第44話 次の標的
「……飽きた」
「ワウッ……」
最下層にある一室に転移させられ、5日が経った。
この部屋が魔物が入ってくることが無い安全地帯ということを利用して倒した巨大蜂を食べることで、凛久と従魔のクウは何とか生き延びることができていた。
巨大蜂を食べることで腹は膨れる。
しかし、調味料がない現状では、どう料理してもかなり薄味の甲殻類といった感じで飽きてきた。
思わず出た凛久の呟きに、クウも同意するように鳴き声を上げた。
「結構倒したな……」
食べる時取り除いた巨大蜂の針。
それが小さい山を作り出している。
その山を見て呟いた後、凛久は手に持つ銃に目を落とす。
部屋の隅にある骸骨たち。
自分と同じようにこの部屋へ転移させられた冒険者たちだ。
つまり、彼らも中層まで辿りつけるような実力を有していたはず。
そんな彼らが、自分と同じようにこの部屋を利用して魔物を狩ることで生存できなかった理由。
それは武器の差だと凛久は考えていた。
遠距離攻撃なら魔法があるが、凛久の扱う銃の様に威力が凝縮された攻撃ではない。
そのため、もしも魔法攻撃が当たったとしても、この階層の魔物なら耐えてしまうだろう。
運が良いのか悪いのか、自分は遠距離からでも威力のある攻撃ができる武器を持っていたからこそ、今も生き残っていられるのだ。
「いや、運は悪いに決まってるだろ……」
凛久は、自分の考えに思わず自分でツッコミを入れた。
そもそも、強力な魔物が闊歩するようなこんな危険な場所に転移させられた時点で運が悪い。
「いや、そもそも、この世界に転移させられた時点でか……」
あの転移魔法陣のある部屋に入らなければ良かったのではなく、よく考えたらこの世界に飛ばされたという時点で、自分が運が悪いのだと凛久は思い直した。
クウしかいないせいか、どうしても独り言が増えてしまう。
「でも、味に飽きるまで倒したことで威力も増している」
この世界では、ゲームでのように生物を倒すことでステータスが成長する。
普通その成長は微々たるものだが、強力な生物を倒せばその分成長力は上がる。
この5日、巨大蜂を倒したことで銃の威力が上がっていることは、それを扱う凛久なら当然理解していた。
「そろそろ他の魔物を狙ってみるか……」
「ワウッ?」
威力の増した今の自分の銃撃なら、巨大蜂外の魔物にも通用するはずだ。
そう銃を見ながら呟いた凛久に、クウは心配そうに声をかける。
何故なら、銃を持つ凛久の手が僅かに震えているからだ。
巨大蜂以外の魔物と考えた時、この部屋に転移した初日に見たハンマーベアが頭をよぎったからだ。
「……大丈夫だよ。あの熊相手はまだ無理だろうから、他を狙うつもりだから」
「ワフッ……」
心配してくれるクウに、凛久は笑みを浮かべて返答する。
そして、手の震えを抑えるためか、クウのことを撫でまわし始めた。
クウも気持ちいいのか、伏せの状態でされるがままでいた。
「狙うならこれだな……」
クウを撫でまわして落ち着いた凛久は、ポケットから取り出した手帳をめくる。
この部屋に転移して力尽き、骸骨と化した先輩が残してくれた貴重な情報が書か(描か)れた手帳だ。
その手帳に描かれた魔物たちを見て、凛久は次のターゲットを決めた。
「名前はジャル。あの角の魔物だな」
「ワウッ!」
手帳に描かれた絵を見た凛久は、クウにどんな魔物かを説明する。
この部屋の外の通路は色々な魔物が通り、時には部屋の近くで戦闘をおこなったりもしている。
どんな魔物が通るのかを知るために、凛久も扉を開けて確認している。
もちろん、クウの鼻による探知を利用して、部屋からある程度離れた位置に移動してからの確認だ。
その確認した魔物たちの中で、角の生えた四足獣がいた。
それが、ジャルと名付けられた魔物なのだろう。
特徴を聞いたクウは、姿と匂いを思い出したらしく頷いた。
「このジャルって魔物を倒したら脂がとれるはず。そうなれば揚げ物も出来るかもしれない」
「ワウッ!?」
これまでの訓練により、魔法を使えば焼く・煮るの調理はできるが、脂(油)がなければ揚げるなんてできない。
しかし、このジャルを倒せば、脂がとれるはず。
凛久が揚げ物と呟くと、クウは大きく反応する。
味だけでなく食感も飽きていたため、これまでと違う食事ができると理解したからだ。
「よし! じゃあ、ジャルの探知を頼む」
「ワウッ!」
標的が決まった凛久とクウは、巨大蜂を倒す時と同じように、扉の前で待機することにした。
「ワウッ!」
「っ!! 来たか……」
無言で待つこと数時間。
標的の臭いを探知したクウが、小さい声で凛久に接近を知らせる。
「っ!!」
四足獣特有の蹄の音が部屋の前を通り、少しずつ離れていくのが凛久にも分かる。
そして、ある程度離れた所で、凛久は勢いよく扉を開けて通路へと飛び出した。
飛び出した凛久は、すぐさま標的となるジャルを目視し、銃を構える。
「ッッッ!?」
凛久が飛び出した音で気付いたのか、ジャルも反応して振り返る。
手帳に描かれていた特徴通りの魔物が、そこに存在していた。
黒く、馬並みの体躯、象の尾、猪のような顎と牙を持つ四足獣で、更には二本の角までも持っている。
山羊や鹿に近い気もするが、角が枝分かれしていない所から考えると、山羊の方が近いかもしれない。
姿にしても、醸し出す殺気からもバケモノであることは変わりはない。
『うわっ!! 速っ!!』
流石というか、凛久を見てからのジャルの反応が速い。
すぐさま踵を返し、猛スピードで凛久へと迫ってきた。
その速度を見て、凛久は心の中で驚きの声を上げる。
もしかしたら、巨大蜂より速いかもしれないからだ。
『けど……』
ジャルの速度に驚きつつも、凛久は何とか落ち着いていた。
たしかに速いが、目で追えないほどではないからだ。
これなら全力の攻撃ができると、凛久はギリギリまで銃に魔力を込めた。
“ドンッ!!”
込めた魔力を圧縮し、凛久はジャルに向けた銃の引き金を引く。
それにより、魔力の弾丸が超高速で発射される。
手から吹き飛びそうになる反動を、凛久は抑え込むことに必死だ。
「ッッッ!! ギャウ!!」
こんな攻撃を受けたことが無いのだろう。
弾丸が当たり、ジャルが悲鳴を上げる。
「……おいおい、ふざけるなよ……」
攻撃の結果に、凛久は思わず愚痴をこぼす。
凛久の攻撃は、ジャルの片方の角を吹き飛ばしただけで、それ以外が無傷だったからだ。
野性の勘で凛久の攻撃に脅威を感じたジャルが、片方の角を犠牲にしてその身を守ったようだ。
「グルゥ……」
「逃げろ!!」
角を飛ばされたジャルは、怒りの籠った唸り声と共に、再度凛久へと向けて走り出した。
一撃で仕留められなくても、かなり弱らせることができると思っていたが、その期待も裏切られ、角一本吹き飛ばしただけになってしまった。
その結果を受けて、凛久は部屋から出ていたクウと共に、すぐさま安全地帯の部屋へと逃げ帰った。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
距離がある分には冷静でいられるが、近付けば近付くほど強力な殺気に恐怖を受ける。
残った角を向け、まるでドリルのように回転させて迫り来るジャルの攻撃。
今の凛久なら、直撃すれば即死。
運よく急所を外しても、大怪我することは必至だ。
同じ刺突攻撃でも、巨大蜂の針以上の恐怖を感じた凛久は、部屋へ逃げ込むなり、大量の冷や汗を掻くと共に呼吸が乱れた。
「やっぱり、甘くないな……」
巨大蜂相手には上手くいったが、やはりこの階層の魔物は一癖あるようだ。
今の自分の全力攻撃1発で仕留めるのは、少々難しいようだ。
「でも、角を吹き飛ばすことはできたんだ。体に当てる方法を考えれば仕留められるはず……」
攻撃に脅威を覚えたからこそ、ジャルも片方の角を捨てることを選んだのだろう。
ならば、角で防御出来なければ倒せる。
そうポジティブに考えることにした凛久は、すぐさまジャルに攻撃を当てるための策を考え始めるのだった。
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