第40話 お先真っ暗
「さっきの部屋と違う……」
室内を眺め、凛久は小さく呟く。
野木衆の者から逃げ、隠れるために扉のある部屋に入ったのだが、魔法陣が発動したと思ったら室内の景色が変わっていた。
「もしかして、さっきの魔法陣て転移の魔法陣だったのか?」
蒼から、ダンジョン内には様々な罠が施されていると聞いていた。
それに気を付けるために、地図のある中層部分までしか潜っていなかった。
しかし、野木衆の者に追われている最中、凛久は必死に逃げるあまり、階段を下りてしまい、どんな仕掛けがあるかも確かめず、部屋の中に入ってしまった結果、このようなことになってしまったようだ。
「モンスターハウスじゃなくて良かったけど、どこに飛ばされたんだ?」
ダンジョンの罠の中には、部屋の中に入った瞬間魔物が大量出現するモンスターハウスというものが存在する。
そんな罠に嵌らなくて良かったと思うが、安心するのはまだ早い。
ここがどこなのか全く分からないのだから。
「クウ、この扉の外周辺に魔物とかいるか?」
「ワゥ~」
まずはここの安全性を確かめる必要がある。
室内はまた魔法陣が出現したりなど何もない様子。
あくまでも、あの魔法陣で飛ばされるためだけの部屋なのだろう。
唯一ある扉から出る前に、まずはクウの鼻で周辺に魔物がいないかを探知してもらう。
凛久の問いに対し、クウは首を振って魔物がいないことを知らせる。
「とりあえず、部屋の外の様子を見よう」
「ワウッ!」
いつまでも部屋に籠っている場合ではない。
周囲の様子を確認する為に、凛久はゆっくり扉を開けて外へ出た。
「魔物は……いないな」
慎重に扉から出ると、広めの通路になっている。
左右に伸びるその通路を遠くまで眺めるが、クウの言ったように魔物の姿は視認できない。
安心していた凛久の目に、通路のはるか遠くに僅かに動く物を発見した。
「っっっ!!」「ッッッ!!」
遠く離れているので恐らくだが、熊のような魔物としか言いようがない。
しかし、遠く離れているのに、こっちへ放った殺気が尋常じゃない。
一瞬にして勝てないと判断した凛久とクウは、すぐさま先程の部屋の中へ逃げ帰った。
「ハァ、ハァ、ハァ、な、何なんだよ……」
あの熊の接近に、血の気が引いた。
あんなの絶対勝てないと、心の底から思わされた。
遠く離れた位置からの殺気だというのに、凛久とクウは震えが止まらない。
「だからか……」
さっきの熊を見て、凛久は納得する。
ここまでなるべく触れないようにしていたが、実は部屋の中に何もないわけではない。
明かに人の物と分かる骨。
それが幾つか転がっているのだ。
「俺みたいにこの部屋に飛ばされて、抜け出せることなく死んでいった人たちだろうな」
剣や防具などが落ちているが、どれも壊れて使えるような物ではない。
武器も防具も壊れては、あんな化け物相手に脱出なんてできる訳もないし、魔物を倒せなければ食料も手に入らない。
空腹で死ぬか、魔物と戦って死ぬか。
2通りのパターンしか見つからない状況で力尽きた者たちだ。
「ワウッ!」
「ん? どうした?」
そこいらに散らばっているのは気分が悪いため、凛久はクウと共に人骨を1か所に集め、手を合わせて冥福を祈る。
すると、クウが1体の骨の前で声を上げた。
「手帳? ……日記か?」
何かと思ってその骨が着用しているボロボロの衣服を調べ笑みると、そこには小さい紙の束が出て来た。
ペラペラと内容を見てみると、血で書いたのか赤黒い色で日記のようなメモがつづられていた。
「これによると……」
どれほどの期間放置されていたのか分からないため、この日記も劣化してボロボロになっている。
最初の方に身元を示すものが書かれている様にも見えるが、所破れていて読めない。
しかし、少しめくった所から始まった日記の部分は、何とか全部読める。
「さ、最下層!?」
日記に書いてあったのは、ここは恐らく最下層だということだ。
そのことに驚くが、そう言われてどこか納得する自分がいた。
あんな化け物以上の魔物が歩き回っているダンジョンなんて、とても想像できないからだ。
「おぉ! ありがたい! ここの魔物が描かれている」
日記の中には、扉の外の通路を時折通る魔物が、簡単な絵と共に記されていた。
あの殺気に耐えながら、何度も外と部屋を出入りして調べたのだろう。
わざわざそんな貴重な資料を残しておいてくれた遺体に対し、凛久は感謝の意を込めてもう一度手を合わせた。
「ハンマーベア……」
さっきの特徴を照らし合わせると、さっきの熊はこの名前だ。
見たことも聞いたこともない魔物の名前だ。
それもそのはず、日記をつけた本人が、勝手に名付けた魔物なのだから。
極太の腕から繰り出される拳。
その攻撃がハンマーの一撃のようだからと名付けたそうだ。
「直撃を食らえば、頭吹き飛ぶこと間違いなし……か」
あんな殺気を近くで受けたら、腰を抜かすか動けなくなること間違いない。
そこにハンマーパンチ。
頭どころか、全身が四散するイメージしか湧いてこない。
距離が離れていて本当に良かったと、安堵のため息しか出てこない。
「まずいな……」
「ワゥ?」
日記を一通り見終わると、凛久は一言呟く。
その呟きに、クウがどうしたのか聞いているように首を傾げる。
「俺たちの荷物は蒼に預けてある」
「ワゥ……」
いつものザックは、戦闘訓練の邪魔になる。
そのため、魔法の指輪を持つ蒼が、凛久の荷物を預かってくれていた。
そのことを確認するように、凛久はクウに説明する。
そこまでは、クウも理解しているらしく頷きを返す。
「念のための食材もだ」
「ッ!!」
凛久の言葉を聞いて、クウはすぐに何がまずいのか理解したようだ。
「つまり、魔物を倒さないと、俺たちも餓死すること間違いなしって事だ……」
「ワ、ワゥ~……」
食材は蒼が持っているということは、自分たちは何も持っていないということ。
外の化け物あれを見たすぐ後だというのに、魔物を倒さないといけない。
そんな状況に自分たちは追い込まれているのだ。
あんなの魔物がウロウロする場所で、どうやって倒せばいいのか。
どう考えても倒すことは困難なため、凛久とクウは気が重くなる。
「なんでこんなことに……」
「クゥ~ン……」
ここで数話前の冒頭に戻る。
4畳半の一室で、全く先が見えない状況に、凛久は愚痴るように呟くしかなかったのだった。
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