第38話 尾行
「今日はあと少し進んだところで帰ろう」
「えっ?」
魔物を倒して解体を終えた凛久たちは、先へ進むべくアカルジーラ迷宮内を歩き出した。
下の階へと続く階段を下りる時、後ろにいる蒼から発せられた指示に、凛久は驚きと共に振り返る。
「まだ余裕あるけど?」
「それは成長しているってことだから良いことなんだけど、理由があるんでね」
アカルジーラ迷宮で、この数日ほぼ1人で魔物を倒していたこともあり、凛久のステータスは上昇しているようだ。
それを証明するように、魔力消費による疲労は少なく、まだ余裕がある状態だ。
その言葉で、蒼は凛久が順調に成長していることを喜ぶが、帰還の考えを改めるつもりはないようだ。
「理由? どんな?」
蒼が少しでも早く日向に帰るためには、凛久の成長がカギになっている。
それなのに、余裕がある内に迷宮での戦闘訓練をやめて地上に帰還する理由が分からないため、凛久は蒼にその理由を尋ねた。
「ここは攻略をされたことが無いから、中層までの地図しか売り出されていない。これから先を進むとなると、自分たちで地図製作進めていくしかないため、気を付けないとどんな罠や魔物に遭遇するか分からない」
「……うん」
アカルジーラ迷宮は、いまだ攻略されていない迷宮だ。
長い年月によってどれほど深くまで成長しているか分からないが、下層となると高ランク冒険者でもパーティー内にいないと到達できない。
下層に行けば魔物の強さも段違いになるだろうが、その分素材の価値は跳ね上がる。
そんな下層の地図を持っていたらわざわざ他に公表する訳もなく、タゴートの町のギルドでは販売されていなかった。
地図もないところを進むには、蒼たちでも気を使う必要がある。
そこまでを説明されて頷くと、凛久は話の続きを待った。
「安全に進めるためにも仲間が多い方が良い。仲間が集まるのが明日。だから明日から本格的に下層を目指すことにして、今日は速めに切り上げるんだ」
「なるほど……」
初代日向国王王妃の予知夢で異世界人が現れるという情報はあったものの、どこに現れるということまでは分からなかった。
そのため、蒼は配下の花紡衆を世界に散らばらせていた。
その彼らの半分は日向国内の情報収集に、残り半分は凛久の成長の補助をしてもらうために、タゴートの町へ招集している。
速い者でも明日には到着するだろう。
自分たちの安全のためにも、蒼は彼らが到着してから下層へ向かう予定なのだそうだ。
その説明だと、下層は蒼たちでも気を付けないと命を落とすことになる場所だということだ。
それを聞いて、階段を下りる足を進めながら、凛久は警戒心を上げたのだった。
◆◆◆◆◆
「上の階とあまり変わらない魔物みたいだな……」
まだ地図のある中層。
とはいえ、警戒心を上げた凛久は、魔物がそこまで変化していないことに安堵した。
「「「…………」」」
「……どうした?」
今倒した魔物の魔石を取り出した凛久は、蒼と風巻、それに従魔のクウが無言でいることが気になった。
2人と1匹のその表情から、あまり良い雰囲気でないことは分かる。
そのため、凛久は控えめな声で蒼たちに尋ねた。
「何者かに尾けられているようだ」
「そのようですな。しかも、結構な数かと……」
「っっっ!?」
迷宮内での尾行なんて、明らかにおかしい。
蒼たちが間違えるとも思えないし、冗談とも思えないため、凛久は蒼と風巻の会話に驚いた。
「しかも、なかなかの手練れとみえる……」
「そんな……」
冒険者の間では、揉めた同業者を迷宮内で始末するという行為が起きたりする。
直接手を下せば、町に入る時の身分証で犯罪行為がバレることがあるが、それはある方法によって誤魔化すことできる。
身分証で犯罪がバレるのは、直接手を下した人間のみ。
ならば、犯罪を犯した者は町に入らなければいい。
町の近くで野外生活すれば、魔物もそこまで頻繁に出たりしない。
それに、仲間の協力があれば、衣食の問題なんて全くない。
それはともかく、問題なのは凛久にはタゴートの町で揉めた覚えがないため、どうして尾行されているのか心当たりがないことだ。
どうにかして逃げたいところだが、しかも、蒼たちが手練れというほどの者が数人となるとそれも難しいかもしれない。
「凛久はクウと共にそこの通路に隠れていてくれ。敵の相手は私と風巻でやる」
「……分かった」
この状況に、蒼は相手の出方次第では迎撃をする事を選択する。
そして、凛久に避難の指示を出した。
一緒に戦うのではなく隠れていろと言うことは、今の自分では足手まといにしかならないということだろう。
2人に任せて自分は隠れていることしかできないなんて悔しいが、仕方がないと凛久は受け入れた。
「……出てこい!」
「「「「「…………」」」」」
凛久とクウが姿を隠したのを確認し、蒼と風巻は迷宮内でも開けた場所で敵を待ち受ける。
そして、敵がなかなか近付いてこないのを確認し、大きな声を出して尾行がバレていることを教えた。
蒼の声を受け、敵もこれ以上隠れているのは無意味と判断したのか、ゾロゾロと蒼たちの前に姿を現した。
「……その恰好。野木衆の者だな……?」
『っ!! 野木衆? 蒼と敵対する勢力の?』
魔物に警戒しつつも耳を澄ましていると、蒼の声が聞こえた。
凛久がいるのは、姿を隠しつつも会話がギリギリ聞こえる位置のようだ。
その中で出て来た野木衆という言葉に、凛久は声を出さずに驚いた。
それは、風巻の花紡衆と比肩する忍びの勢力で、現在の日向では蒼の敵対勢力になった一族のことだ。
日向は東大陸の中でも極東に存在する島国。
南大陸の東のアカルジーラ迷宮は、その日向からはかなり離れているというのに、どうして野木衆がいるのだろうか。
「犬ともう1人が一緒にいたはずだが?」
「何のことだ?」
「惚けるか……」
野木衆の中でも、1人違う雰囲気を醸し出す壮年男性が蒼へと話しかけてくる。
どうやら、指揮官のようだ。
どこから尾行していたのか分からないが、凛久とクウの存在も理解しているようだ。
「まあいい。この場で全員始末すればいいだけのことだ」
「できると思っているのか?」
隠すのは何か理由があってのこと。
野木衆の指揮官の男は、右手を上げて仲間に戦闘態勢に入る合図を送る。
それに合わせるように、蒼と風巻も武器に手を添えて戦闘態勢に入る。
「できるさ。お仲間はまだ到着していないだろ?」
「…………」『そのことも調べがついているって事ね……』
どこから漏れたのか、彼らは花紡州の者たちが明日到着するという情報まで入手しているようだ。
蒼たちに揺さぶりをかけるために話したのかもしれない。
そのことを理解しているのか、蒼は表情に出さず、心の中で愚痴るしかなかった。
「やれ!」
自分の言葉に反応しない蒼と風巻を見て、これ以上会話による揺さぶりは無意味と判断したのか、指揮官の男は上げていた右手を下ろし、蒼たちへと襲い掛かるように指示を出した。
その合図を受けて、30人近い野木衆の者たちが蒼たちへと襲い掛かっていった。
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