第52話 また?

「ただいま」


「ただいま戻りました」


 風巻と共にアカルジーラ迷宮の最下層に行き、残してきた素材を回収してきた凛久は、タゴートの町に戻った。

 そして、タゴートの町の宿屋に着くと、蒼が待ち受けていたため、2人は蒼に向かって帰還の挨拶をした。


「お疲れ様。残してきた素材はあったかい?」


「あぁ、全部回収してきた」


「それは良かった」


 今日凛久がアカルジーラ迷宮に向かった目的は素材の回収。

 その目的が達成できたと聞いて、蒼は満足そうに頷いた。


「これでまた新しい武器が作れるよ」


「そうか……」


 回収した素材の中には、巨大蜂の針だけでなく四足獣のジャルの角もある。

 その角はかなりの強度があるため、加工して武器にするのが一番だ。

 ジャルの角を手に、凛久は嬉しそうに言った。

 そんな凛久を、蒼は少し半信半疑といった思いで見ていた。

 野木衆の集団を倒したマシンガンという武器だけでも強力だというのに、それ以上に強力な武器があるのか想像できなかったからだ。


「蒼にも銃を作った方が良いか?」


「いや、いい」


 マシンガンを作ったことで、凛久は経験値を稼ぐために大量の巨大蜂を倒した。

 そのため、巨大蜂から取り出した針は大量にあり、銃の弾を作るにしてもかなり余る。

 その余った針を使って、蒼のために小型銃のデリンジャーでも作ろうかと考え、凛久は蒼に尋ねてみた。

 そんな凛久の提案に、蒼は首を横に振った。


「日向の人間の武器といたらこの刀だからね」


「……そうか」


 提案を断られたが、凛久は妙に納得いった。

 昔の日本人のように、日向の人間は刀に強いこだわりがるのだろう。

 凛久はそう言った感情を否定する気にならないため、蒼に銃は必要ないと思うようになった。


「それで、転移魔法の方はどうだった?」


 この世界では希少な転移魔法。

 それがどんな感じなのか体験してみたい思いから、蒼も今回の素材回収に行くつもりでいた。

 しかし、転移魔法の安全性が確認できていないうえに、野木衆の襲撃による怪我や疲労の回復を優先することを風巻に提案されたため、それは叶わなかった。

 なので、蒼は代わりに転移魔法を体験した風巻に、その時の感想を尋ねることにした。


「何の問題もありませんでした」


 ただ凛久に触れているだけで、一瞬にしてアカルジーラ迷宮の最下層に移動した。

 あまりにもあっさりしていたため、最初は下層とは言っても最下層ではないのではないかと思っていた。

 しかし、素材回収をして部屋から出た時に、探知で感じた魔物の気配からも最下層に間違いないだろう。

 つまり、転移魔法による身体への影響はないということだ。

 蒼から問われた風巻は、思ったことをそのまま答えた。


「そうか! じゃあ、今度は私を最下層に連れて行ってもらおう!」


「姫様……」


 風巻の答えを聞いて、蒼の目が輝く。

 安全が確認できたのだから、自分も試しても構わないはずだ。

 そんな好奇心からの蒼の反応に、風巻は頭を抱えたくなる。

 転移魔法は安全かもしれないが、最下層が危険だ。

 いくら剣才溢れる蒼でも、危険な場所に行かせるのは気が引ける。

 護衛の立場からすると止めない訳にはいかないため、風巻は蒼に抗議の目を向けた。


「風巻が止めたい気持ちもわかる。しかし考えてみろ……」


「……と言いますと?」


 転移魔法を体験したい。

 ただそれだけの理由で言っている訳ではない。

 そんな蒼の態度に、風巻は言葉の続きを待った。


「私たちは、これから頼兄上を仕留めるために野木衆と戦うことになる」


「えぇ……」


 蒼が日向に戻るためには、王の座を兄の頼吉から奪う必要がある。

 そうなると、兄を守る野木衆と相まみえることは必須だ。

 その蒼の考えに、風巻も同意する。


「そのためには、私や花紡衆の者たちも強くなる必要がある」


 一騎当千の実力者の集まりとは言っても、花紡州の者は数が少ない。

 個人の実力は花紡衆の1人ほどではないと言っても、人数の多い野木衆を相手にするには、今のままでは不利でしかない。

 ならば、一騎当千なんて言っていないで、一騎当万と言えるくらいの実力を得ればいい。

 数に対して、個の力ということだ。


「アカルジーラ迷宮の最下層の魔物を相手にできるなんて、成長する絶好の機会じゃない?」


 言っては何だが、自分や花紡州の人間たちより実力の劣っていた凛久が、強力な武器のお陰とは言え10日で急成長することができたのだ。

 それだけ、アカルジーラ迷宮の最下層を生き抜くことは、能力向上につながるということだ。


「それに、野木衆もすぐにまた人数を送り込んでくるようなことはしないでしょ?」


「左様ですが……」


 頼吉に付くことで、花紡衆から御庭番としての仕事を奪い取った野木衆からすると、地位を盤石にするうえで残っている不安要素は蒼と風巻たち花紡衆の存在だ。

 そのため、刺客を送り込んで来たのだが、1度ならず2度までも失敗に終わった。

 特に2度目の時、あれほどの数を送り込んで失敗したとあっては、更に人数を増やしてということも軽々にできないだろう。

 つまり、今のままタゴートの町にいたとしても、少しの間は問題ないということだ。

 その期間を利用して、蒼は自分たちの強化をすることを選んだのだろう。

 凛久の転移魔法であっという間に最下層に行けるということはたしかだが、そこの魔物の脅威度を考えると危険度が高いため、風巻としては蒼を行かせる事には躊躇する。

 しかし、、蒼が言っていることも間違っていないため、風巻は完全に否定できずに言葉を濁した。


「よし! 決定!」


 言葉を濁すということは、風巻も自分と同じような考えを多少なりとも持っていたということだ。

 ならば、立場が上の自分が決定を促せば強く拒否できないだろうと、蒼は決定事項として手を打った。


「仕方がありませんね……」


 昔からの付き合いで、蒼がこうなってはもう止めるのは無理だと理解した風巻は、説得を諦めた。

 凛久が10日も過ごして平気だったことからも、最下層の部屋は安全だと証明されている。

 野木衆から蒼を守るためにも、あそこを起点に訓練をすれば自分たちも戦力強化することができる。

 そう考えると、たしかに絶好の機会かもしれないため、風巻は内心では納得していた。


『勝手に決まったけど、連れてくの俺なんだけど……』


 黙って聞いていたが、蒼と風巻のやり取りにより、せっかく脱出した最下層にまた行くことが決まった。

 ただ、それは自分の転移魔法があってのことだ。

 なのに、勝手に決まったことに凛久は複雑な思いになる。


『まぁ、いいか……』


 勝手に決められたことだが、戦力強化は自分も望むところ。

 ついでに、新しく作る武器の性能を確かめる機会でもあるため、凛久は文句を言うのをやめて受け入れた。


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