とりあえず、日向内に入ることは成功した。

 しかし、いつまでもこの場に潜んでいるわけにはいかないため、蒼はこれから先のことを話し合うことにした。

 蒼の問いに対し、この拠点まで案内してくれた男性が一歩前へ出る。


「頼吉を討つためには、王都へと向かう必要があります。しかしながら、王都まで安全に進める保証はありません」


 現在凛久たちがいるのは、日向でも最西端と言って良い場所。

 日向でも東側に王城を構える王都までは、一直線に進むにしてもかなりの距離がある。

 そのため、いくら隠密に長けた花紡州の者たちであろうと、敵に見つかることなく進むことは不可能だ。


「王都に向かうためには、まず北に向かいます。北には我々同様、蒼様が王となることを望む貴族が集まっております」


 頼吉によって克吉が討たれ、彼に付いていた多くの貴族が粛清された。

 貴族の中には克吉にも頼吉にも付かない、謂わば、蒼に付く派閥というものが存在していた。

 その派閥の者たちは、克吉に付かないことで難を逃れている。

 そんな彼らが集まる北の地に向かい、協力を得て王都へ潜入する策のようだ。


「数は?」


「……1割ほどです」



 頼吉からすればいつ自分の首を狙って来るか分からないような存在。

 当然放っておくにもいかないため、事あるごとに難癖をつけて潰しにかかってきているらしい。

 そのせいで、日向全体のうち2割ほどいた味方の数が半分近くまで減りつつあるそうだ。


「そうか……」


 たった1割の戦力で国に挑まなければならないなんて、勝ち目がかなり低いと言わざるを得ない。

 仲間が減りつつあることに、報告を受けた蒼は表情を曇らせた。


「1割もいるだけマシか……」


 元々、蒼は日向に戻ることすら諦めていた。

 しかし、初代の残した日記から、希望となる転移者を見つけ出すことに成功した。

 それにより、神が自分に味方をしてくれているのではないかと思うようになった。

 犠牲になった仲間たちのためにも、何としても頼吉の天下を終わらせなければならないと、蒼は自分の中で密かに気合いを入れた。


「よし! いざ北へ!」


「「「「「おうっ!!」」」」」


 蒼が室内にいる者に指示を出す。

 これにより、凛久は花紡衆たちと共に北へと移動を開始することになった。


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