第53話 日向へ
「お待たせ」
「あぁ」
宿屋の前で待ち合わせていた凛久と蒼は、短い言葉を交わす。
「さて、準備はいい?」
「あぁ……」
蒼の問いに対し、凛久は少し緊張気味に返事をする。
「フフッ! 日向まではまだ距離があるんだ。そんなんだと疲れるぞ」
「わ、分かってるよ!」
凛久の表情があまりにも硬いため、蒼は思わず笑みを浮かべて指摘する。
蒼が言うように、凛久たちがこれから向かうのは、最終目的地である日向王国だ。
このタゴートの町から日向までは、野木衆の者たちが急いでも10日近くかかる距離だ。
それだけの期間と距離を緊張していたら、着いた頃には疲労でヘトヘトになってしまう。
蒼のもっともな指摘に、凛久は顔を赤らめつつ答えた。
「アカルジーラ迷宮での訓練で、凛久だけでなく私たちも強くなることができた。前回程度の数なら、野木衆なんて恐れるに足らない」
「そう……だよな」
魔物を倒しての
野木衆の襲撃によって危険な目に遭ったが、結果的にその目的は達成された。
特に、凛久が転移魔法を使えるようになったことは僥倖だった。
そのお陰で、凛久だけでなく蒼や花紡州の者たちの戦闘能力上昇も果たすことができたのだから。
今では、2度目の襲撃時程度の数の野木衆なら、問題なく返り討ちにできるだろう。
元々強かった蒼たちが、これほどまでの短期間で更に強くなっているなんて、日向にいる野木衆の者たちには想像もできないだろう。
「あんなに籠るなんて思わなかったけどな……」
蒼たちが急激に強くなった要因。
そのことを思いだすと、凛久は言葉をこぼした。
というのも、凛久の転移魔法を利用して、蒼と風巻、そして配下の花紡州の者たちと共にアカルジーラ迷宮の最下層に向かうことになったのだが、到着してからが問題だった。
難攻不落と言われるアカルジーラ迷宮。
その最下層ならば、もしも野木が追っ手を送り込んで来たとしても見つかる心配がない。
そのため、しばらくの間最下層の部屋に籠ることになった。
籠るにあたり、食材と調味料を買い込んだのだが、それが全て尽きるまでとは思ってもいなかった。
毎日毎日危険な魔物と戦い続けることになり、凛久はだいぶ精神力を削ることになった。
越えてきた修羅場の数が違うのか、凛久とは違って蒼たちはまだまだ平気そうな表情をしていたのが思いだされる。
食材や調味料があったとしたら、まだ続ける気でいたのではないかと思うと、凛久としてはゾッとする。
「んっ? 何か言ったか?」
「いや、何でもない」
魔物を倒しての戦闘能力上昇は、本来は実感できるものではない。
しかし、戦っていたのがアカルジーラ迷宮最下層の魔物たちとなると、実感できる程の成長が窺えた。
実感できることで、蒼は成長を楽しむように魔物と戦いまくっていた。
誰かが止めなければ、寝食を忘れて続けていたのではないかと思うくらいだった。
先程の呟きに反応した蒼に、若干狂気すら醸し出していた時の彼女を思いだした凛久は、引きそうになるのを我慢して我慢して返答した。
「結局アカルジーラ迷宮を攻略しなくて良かったのか?」
「あぁ、あそこは修行場としてまだ利用できそうだからな」
「……あっ、そう……」
戦闘能力上昇により、凛久たちは最下層のマッピングを完了しているため、核が置かれている場所も分かっている。
核を破壊してしまえば、アカルジーラ迷宮の攻略することができる。
もちろん核を守る守護者がいるはずだが、みんなで挑めば何とかなるはずだ。
日向の初代国王ですらできなかった偉業を、仲間の協力を得たとはいえ蒼が手に入れることができたかもしれない。
後世に名を遺すチャンスだというのに、蒼は迷宮を攻略することを選択しなかった。
そして、攻略しないまま日向に向かうという考えに変更がないのか気になり、凛久は尋ねてみた。
どうやら、彼女の中ではまだあそこで能力上昇の訓練をおこなうつもりでいるようだ。
もしかしたら、攻略をするなら日向初代国王のように、1人で攻略するつもりなのかもしれない。
まだ強くなるつもりでいる蒼の言葉に、凛久は若干引き気味で返事をした。
『また訓練するとなると、俺も付いて行かないといけないんだけどな……』
最下層の強力な魔物を相手にした訓練。
それをまたおこなうということは、凛久の転移魔法があってのこと。
つまり、凛久も訓練に同伴しなければならない。
男装をしていても蒼は女性で、しかも美人だ。
当然風巻たちも付いてくるだろうけど、寝食を共にするとなると意識してしまう。
自分とは違い、そのことを気にしていない蒼に、男として見られていないのではと、凛久は少し落ち込む。
『そもそも、また来るためには日向の王座を手に入れないと無理だろ……』
日向に向かうということは、蒼の兄である頼吉を倒すということだ。
そのためには、まず日向内に潜入しなければならない。
蒼が王になれれば、何かしらの理由を付けて国外に出ることはできるだろうが、野木衆が目を光らせる中、日向内に潜入すれば、後は頼吉を討たない限り生きて国外に出ることはできないだろう。
蒼はそのことを分かっているのだろうか。
「ところで、国内に潜入する方法はちゃんとあるのか?」
「あぁ、日向国内にいる花紡州の者に手引きしてもらう」
先のことを考えるのは置いておいて、凛久は近い未来のことを考えることにした。
日向国内への潜入方法だ。
凛久の疑問に対し、蒼はすぐに返答する。
ちゃんと手筈を整えているようだ。
「国内って……、よく無事だな」
内部からの手引きがあるなら、潜入も可能だろう。
しかし、花紡州の人間が野木衆の者たちの目が光る国内にいるなんて、相当隠密行動が上手いのだろう。
その技術の高さに、凛久は感心したように呟いた。
「……当然何人かはやられたがな」
「そうか……」
日向に戻るための手引きとして、配下を内部におくことは当然のこと。
しかし、それは野木衆も分かっているため、徹底的に花紡衆の捜索がおこなっている。
その捜索により、何人かが命を落としたと蒼の耳に入っている。
そのことを思いだし、蒼は俯き加減で凛久の呟きに反応した。
そんな蒼に何を言っていいか分からず、凛久はあいまいな返事をするしかなかった。
「まずは、日向へ向かおう!」
「そうだな!」
今から暗くなっているわけにはいかない。
そう考えた蒼は、気を取り直して日向へ向けて歩き出す。
それに続くように、凛久も蒼の後を追った。
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