第43話 期限
「くっ! この数はきつい。一時撤退!」
「「「「ハッ!」」」」
凛久とクウが転移の罠によって下層へ飛ばされた翌日。
蒼と風巻は、タゴートの町に集まった花紡州の者たち3人と共に下層へと足を踏み入れていた。
しかし、進むにつれて強力になる魔物たちに、流石の蒼たちも手を焼いていた。
その中でも、大軍で押し寄せてくる巨大蜂の群れには脅威を感じていた。
一匹なら問題なく対応できるが、大軍となると防御の手が足りなくなる。
今も蜂の大群に遭遇し、撤退を余儀なくされていた。
「フゥ……、思った以上に厳しいわね」
「左様ですな……」
巨大蜂の群れから退避した蒼たちは、周囲の安全を確認した後一息吐く。
下層に行けば行くほど、魔物は強くなるもの。
最下層までどれくらいあるかも分からないというのに、まだ下層に踏み入れて4層ほど下った程度。
あれ以上に魔物が強くなっていくと考えると、気が重くなってしまう。
「もしも凛久があれ以上の魔物がいる下層に飛ばされていたら……」
蒼たちのような実力者でも、先へ進むのが危険な領域に入っている。
そんななか、まだ実力の乏しい凛久がここよりも下の階層に飛ばされているとなると、どうしても嫌な予想が頭に浮かんで仕方がない。
「蒼様、希望を捨ててはなりません。凛久殿の生存を期待し進むしかありません」
「……えぇ、そうね」
もしものことを考えて暗い表情をしている蒼に、風巻が激励の言葉をかける。
それにより良くない思考に向かっていたことに気付き、蒼は気持ちを切り替えることにした。
「かと言って、野木衆にここにいることがバレている以上、長期間探る訳にもいかないわね」
集結した花紡州の者の報告により、日向に残してきた仲間の1人と通信が途絶えたとのことだ。
恐らく、その者から情報が漏れたのかもしれないが、それ自体はもう仕方がない。
それよりも、野木衆が再度兵を送り込んでくるかもしれないことを考えると、タゴートの町やアカルジーラ迷宮にいるわけにはいかない。
今度はどれほどの数を送り込んでくるか分からないからだ。
花紡衆と野木衆では1人1人の実力は歴然だが、数の力は侮れない。
凛久は見捨てられないし、仲間を減らすわけにはいかない蒼としてはどちらを選ぶべきか悩ましい。
「日向からの距離を考えると、今日を入れて10日がギリギリ期限てところかしら……」
「そうですね……」
野木衆が日向から大人数を送り込んでくるとして、考えられる日数は10日。
そのことを確認するように蒼が呟くと、風巻が頷き答える。
「10日までに凛久が見つからなければ、この場から去るしかないわね」
凛久のことも大事だが、仲間を危険に晒すわけにはいかない。
期限ギリギリまで凛久を探し、見つけることができなかったら残念だが諦めるしかないだろう。
蒼は少しの間考えた後、そう結論付けた。
「しかし、その場合……」
「えぇ、日向に戻るのは難しくなるわね」
凛久が絶対に必要かと言われると完全に肯定はできないが、きっと必要となる意味があるはず。
初代国王の王妃の予知夢。
それを信じて行動するのならば、異世界から来た凛久という存在が蒼を日向の王へと導いてくれるはず。
その凛久を諦めるということは、自分が日向へ戻る道が閉ざされると言って良い。
「行くわよ」
「「「「ハッ!」」」」
いつまでもここで休んでいる訳にもいかない。
休憩を済ませた蒼は、また凛久を探しに下層へ進むために、風巻をはじめとする花紡州の者たちと共に移動を再開した
◆◆◆◆◆
「う~ん……、焼きならまともかな?」
「アウッ……」
単体の巨大蜂を狙って食料を確保していた凛久。
クウの鼻による探知を使い、安全地帯とも言える部屋からの銃撃作戦はかなり効率が良く、とりあえず腹を膨らせることは何とかできていた。
しかし、調味料すらない状況で調理した巨大蜂の味は微妙といったところで、どうするべきか困っていた。
茹でたのでは味が微妙なので、次は焼いてみた。
すると、茹でた時よりも多少マシと言った味になった。
凛久がそのことを呟くと、クウはそれでも物足りない言った反応をした。
「確かメイラード反応だったか? 焦げた味でも足さないと微妙だからな……」
凛久は、この味の変化の理由を思いだしていた。
過熱によって糖とアミノ酸などが結合する反応だったはず。
調味料がない状況で、味を足すとなるとこの程度のことしか思い至らなかった。
「でも、焦げた物って食べ過ぎていると老眼が早まるんじゃなかったっけ……」
少し焦げた蜂の肉を見て、凛久は転移する前にテレビなんかで見たことがある情報を思いだしていた。
メイラード反応により味が変化するが、それと同時に老化物質も発生する。
それが体内に蓄積されると、老眼になるのが早まるという話しだった。
そのことを思いだすと、ずっとこれを食べ続けるのも気が引けてくる。
「地球で食べたのは揚げだったっけ……」
同じ蜂でも地球で食べたのとは大違い。
世界が違うし大きさも違うので、味が違うのも当然だ。
それに、凛久が食べたのはスズメバチの成虫を上げたものだった。
カリカリした触感をしていたのが印象的だ。
同じように調理したいところだが、油なんて所持していない。
「せめて塩でもあれば……」
たんぱく質を摂取しているという感覚はあるが、味がほとんどない。
かなり薄く甲殻類の味がすると言ったところだ。
せめて塩で味付けできれば、それなりに美味しい料理ができそうなのだが、それすらないのが悔やまれるところだ。
「とりあえず他の魔物倒せるくらいに強くなるしかないか」
無い物ねだりをしていても仕方がない。
こんなバケモノのような魔物が存在する場所で、腹を膨らませることができるだけでも充分と考えるべきだろう。
単体とは言え巨大蜂は倒せている。
この世界では、生物を殺すたびにステータスが成長すると言われている。
しかも、実力が上の生物を倒したとなると、その成長も僅かだが大きくなるとのことだ。
このまま巨大蜂を倒していれば、他の魔物も倒せるようになるかもしれないし、そうなればもうちょっとマシな味の食料にありつけるかもしれない。
そう考えると、凛久はこのまま単体巨大蜂狩りを続けるしかないと諦めた。
「ッ!? ワウッ!」
「っ!! 来たか……」
突然、クウが鼻を鳴らし声を上げる。
その反応から、凛久はすぐに反応する。
単体の巨大蜂が、部屋の前の廊下に近付いているという合図だからだ。
扉を開けて銃を取り出し、凛久はクウからの攻撃合図を待つのだった。
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