第51話 回収
「……では、行きます」
「えぇ……」
1日休んだことで魔力と体力を回復させた凛久は、予定通り従魔のクウと風巻と共にアカルジーラ迷宮へと向かった。
最下層に置いてきた、魔物の素材を回収するためだ。
蒼と花紡州の者たちは、怪我と体力の回復に専念してもらうため、タゴートの町で休息してもらっている。
「風巻さんは大丈夫なんすか?」
野木衆の集団に囲まれ、蒼とか紡州の者たちは大なり小なり怪我を負っていた。
それは風巻も一緒だったはず。
それなのに素材回収に付きわわせてしまい、若干の申し訳なさがあるため、凛久は風巻へと問いかける。
「ご心配なく。他の者よりも怪我が軽かったですからな」
「……そうですか」
凛久が彼ら助けに入った時、風巻も怪我を負っていたのを確認している。
その時のことを思い返すと、風巻も他の者たちとそう変わらない怪我を負っていたように思えるのだが、本人が大丈夫と言っているので、凛久は追及することをやめた。
「そう言えば……」
「んっ?」
風巻と言えば、昨日蒼と交わしていた会話で気になるやり取りがあった。
そのため、凛久はこの機に聞くことにした。
「蒼との会話で、
「それは……」
少しだけ聞こえたが、蒼と風巻の間でここ数日何かあったのだろうか。
そのことを凛久が問いかけると、風巻は顔を顰めた。
いつもは無表情な風巻が表情に出すなんて珍しく感じ、凛久は余計に知りたくなった。
「蒼様のためを考えるとどちらにすべきか……」
「えっ?」
「ひとまず今回は秘密ということで」
「え~……」
蒼に関することならば、そう簡単に話してもらえないのは理解できる。
しかし、蒼の反応からして、それほど重い話ではなかったように思える。
そのため、秘密と言われた凛久は、風巻に対して抗議するような反応を示した。
「秘密です」
「……分かりました」
抗議に対する返答として、風巻は同じ言葉で返して来た。
しかし、同じ言葉でありながら、これ以上聞くなと言っているような圧力を感じ、凛久はそれ以上追及するのをやめるしかなかった。
『蒼様が、凛久殿のことをかなり心配していたなどと、私から言えるわけないではないか……』
風巻が秘密にする理由。
それは、蒼が自分が思っていた以上に凛久のことを心配していたことだ。
思えば、蒼は日向から脱出し、追っ手から逃れるために必要以上に他人と深く関わらないよう、冒険者としてはソロで活動していた。
それが凛久に会い、深くかかわる内に何かしらの感情が生まれたのかもしれない。
その感情が何なのかは、蒼自身いまいち分かっていないようだが、それも時間の問題だろう。
そんな主の気持ちを軽々に、しかも、その感情が向けられている凛久に話せるわけもないため、風巻は黙秘することにしたのだ。
◆◆◆◆◆
「じゃあ、転移します」
「了解……」
アカルジーラ迷宮内に入り、魔物を倒しながら進み、凛久たちは転移陣の罠がある部屋の前までたどり着いた。
このまま部屋の中の転移陣で移動するという手もあるが、この転移陣の場合迷宮内のどこに飛ばされるか分からない。
飛ばされたらモンスターハウスなんてシャレにならない。
そのため、ここから転移魔法によって最下層の部屋まで向かうのだが、初めての体験ということもあり、風巻の表情は若干強張っている。
「……大丈夫ですよ。パッと景色が変わるだけですから」
「……うむ」
「行きます!」
硬くなった表情が怖くて、少しでも和ませるようと凛久が声をかけるが、風巻には意味がない。
仕方がないので、凛久はそのまま転移魔法を発動した。
「おぉ……」
魔法の発動により発せられた光によって一瞬視界が覆われ、それが治まると周囲の景色が変わっていた。
見たこともない部屋に一瞬で移動したことに、風巻は感嘆の声を上げた。
「ここが最下層ですかな……?」
「えぇ」
「……なるほど、嫌な気配を感じる」
部屋の隅にある骨の遺体。
その者の生前の調査によって、この部屋が最下層にある可能性が高いとされている。
それを確認する為に、風巻は部屋の扉を開いて廊下に出て左右に視線を送る。
そして、少しの間黙っていると、納得したような言葉と共に部屋の中へと戻った。
御庭番として気配探知の能力が高いため、魔物の姿を確認しなくても気配で脅威を感じ取ったようだ。
「回収する素材とはこれですかな?」
「はい」
風巻の確認の問いに、凛久は返事する。
回収する素材とは、凛久がマシンガンによって倒し、部屋の一角に積み上げられた巨大蜂の針だ。
「やっぱり魔法の指輪があると速いな」
「回収するだけですからな」
小さい山になっていた大量の巨大針。
それが、風巻が装着している魔法の指輪に吸い込まれる。
着いたばかりだというのに、あっという間に目的達成だ。
「あちらも持ち帰りましょう」
「あぁ、頼んます。味付けすればそれなりに食べられるはず」
次に風巻が指差したのは、針を取り出した巨大蜂の身の方だ。
調味料がなかったため、ほんのり甲殻類の味がするだけの身だったが、味付け次第でどうにかなるかもしれない。
食べられる物を放置して腐らせるのはもったいないため、凛久は身の方も回収することを頼んだ。
「もしかして、この部屋では迷宮に吸収されないのですかな?」
「……たぶん、そうみたいです」
ダンジョンや迷宮の核は、空気中の魔素や生物の死体を吸収して栄養とすることで成長する。
しかし、この部屋には凛久が転移した10日間で倒して溜めた巨大蜂の身が積まれていた。
そのことから、風巻はこの部屋の異様に気が付き尋ねた。
凛久も聞かれて気が付いたようだ。
この迷宮がどれくらいの時間で死体を吸収したりするのか分からないが、白骨化した人骨が吸収されていないのだから、恐らくはそうなのだろう。
転移陣の罠の行き先だから、他とは違うのかもしれない。
「……凛久殿。もし魔力に余裕があるなら、巨大蜂との戦闘を見せてもらっていいですかな? その武器に興味があるもので」
「……まぁ、構いませんよ」
目的も早々に済んだため、風巻はある提案をしてきた。
最下層の魔物を相手するとなると、蒼や自分でも手に余る。
そんな魔物を相手に、凛久があれほどの数を倒したということは、凛久個人の成長だけでなく武器が強力だということだろう。
野木衆の集団にも通用した武器の性能を、間近で確認したいのだ。
帰りの分の魔力を考えると、少しなら大丈夫だろうと計算した凛久は、その提案を受け入れた。
「フゥ~、どうっすか?」
「……これはすごい」
頼まれた通り、凛久はクウと風巻の探知を利用して、近くにいる巨大蜂の群れを倒した。
1匹ならそこまで苦にならない巨大蜂でも、群れになると脅威度は一気に上がる。
それをあっという間に倒した凛久に、風巻は称賛の言葉をかけた。
その倒した死骸も回収して安全部屋に戻ると、凛久たちは蒼たちがいるタゴートの町へ戻るために、転移していった。
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