第39話 逃走

『強いな……』


 蒼・風巻コンビと野木衆の戦闘が始まり、身を隠し離れた場所からそれを眺めていた凛久は、心の中で素直な感想を述べた。


『……あの2人』


 凛久が強いと感じたのは、野木衆の方ではない。

 蒼と風巻のコンビの方だ。

 もちろん、野木衆の者たちも、今の凛久や従魔のクウでは野木衆の一人とも相手にできないほど強い。

 しかし、そんな敵が集団になって攻めかかってきているというのに、蒼と風巻はひらひらと躱し、反撃へと転じている。

 改めて、自分との強さの違いを見せつけられた気分だ。


「ハッ!!」


「ぐあっ!!」


 また1人、野木衆の者が蒼の刀で傷を負う。

 斬られる寸前に体を捻ることで、辛うじて即死になるのを防いだようだが、その傷はかなり深い。

 回復薬でも使用しない限り、数分で命を落とすだろう、


「シッ!!」


「ギャッ!!」


 蒼の反対側では、風巻が同じように野木衆の1人を短刀で斬り裂き、重症者を増やしていっていた。


「……なんて強さだ。しかし……」


 蒼たちには攻撃が通じず、仲間ばかりが倒れていく。

 その現状を見て、指揮官の男が小さく呟いた。

 傷ついた仲間を回復させて再度戦わせたいところだが、不用意に近付けば蒼の刀に斬り裂かれる。

 そのため、仲間の回復よりも蒼たちの始末を優先するしかない。


「どうした? その人数で我々に勝てないとは」


「やはり野木衆はたいしたことないな……」


「くっ!」


 仲間を助けたいが、それは難しい。

 ならば蒼たちを先に始末すればと攻めかかるが、蒼たちに自分たちの連携攻撃が通用しない。

 30人近くいた野木衆の者たちが段々と減り、指揮官の男も焦りの表情を見せる。

 それを見た蒼と風巻は、更にその焦りを煽るように挑発する。

 数で有利であっても、不利な立場なのはこちら。

 それを理解している指揮官の男は、2人の余裕から来る煽りだと理解し、悔しそうに歯を食いしばるしかなかった。


『想定以上に強くなっている。初代様に比肩する程の才というのは本当だったようだな……』


 蒼が日向から姿を消してから数年。

 その才から、相当な強さになっていることは予想できた。

 1人で100人の一般兵を相手にできると言われるのが野木衆で、1人でその10倍の兵を相手にできると言われているのが花紡衆だ。

 30人もいれば、蒼が成長していてもどうにかなると考えていたが、その見積もりは甘かったようだ。

 この人数でこのまま戦っても、多少の傷を負わせる程度しかできそうにない。


『この力に異世界人の知識が加わるとなると、頼吉様の天下も危ういかもな……』


 自分たち野木衆が次男の頼吉派に加わったことで、長男の克吉派をジワジワと追い詰めて行っている。

 半年もしないうちに、克吉を討ち取ることができるだろう。

 しかし、蒼が日向に戻って来たらどうなるか分からない。

 克吉が蒼と手を組むようなことはしないと思うが、蒼と花紡衆だけでも面倒かもしれない。

 それだけなら、まだ数で押しつぶせるかもしれないが、異世界人という未知数の存在まで加わったら、数の論理も通用しないかもしれない。

 指揮官の男は、頭の中で現状をどう打破すべきかを考え始めた。


「……退くぞ!」


「「「「「っ!!」」」」」


 指揮官の男が現状から考え出した答えは、どうやら退却だったらしい。

 その指示を受け、まだ無傷の野木衆の者たちは、戸惑うような反応を示した。

 10人程仲間が数人やられていて、しかもまだ助けられるかもしれない。

 それを見捨てて逃げるには、尚早な判断だからだ。


「いいから退け!」


「「「「「ハッ!!」」」」」


 戦場では指揮官の指示に従うしかない。

 野木衆の者たちは上司のの指示に従い、逃走を開始した。


「逃がすか!!」


「風巻?」


 逃げるなら深追いする必要はない。

 蒼はそう判断したが、風巻は違うようで、逃げ出す野木衆の者たちを追いかけ始めた。

 その理由がわからないが、戦場の判断は風巻の方が上。

 蒼は戸惑いつつも、風巻と共に野木衆を追いかけ始めた。


「奴らは上の階で身を隠し、脱出を図る我々を狙うつもりです!」


「くっ! そう言えば不意撃ちが奴らの常套手段だった……」


 正々堂々戦っても、負ければ賊軍。

 御庭番の花紡衆も同様だが、野木衆の方がそう言った思いが強い。

 指揮官の男が尚早に逃走を選択したのは、本当に逃げるためのものではない。

 この迷宮を利用して、蒼たちのことを奇襲するつもりなのだと風巻は読み取った。 

 あのまま戦っても、自分と風巻に重傷を負わせることはかなり難しいが、奇襲攻撃となると話が変わってくる。

 可能性を考えるなら、むしろ奇襲攻撃の方が上だ。

 風巻の説明を受けた蒼は、納得すると共に、追いかけるその足を速めた。


「くそ! 身を隠す暇もない……」


 野木衆を追いかけながら斬りつけていく蒼と風巻。

 2層ほど上に進む間に、追いつかれた者は少しでも時間を稼ごうと反撃に出る。

 しかし、集団で襲い掛かって来ない野木衆は、蒼と風巻の相手にならない。

 数を減らしながら、ジワジワと追いつかれて来た指揮官の男は、身を隠しての奇襲は不可能だと迎撃態勢に入った。


「フッ! お前らの逃走劇もここまでだな?」


「…………」


“ニヤッ!”


 奇襲攻撃を阻止し、逃走も不可能。

 追い詰めた蒼は、指揮官の男に笑みを浮かべて問いかける。

 その問いに、少しの間無言でいた指揮官の男だったが、何故か蒼に笑みを返してきた。


「確かに我々は追い詰められた……」


「…………?」


 追い詰められているというのに、何故この男は笑みを浮かべているのか。

 不思議に思った蒼は、思考を巡らせる。


我々は・・・、なっ!」


「っっっ!? まさかっ!?」


 指揮官の男が一部強調した言葉を受け、蒼は自分の失態に気が付いた。






◆◆◆◆◆


「どうやら蒼たちが勝ったみたいだな?」


「ワウッ!」


 蒼たちが敵を追いかけて行ったを見て、凛久は安心から一息ついていた。

 今回は蒼たちのお陰で退散させたが、野木衆にアカルジーラ迷宮にいることがバレていたことも問題だ。

 もしかしたら、次回は今回以上の人数で向かって来るかもしれない。

 それも、明日には花紡州の者たちが来ることで何とかなるはずだ。

 花紡衆よりも野木衆の方が人数が多いといっても、日向から離れた地に大人数を派遣できるような状況ではないはずだからだ。


「早く強くならないとな……」


 ここに来てから魔法の腕も上がったが、凛久は今回のことで自分が蒼たちにとってまだまだ足手まといでしかないことが分かった。

 そのため、明日から向かう下層での戦闘で、もっと意識を高く挑まなけれあならないと気を引き締めていた。


「っっっ!! ワウッ!!」


「んっ? 魔物か?」


 凛久が明日からのことを考えて蒼たちを待っていると、急にクウが騒ぎ出した。

 ここは迷宮。

 魔物が近付いてきたのかと思い、凛久は武器を構えた。


「なっ!!」


「見つけたぞ!」


 クウの鳴く方向に目を向けると、魔物以上に厄介な存在が凛久の目に入った。

 その装束は、蒼たちが戦っていた相手と同じ。

 野木衆の者たちだ。


「クウ!! 全力で逃げるぞ!!」


「ワウッ!!」


 何で上に向かって行ったはずの野木衆がここにいるのか。 

 そんな事を考えている場合ではない。

 それよりも、蒼たちが来てくれるまで逃げきるしかない。

 魔力を全身に纏って身体強化をした凛久は、クウと共に野木衆の居る方向とは逆へ向けて走り出した。


「待ちやがれ!!」


「くっ!! やっぱ速ぇー!!」


 クウのお陰で、野木衆の発見が早かった。

 魔力切れを考えず全力で身体強化すれば、時間が稼げると凛久は考えていたのだが、やはり野木衆の者たちの足は速い。

 かなり離れていた距離が、ドンドンと縮められてきた。


「あそこだ! あの部屋に入って、蒼たちが助けに来るまで身を隠すぞ!」


「ワウッ!」


 全力で走っているため、どこをどう逃げているかなんて分からないが、凛久は必死に記憶の中の地図を思いだす。

 その記憶の中から、この先に丁度良く身を隠せる部屋があることを思いだした。

 戦っても勝てない以上、身を隠してやり過ごすしかないため、凛久はクウと共にその部屋へと入り、扉を閉めた。


「えっ!?」


 このまま扉を土魔法でガチガチに固め、時間を稼げば助かるはず。

 しかし、凛久は土魔法を発動することはできなかった。

 何故なら、凛久たちが扉を閉めてすぐ、室内の魔法陣が発動したからだ。


「えっ?」


 魔法陣が発動した光に目を瞑り、それが治まると共に凛久は目を開く。

 すると、室内に変化が起きていることに気付く。

 扉の位置が変わっていたのだ。


「……ここどこ?」


「ワウッ?」


 何が起きたのか理解できず、凛久は思わずクウに尋ねる。

 その問いに、案の定、クウも首を傾げていた。


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