第47話 角拾い

「てなわけで、少しの間は順調だったんだけど、ジャルとか言う魔物を相手にするようになって少しうまくいかなくなっていったんだ」


 蒼たちに説明を求められた凛久は、転移した日から5日目までのを話す。

 そして、続いてそれ以降のことを説明し始めた。






◆◆◆◆◆


「ヤバいな……」


「クゥ……」


 凛久は空腹で足がふらつく。

 味はともかく食料となる巨大蜂の魔物が通らなくなり、昨日は一日何も食べていないせいだ。

 従魔のクウも同じく空腹なのか、凛久の呟きに同意するように力なく鳴く。


「……あの角のせいだろうな」


 外に落ちている角が問題なのかもしれない。

 初めてジャルを相手にした時、大量の魔力を込めた一撃により片方の角を折ることに成功した。

 角は折られてもジャルはピンピンしていたため、凛久たちはすぐさま安全地帯である部屋へと逃げた。

 扉を壊して入ってくるのではないかと恐怖していたが、やはりこの部屋は安全地帯らしく、角を折られたジャルはしばらくしたらいなくなった。

 折られた角はそのままにして……。


「角を取りに行くにしても怖いしな……」


 ジャルの角が落ちているため、巨大蜂はその臭いに反応して部屋の前の廊下に近寄るのを忌避しているのだろう。

 ならば、部屋から出てその角を拾って来ればいいのだが、そうするには問題がある。

 角を折る攻撃は、離れた位置からのもの。

 つまり、角が落ちているのは場所は、この部屋から少し離れているのだ。

 角を拾いに向かって魔物に遭遇すれば、凛久はあっさり殺されてしまう可能性がある。

 要は、凛久は角を拾いに行くことをビビっている。


「いくぞクウ! お前の鼻が頼りだ!」


「ワウッ!」


 魔物が近くにいるかいないかは、クウの鼻による探知次第。

 角を拾いに行く決心をした凛久は、クウと共に扉の前に立った。

 

「ワウッ!」


「っし!」


 クウの合図を受け、凛久は一気に扉を開ける。

 そして、全速力で走り、落ちているジャルの角を拾った。


「よっしゃ! すぐ逃げるぞ!」


「ワウッ!」


「ゲッ!!」


 角を拾ってすぐさま戻ろうと走り出すと、クウが慌てたように声を上げる。

 その声に反応した凛久が、クウの視線が向いている方を見ると、片方の角が折れたジャルがこちらへ向かって走ってきているのが見えた。

 凛久に攻撃されて角を失ったジャルだ。

 もしかしたら、あのジャルがここに角を置いて行ったのは、凛久が拾いに来るのを見越していたからかもしれない。

 それだけタイミングが良すぎる。


「ぬおーーー!!」


「ワウッ!!」


 追いつかれたら殺されると、危機を感じた凛久とクウは全力で走る。

 タイミング的に待ち伏せていたのだろうが、ジャルはクウに臭いを感じさせないために距離を取り過ぎている。

 一瞬で逃走に頭を切り替えた凛久とクウは、またも全速力で部屋へと戻っていった。


「セ、セーフ!!」「ハッハッハ……!!」


 ジャルの角が迫る恐怖に晒されながらも、凛久とクウはギリギリのところで安全部屋の中へと入り扉を閉めることに成功した。

 あまりの恐ろしさから解放された凛久とクウは、安堵するとその場に座り込んだ。


「こんなのばっかじゃ、幾つ命があっても足りないよ」


「ワウ~……」


 冷たい汗をダラダラ掻いて凛久アぼやくと、クウは同意と言うかのように弱い声で鳴いた。


「ここも安全と言ってもな……」


 扉を閉めてしまえば魔物がいなくなるところを見ると、この部屋はやはり安全地帯のようだ。

 しかし、安全は安全だが、外は凶悪な魔物ばかり。

 魔物から身を隠すことができるだけの部屋、といった方が正しいかもしれない。

 ここから離れられない状況では、このままこの部屋で栄養失調で死ぬ未来しかないように凛久は思えてきた。

 部屋の隅にある骸骨たちも、結局ここから離れることができずに死んでいった者たちなのだろう。


「進むか、それとも救出を待つか……」


 ここから脱出するには、自分とクウで進むか、蒼たちが助けに来てくれるのを待つかだ。


「……でも、いくら蒼でもここまで来れるか分からないし、地図は少ししか描かれていないからな……」


 稽古をつけてもらっていたので、蒼や風巻の実力は多少は知っているつもりだ。

 ここの魔物を相手にしても負けない強さだと思うが、あくまでもそれは1対1で戦った場合の話。

 巨大蜂のように集団で襲い掛かってきた場合、蒼たちでも手を焼くことになるだろう。

 気を張った状態での移動では、助けに来られるまでいつになるか分からない。

 待っている間に動けなくなったら、地上への帰還なんて不可能。

 かと言って、自分とクウだけで上を目指すのも無理だ。

 死体から拝借した手帳には、この階層の地図が描かれていた。

 自分と同じように、上の階層へ向かおうとしたのだろうが、魔物から逃げながらのマッピングではそんなに遠くまで探ることは出来なかったらしく、この部屋から少しの地図しか描かれていない。

 それでも、自力で上に向かうのなら助けになる。


「右より左かな……」


 地図を見ると左側の方が、大きくマッピングされている。

 これまで熊は右から、巨大蜂が来るのは左からだった。

 もしかしたら、魔物の質が低い、もしくは少ないのかもしれない。

 それなら、左から探るのが正解なような気がした。


「でも、階段が右の方だったら……」


 左の方が魔物の脅威度が低いからと言って、上へと向かえる階段があるとは限らない。

 もし反対の右側に階段があるとしたら、危険な行為をしただけで無駄になるかもしれない。

 そう考えると、凛久は左右のどちらを選んでいいのか分からなくなってきた。


「ん? これっ……、あぁ、血でくっついちゃったんだな……」


 手帳に描かれたこの部屋の周囲の地図を眺めていると、凛久には気になることが生まれた。

 ここだけページが厚くなっている。

 不思議に思ったが、すぐにその理由に気付く。

 血が付いて固まり、上と下のページがくっ付いてしまっていたのだ。

 そのことに気付いた凛久は、くっ付いている部分を慎重に剥がしていった。


「……何だ? ……これっ!! もしかして!!」


 ページを剥がすと、そこには何か描かれている。

 それが何なのか分かると、凛久は驚きの声を上げる。


「…………フッ、フフッ、ハハハッ!!」


 思わず笑えて来た。

 地下都市のイタヤで勉強していたことが役に立った。

 この魔法陣の意味が分かるのだから……。


「ここがたしかこうで……、ここがこうだから……」


 手帳に描かれた魔法陣を見て、凛久は1人考え込み、解析を始める。


「だったら、ここをこうすれば!!」


 しばらく考え込んだことにより、魔法陣の解析が済む。

 そして完成した魔法陣を見た凛久は、すぐに地面に魔力で描く。


「……やった! 成功だ!」


 小さく地面に描いた魔法陣。

 その中央に置かれた小石が、凛久が意識した別の場所へと移動した。

 それを見て、凛久はテンションが上がり、ガッツポーズをとった。


「クウ! 見たか!? 転移魔法だぞ!」


「ワウッ!」


 テンション高く問いかけてくる凛久に、クウが理解しているのか分からないが、主人が喜んでいるのでクウも嬉しそうに声を上げた。


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