第50話 やり取り

「それで戻って来たら、蒼たちが敵に囲まれているのを見つけたってわけ」


「なるほど……」


 再会した時の状況に戻り、凛久は説明を終えた。

 それにより、戻ってくるのが遅かった理由を知った蒼は、納得して頷いた。


「すぐに私たちの所に戻ってこなかったことには不満が残るけど、まあいいわ……」


 転移魔法が使えるようになった時に自分たちの所に戻って来てくれていれば、野木衆の者たちに囲まれて全滅を覚悟するような危機に陥るようなことはなかっただろう。

 しかし、凛久が成長して戻って来たことで、自分と花紡州の者たちが怪我を負ったとは言いつつも野木衆の者たちを倒すことができた。

 良く言えば、結果良ければすべて良しと言ったところだろう。


「あっ、そうだ!」


 今更になってだが、自分でも戻るのを後回しにしたことは良くないと反省している。

 自分の捜索なんてしていなければ、蒼たちを危険に晒すことにならずに済んだのだから。

 最悪の場合によっては、蒼や花紡州の者たちに死人が出ていたかもしれないというのに、蒼がひとまず折れてくれた。

 ビンタの一発ぐらい覚悟していたが、そうならずに済んで一息吐いた凛久はあることを思いだした。


「ん? どうした?」


「蒼に頼みがあるんだ」


「頼み?」


 急に凛久の声が一段大きくなったため、蒼は何事かと問いかける。

 すると、凛久は申し訳なさそうに話しかけて来た。


「一緒に最下層に行って欲しいんだ」


「…………はぁっ?」


 頼みがあるというから何かと思っていたが、内容が内容なだけに蒼は素っ頓狂な声を上げる。

 日向では幼少期から初代国王再来の天才剣士と、評価を受けてきた。

 流石にそれは大袈裟過ぎると思うが、初代国王ほどまでとは言わないまでも、剣の才を伸ばす努力をしてきた。

 天狗になるつもりはないが、自分でもかなりの実力を有していると思っている。

 そんな自分でも、凛久を救うために最下層にまでは辿りつけなかった。

 それなのに、どうしてそんな危険な場所に行かないといけないのだろうか。


「最下層の部屋に、倒した巨大蜂の針とか置いて来ちゃったんだよ」


「そうか……。いや、しかし危険すぎる」


 凛久は自分のように収納の魔道具である魔法の指輪を持っていないため、倒した魔物の素材を全部持ってこれなかったのだろう。

 それは分かるが、最下層に行くとなるともしものことを考えてしまう。

 そのため、蒼は戸惑うように凛久へ返答した。


「大丈夫だよ。転移魔法で安全部屋へ一瞬だから」


「……あぁ、そうか……」


 向かうのは、最下層にある安全部屋。

 何も階層を普通に降りていくのではない。

 自分が転移魔法を使えば、魔物に遭遇することなく最下層まで行くことが可能だ。

 そう思って凛久は話したのだが、蒼は転移魔法のことを忘れていたらしく、説明を聞いてすぐに納得いった。

 そもそも、転移魔法を使える人間がいるというのが珍しいのだから、それも仕方がないかもしれない。

 

「転移魔法はどれくらいの距離まで移動できるんだ?」


 こうやって生きて帰ってきたことから、凛久が転移魔法が使えるのは疑いようがない。

 しかし、蒼としては転移魔法の精度が気になる。


「試した経験からすると、距離や人数によって使用する魔力量が変わる感じだな。中層からなら最下層に行って帰って来るくらいは問題ない」


「……結構な距離だな」


 アカルジーラ迷宮は、天井までの高さは階によってまちまちなため、正確な距離を導き出すことはできない。

 それでも、ざっと計算して数kmの距離は移動できるということだ。

 転移できると言っても、蒼はそこまでの距離を一瞬で移動できるとは思っていなかった。


「…………」


「どうした?」


 転移できる距離を聞いて、蒼は黙ってしまう。

 そして、顎に手を当てて思案するような態度をとったため、凛久は何かおかしなことを言ったのかと首を傾げた。


「その転移魔法のことだが、あまり言いふらしたり、人目に付かないようにした方が良い」


「左様ですな……」


 思案が済んだ蒼は、忠告するように凛久へと話す。

 側に居る風巻も同じことを考えていたらしく、蒼の言葉に頷く。


「えっ? ……あぁ、狙われるから?」


「その通りだ。理解が速くて助かるよ」


「分かった……」


 凛久は、蒼の忠告の意味が一瞬分からず首を傾げるが、すぐにその理由に気付いた。

 この世界に、転移魔法を使いこなす人間がどれだけいるか分からない。

 そんな人間がいるということを聞いたこともないし、居たとしても公表することはないだろう。

 その理由は、凛久が言ったように狙われるからだ。

 転移魔法が自由に使用できれば、移動や物流などでかなり利用できる。

 それは商業としてだけでなく、戦争においてもだ。

 そんな人間がいると分かれば、当然権力者たちは取り込みにかかる。

 交渉で素直に従えば問題ないだろうが、そうでなければ力尽くでと考えるはず。

 捕まえて無理やり魔法で奴隷化してしまえば、後は使いたい放題だ。

 むしろ、交渉するなんてまどろっこしいことをせず、すぐに捕縛にかかるといった方法を取る者もいるだろう。

 そういった者たちから狙われることを回避するためにも、凛久が転移魔法を使えることは、自分と風巻以外には秘匿するべきだと蒼は結論付けた。

 その結論に、凛久は素直に頷いた。

 もしも転移魔法が使えると知られ、常に狙われて過ごすことになったらと考えると、ぞっとする思いだ。


「その話はそこまでにして、明日にでも素材の回収に行こう」


「お待ちください蒼様。素材回収は私と凛久殿で行ってきます」


「……? 何で?」


 転移魔法で向かうのなら、凛久の魔力が回復すればいいだけの話。

 目を覚ましたばかりの今日はひとまず安静にするとして、明日にでも素材回収に向かえばいい。

 そう思っていた蒼に、風巻が待ったをかけた。


「凛久殿が転移魔法を使えるというのは分かります。しかし、人間と共に転移することはまだ試していないはず。ですので、私が実験台になります」


「そう言えばそうだけど……」


 風巻が言うように、クウと共に転移した経験は何度もあるが、他人と共に転移をしたことはない。

 もしかしたら、従魔と人間では違う反応を示すかもしれない。

 蒼を守る従者としては不安があるのだろうが、魔法陣を間違えない限り、そんなことになるとは思えない。

 しかし、たしかに試していない以上100%安全とは言い切れないため、凛久は風巻の言葉を否定することをやめた。


「まぁ、素材が回収できるなら2人のどちらでもいいか」


 蒼の持っている物ほどの容量ではないが、風巻も魔法の指輪を所持している。

 なので、凛久としては素材の回収に行くのはどちらでも良い。


のこともありますので、蒼様は体を休めていてくだされ」


「……分かった。風巻に任せる」


 風巻の少し含みのあるような言葉に、蒼の顏はほんのり赤くなる。

 その意味を理解したからか、蒼は明日は大人しくしていることにした。


「……?」


 2人のやり取りの意味は、凛久にはよく分からない。

 そのため、ただ首を傾げるしかなかった。


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