第42話 微妙

「……ッ!!」


 安全地帯らしき部屋の扉を開けてしばらく待ていると、凛久の従魔のクウがブルっと震えたような反応をする。

 そして、無言で凛久の方へ顔を向けた。


『来たか……』


 クウが魔物の接近に気付いた時に、敵に気付かれないための合図だ。

 その合図が来たのを確認した凛久は、気持ちを落ち着かせて、標的となる魔物の姿を確認した。


「ヌンッ!!」


 標的の確認を終えた凛久は気合いを入れ、体内の魔力を放出する。

 魔力を全身に纏って身体強化をおこない、部屋の中に身を隠しながら標的の位置へ向けて銃を構えた。


『これが通用しなかったら……』


 標的である蜂の魔物を見る前に、この部屋の前を何種類かの魔物が通り過ぎた。

 そのたび部屋の扉を閉めてやり過ごしたのだが、どの魔物も相対していないというのに寒気がした。

 もしも扉を開けて中に入って来たら、完全に自分たちは殺される。

 その魔物たちよりも弱いとは言っても、標的もこの最下層で生きている魔物だ。

 そう考えると、どうしても嫌なイメージが頭をよぎって仕方がない。


『……いまだ!!』


 標的となる巨大蜂の羽音が、段々と大きくなってくる。

 ある程度の音量になった所で、凛久は部屋から身を出し、体内に存在する魔力全て注ぎ込んだ銃の引き金を引いた。


“ドンッ!!”


「グッ!」


 今自分にできる最強の攻撃。

 試したこともないような攻撃に、強力な反動が来る。

 撃った凛久が思わず声を漏らす程だ。


「ッッッ!! ギッ!!」


「くっ!! 羽を吹き飛ばしただけか……」


 いきなり強力な攻撃が飛んできたため、巨大蜂も驚く。

 それでもこの地で生きる魔物。

 必死に攻撃を避けようと反応した。

 とんでもない反応速度だが、完全に躱しきれない。

 凛久の魔力弾は、巨大蜂の左の羽を吹き飛ばした。


「行くぞクウ!」


「ワウッ!!」


 骨と化した部屋の先住民のメモには、巨大蜂の脅威は高速移動と書かれていた。

 その高速移動を成しているのが、あの羽だ。

 片方だけとはいえそれを潰したのだから、もう飛び回ることなどできないだろう。

 ここが好機と判断した凛久は、クウと共に部屋から飛び出し、剣を抜いて地を這う巨大蜂に向かって走り出した。


「ギギッ!!」


「おわっ!!」


 凛久の接近に対し、巨大蜂が抵抗する。

 片羽だけで無理やり浮き上がり、尻から出した針で凛久に攻撃してきた。

 予想外の抵抗に、凛久は咄嗟に剣で防御する。


「ワウッ!!」


「ギッ!?」


 片方の羽では一瞬しか浮かない。

 凛久への攻撃が失敗した巨大蜂は、地面へと落ちる。

 そこを狙っていたように、クウが襲い掛かる。

 もう片方の羽を食いちぎり、地面へと押さえつけた。


「ナイス! ハッ!!」


「ギーッ!!」


 クウが押さえつけている巨大蜂に、凛久は剣を突き刺す。

 刺された巨大蜂は、悲鳴のような声を上げ、少しすると動かなくなった。


「よしっ! やった!」


「ワウッ!!」


 一撃で仕留められなかった時は絶望しそうだったが、何とか倒せることができた。

 後は、この魔物を食べられるように調理するだけだ。

 これで何とかここで生き残る可能性ができたことに、凛久とクウは喜び合った。


“ブブブブ……!!”


「「…………」」


 喜んでいた凛久とクウだったが、すぐに無言になる。

 嫌な音が聞こえてきたからだ。


“ブブブブ……!!”


「っっっ!!」「ッッッ!!」


 近付いてくる音の方へと顔を向け、凛久とクウは一気に顔を青くする。

 近付いてくる音は、羽音。

 凛久が倒した巨大蜂と同じ羽音だ。

 しかし、その羽音は先程の巨大蜂よりも低い。

 重低音といった感じだろう。

 つまり、一匹などではなく大群で向かって来ていたのだ。


「に、逃げるぞ!!」


「ワ、ワウッ!!」


 メモの注意点に、巨大蜂は単体でしか相手にするなと書かれていた。

 この階層の中では弱い巨大蜂だが、それはあくまでも単体の場合の話。

 仲間と共に行動している巨大蜂を相手にするのは、あの恐ろしいハンマーベアを相手にするより危険だとのことだ。

 一匹相手にも全力を出さなければならない自分たちが、複数の巨大蜂相手にできるわけない。

 それが分かっている凛久たちは、倒した巨大蜂の死体を持ち上げ、一目散に安全部屋へと向けて走り出した。


「どわっ!!」


 凛久たちは飛び込むように部屋に入る。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


「ハッハッハ……」

 

 扉を閉めた途端、凛久とクウはどっと疲れたように座り込む。

 羽音の重低音が、部屋の前を通り過ぎていった。

 その音が止むまで、しばらく続いていた。

 相当な数が、仲間をの敵討ちのために迫って来ていたということだろう。

 距離的にはたいしたことないが、あれだけの巨大蜂に迫られていたということを考えると、恐怖が押し寄せて来た。


「フゥ~……、助かった……」


 羽音が聞こえなくなってしばらくして、凛久はようやく安堵のため息を吐く。

 それと共に、段々と体の震えが治まっていった。


「やっぱりここの魔物は心臓に悪いな。だけど……」


 離れた位置から見ただけでビビるパワーベア。

 それでさえ回避する巨大蜂の群れ。

 当然自分たちが相手にできるような存在ではない。

 しかし、単体なら全力攻撃の不意打ちで倒せることが分かった。


「ありがとな。クウ」


「ワウッ!」


 巨大蜂の死体のそばで、凛久はクウを撫でて先程の戦闘の援護を褒める。

 凛久に褒められ、クウは嬉しそうに尻尾を振った。


「さてと、こいつを調理するか」


 巨大蜂一匹倒すためだけに、ギリギリまで魔力を使い切った。

 その疲労感からしばらく座り込んでいた凛久は、久しぶりの食事をするために料理をすることにした。


「ところで、これ毒持ちか?」


 凛久がスズメバチの成虫を食べた時は、高温の油で揚げたものだった。

 それ以外に凛久は調理法を知らない。

 油で揚げることで、毒も飛んでしまうのだろうか。

 地球のスズメバチの場合、小さいためそれでいいのかもしれないが、この巨大蜂はどんな毒を持っているのか分からない。

 そもそも油もないので焼くしかないため、尚更毒を持っているのか気になる。


「クン、クン。ワゥ~ン」


「えっ? 毒無い?」


 凛久が蜂の毒を気にしていると、クウが巨大蜂の尻に鼻を近付け、嗅ぎ始める。

 すると、クウは凛久に向かって首を振る。 

 どうやら、毒を持っていないと教えてくれているみたいだ。


「ありがとな! お前を俺の従魔にして本当に良かったよ!」


「ハッハッハ……」


 魔物探知のために買ったクウが、まさか毒まで判別できると思わなかった。

 毒がないことを教えてくれたクウを、凛久は褒めると共に全身を撫でまわした。


「そりゃ、こんだけでかい針の攻撃なら、一発で急所に穴開くだろうからな」


 蜂なら毒を持っている。

 そんな考えがどこかあったが、よく考えてみればこの蜂は中型犬並みの大きさをしている。

 つまり、それだけ針の大きさもでかいということだ。

 高速移動からの一突き。

 それが当たれば、どんな魔物でも体に風穴が開けられるだろうから、毒なんて必要ないのだろう。

 巨大蜂が毒持ちでない理由を、凛久はそう勝手に解釈した。


「毒がないなら……」


 まず凛久は、土魔法で釜戸と巨大な鍋を作る。

 その鍋の中に、尻から針を取り出した巨大蜂を入れる。

 水魔法で水を入れ、鍋を火魔法で温め始めた。


「部屋で火魔法は酸欠になりそうだけど、隙間があるから大丈夫だろ……」


 魔物が入ってくるのではないかという恐怖から、凛久は扉を開けっぱなしにできない。

 そんな状態で火を使うなんて酸欠の恐れがある。

 しかし、クウが鼻で魔物を探知できている通り、この部屋の扉には少しの隙間がある。

 念のため途中で一回換気して、凛久は茹で巨大蜂の調理を続けた。


「よし。いただきます!」


「ワウッ!」


 茹で上がった巨大蜂を、凛久はクウと半分ずつにする。

 頭の部分が食べづらいといったら、クウは自分がそっちを食べると言うように鳴き声を上げた。

 それを受けて、凛久が尻の部分を、クウは頭と胴体の部分を食べることになった。


「う~ん。不味くはない」


「ワウ~……」


 この部屋に着いてから、ほぼ1日が経過した。

 久しぶりの食事に、蜂だろうと関係なくかぶりついた。

 食感は硬めの豆腐を食べているようで不味くはない。

 しかし、味自体はあんまりない。

 味付け次第でかなり美味くなりそうだが、調味料がないのが痛いところだ。

 その味に、凛久が残念そうに呟くと、クウも同意と言うように鳴く。


「これでも貴重な食料だ。我慢しよう」


「ワウ……」


 腹を満たすことができるだけでもありがたいこと。

 そう自分とクウに言い聞かせ、凛久は食事を終えて眠りにつくのだった。


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