第41話 標的

「……何もしないままじゃ終わりだ。何とかしないと……」


 絶望的な状況に少しの間落ち込んでいた凛久だったが、ようやく気持ちを切り替える。

 食料がないのなら手に入れるしかない。


「でも、あんなの相手に戦えるかよ……」


「クゥ~ン……」


 この場で手に入れられるといったら、部屋の外にいる魔物たちのみ。

 しかし、先程も体験して分かったことだが、ここの魔物はこれまで自分が戦ってきた魔物とは段違いの強さを有している。

 とてもではないが、勝てる気がしない。

 従魔のクウも凛久と同じ思いなのか、力なく鳴く。


「この手帳を生かさせてもらう」


 部屋の隅に転がっていた死体が持っていた手帳には、外にいる魔物の種類が描かれている。

 これを利用しない手はない。 

 凛久は手帳に描かれた魔物の中で、自分でもなんとかなる相手がいないか探し始めた。


「熊は駄目……、虫系はちょっと……、アンデッドなんて論外……」


 ちらっと見ただけでチビリそうになる熊なんて、相手にできるわけがない。

 虫系統の魔物は、食べるのに勇気がいるし、アンデッドは言わずもがなだ。

 手帳のページをめくるたびに、もしかしたら自分が相手にできる魔物はいないのではないかと、嫌な考えが浮かんで手が震えそうになる。


「……居た!」


 この手帳の持ち主の主観によるランク付けだろうが、一種類だけランクが低く設定されている魔物を見つけた。

 

「……けど、蜂か……」


 もしかしたら倒せるかもしれない魔物を発見したのはいいが、凛久はその魔物の絵を見て躊躇う。

 発見した倒せそうな魔物が、巨大蜂だったからだ。

 他よりも1ランク下と説明文が書かれている。


「食べたことあるけど……」


 子供の頃、休みの日を利用して祖父母の家に行った時、伯父さんが酒のつまみとしてスズメバチの成虫や、蜂の子を食べていた。

 試しにと出された凛久も、おっかなびっくりしつつ食べた思い出がある。

 ビビりながらで味をよく覚えていないが、不味くはなかったと記憶している。


「やっぱり地球のとは段違いの大きさだな」


 手帳には、中型犬くらいの大きさと書かれている。

 そんな大きさの蜂なんて、地球では聞いたことが無い。


「そもそも本当に毒がないのか?」


 手帳には毒のことは何も書かれていないため、もしも倒せたとして、食べることができるか不安だ。


「言ってても始まんないな。食べられるかは倒してからだ」


 スズメバチでも熱を加えれば食べられるのだから、もしも毒があっても食べられる可能性はある。

 しかし、それも倒してから考えればいいこと。

 凛久は、この巨大蜂の魔物を倒すことだけに集中することにした。


「これの一撃……、それに全力を尽くすしかない」


 巨大蜂は他よりもワンランクしたといっても、下層で生存しているだけあってかなりの強さのはず。

 凛久が持っている武器は銃と剣しかないため、離れた位置からでも威力ある攻撃と考えれば銃しかない。

 そのため、凛久は腰からを銃を抜き、決意するように強く握った。


「クウ! お前の鼻が頼りだ。頼むぞ!?」


「ワウッ!」


 扉に手をかけ、凛久はクウに話しかける。

 周囲に魔物がいない状況で扉を開けないと、即刻殺されてお終いだ。

 そのため、クウの鼻に頼るしかない。

 頼りにされたクウは、嬉しいのか尻尾をブンブンと振り回しながら返事をした。


「近くに魔物の臭いはあるか?」


「クウ~ウ!」


 手帳にも書かれていたが、どうやら本当に魔物が扉を開けたり壊したりしてくることはないようだ。

 つまり、この中だけが安全地帯ということだ。

 扉を開けてハンマーベアの姿を見てから、ある程度時間が経過している。

 そろそろ、外にはいないだろうと確認すると、クウは首を振って答えを返す。


「よし! 行くぞ!」


「ワウッ!」


 巨大蜂を相手するにしても、まずはその姿を確認する必要がある。

 クウの鼻で部屋の外に魔物がいないことを確認した凛久は、慎重に扉を開けて左右に首を振って視認をした。 


「このまま待つ」


「ワウ……」


 扉は開けたが、いつでも閉められる状態で外には出ない。

 臭いが確認できれば、クウの合図で適した距離から蜂を襲撃することができるようになる。

 凛久たちはこの状態のまま、巨大蜂の姿が確認できるまで待つことにした。





◆◆◆◆◆


「この部屋に入っただと……」


「おそらく、この部屋の中に入るとダンジョン内のどこかに跳ばされるのでしょう……」


 野木衆の死体が転がる側で話合う蒼と風巻。

 凛久を狙うために、あらかじめ別動隊をダンジョン内に潜入させているとは考えていなかった。

 隊長格の男たちは風巻に始末させ、蒼はすぐさま凛久たちの下へと走った。

 そして、別動隊の野木衆の者たちが、ある部屋の前で話し合っているのを確認した。

 凛久とクウが、その部屋に入って姿を消したと。

 とりあえず部屋の前にいた野木衆の者たちを始末し、蒼は風巻がくるのを待った。

 そして風巻と共に外から室内の様子を確認すると、部屋に魔法陣らしきものが描かれているのを発見した。


「ならば、我々も後を追おう!」


「なりませぬ! どこに跳ばされるか分かりませぬ!」


 転移の魔法陣が描かれているのは分かった。

 ならば凛久を追おうと、室内に入ろうとする蒼を風巻が止める。

 この転移の魔法陣が、特定の場所に跳ばされるのか分からないからだ。

 特定の場所に飛ばす魔法陣ならば、凛久と同じ場所へ跳ぶことができるだろう。

 しかし、ランダムに転移させられるとしたら、凛久とは違う場所に跳んでしまうかもしれないからだ。


「しかし、凛久は……」


 凛久の荷物のほとんどは、蒼が預かっている。

 その中には食料も入っている。

 食料がなければ、戦う力も出なくなる。

 もしも、下層にでも跳ばされていれば、危険極まりない状況だ。

 一刻も早く凛久を助けに行かなければならないというのに、それを止める風巻に詰め寄ろうとした。


「凛久殿を探すにしても、2人では危険すぎます! 花紡の者たちを待ちましょう!」


「…………分かったわ」


 罠として発動したのだから、恐らく下層へと跳ばす魔法陣なのだろう。

 凛久を探すために下層へ向かうにしても、たしかに風巻と2人だけでは蒼としても危険だと判断できる。

 明日あたりに、呼び寄せた花紡州の者たちが到着する。

 風巻が言うように、彼らを待って下層へ向かうのが最適だろう。

 そう判断した蒼は、悔しそうに唇を噛み、ひとまずアカルジーラ迷宮から出ることを選択した。


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