第8話 魔物との戦闘
「ハッ!!」
「おぉ、いいぞ」
訓練用に渡された木刀で攻めかかる凛久。
それを蒼は一歩も動くことなく対応する。
相変わらず、蒼の持っている木の枝を折ることはできない。
たまたま拾っただけの木の枝だというのに、どうして折れないのか不思議だ。
「ハァ、ハァ……」
「始めて3ヵ月か。随分動けるようになったな」
「……そうかな?」
体力の続く限り攻め込んだが、結局今日も蒼の持つ木の枝を折ることができなかった。
そのため、褒められてもあまり嬉しく思えない。
むしろ、素振りも言われた通りにやっていてこれでは、進展がないようで心が折れそうだ。
魔法を使うために、蒼の協力を得て魔力の操作をする練習もしているのだが、そっちも使いこなせないでいる。
そっちの面でも心が折れそうだ。
進展があったことといえば、蒼との関係くらいだ。
同じ位の年齢だと思っていたのだが、聞いたら蒼は20歳だという話だ。
年上に敬語を使われるのは気が引けると蒼に言われ、凛久は敬語をやめることにした。
「実感湧かないか?」
「まあね……」
言語は段々と発音も良くなりつつあるが、異世界転移したというのに剣も魔法も全くチート要素がない。
仕方がないので、地道に訓練するしかないのだが、蒼を疲れさせることすらできないのでは、実感わかないのも当然だ。
「じゃあ、今日は魔物との実戦をしてみよう」
「えっ! いきなり!?」
実感が湧かない凛久の心情を察してか、蒼がいきなりの提案をして来た。
「……大丈夫かな?」
「大丈夫。もしもの時は私が助ける」
「分かった。やってみるよ」
自己錬と蒼との訓練で少しは動けるようになっているとは思うが、魔物相手に戦えるか分からない。
不安そうにしていると。蒼はフォローをしてくれると申し出る。
それならば安心だと、凛久は魔物との戦闘をすることを決意した。
「じゃあ、ちょっと待っていてくれ。魔物を捕まえてくる」
「う、うん」
凛久の決意を聞いて、蒼は軽い口調で告げて魔物を捕まえに森へ向けて走り出した。
一緒に森に入って魔物を探すと思っていたのだが、どうやらここで戦うらしい。
それよりも、魔物を捕まえると軽く言うが、危険ではないのだろうか。
「お待たせ」
「……あ、あぁ」
少し心配しながら待っていると、蒼はすぐに戻ってきた。
その右手には、一羽の兎がぶら下がっている。
こんなに早いのなら、心配するだけ無駄だったようだ。
「相手にするのは一角兎だ。こいつの角は危険だが、それに気を付ければたいしたことない」
「……分かった」
危険といわれて、凛久は初めてこの世界に来た日のことを思い出す。
ゴブリンが一角兎に胸を貫かれて、死に絶える姿をだ。
気を付けないと自分も同じ目に逢うかもしれないと考えると、血の気の退く思いだ。
「よけそこなっても急所だけは避けてくれ。回復薬は持っているから」
「……縁起の悪いこと言わないでくれよ」
注意のつもりのようだが、冗談交じりにいうから、またもあの時のゴブリンを思いだしてしまう。
「じゃあ、放すから、武器を構えてくれ」
「木刀で良いのか?」
一角兎と戦うのはいいが、凛久は今は木刀しか持っていない。
不安に思った凛久は、武器のことを問いかける。
「刃物だとすぐに終わってしまうかもしれないからな。訓練のためには木刀で充分だよ」
「なるほど……」
聞いた話だと、一角兎は魔物の中で弱い方の部類だ。
そんなのを刃物で相手しても、一回のやり取りで終わってしまう可能性がある。
これはあくまでも訓練のため、すぐに倒してしまっては、また探して捕まえて来ることになる。
そんな時間の無駄を回避するために、木刀で相手をする事を指示された。
それもそうだと感じた凛久は、言われた通りに木刀を構えた。
「シャーッ!!」
「…………」
蒼の手から放たれた一角兎は、近くにいる凛久に目を向け威嚇をしてくる。
そんな一角兎に対し、凛久は冷静に木刀を構えた。
「シャーッ!!」
様子を窺っていた一角兎は、しびれを切らしたのか凛久へと襲い掛かる。
蒼から注意されていたように、一直線に向かっての角攻撃だ。
「フンッ!」
初めて見た時とは違い、今回はどう戦えばいいかが分かっている。
そのため、凛久は冷静に一角兎の攻撃を躱した。
「グルッ!!」
攻撃を躱された一角兎は、すぐに振り返り凛久を睨みつける。
そして、またも一直線に凛久へと迫った。
「ハッ!!」
「ギッ!!」
先程と同様に、凛久は一角兎の攻撃を躱す。
しかし、先程とは違い、今度は躱すと同時に攻撃をする。
凛久の攻撃が当たり、一角兎は悲鳴を上げる。
「浅い! しっかり踏み込まないからだ。魔物を相手にするのなら、やらないと逆にやられるぞ」
「お、おう!」
攻撃を受けた一角兎はよろけるが、すぐに体勢を立て直す。
そこで蒼からの注意が入った。
さっきの攻撃で一角兎を倒せんなかった理由。
それは蒼の言うように踏み込みが浅く、木刀の先が当たっただけだったからだ。
注意を受け、返事をした凛久は、木刀を構えて息を整える。
『やらないとやられる……』
蒼に言われたことを頭の中で反芻する。
平和な日本で生まれ育ったこともあり、心のどこかで生き物を殺すことへの忌避感があったのかもしれない。
しかし、相手は魔物。
放置すれば人間に危害を与える生物だ。
今後、もし遭遇した時にしっかりと対処できるように、凛久は覚悟を決めた。
「シャーッ!!」
「ハッ!!」
「ギャッ!!」
一角兎はまたも突っ込んでくる。
それを躱し、凛久は木刀を持つ手に力を込める。
そして、一歩前へ出して地面を踏みしめると、一気に木刀を振り下ろした。
凛久の木刀が一角兎の首に直撃する。
攻撃を受けた一角兎は吹き飛んで行き、地面へ倒れると動かなくなった。
「ふう~……」
「ご苦労さん。見事だった」
一角兎を倒すことに成功した凛久は、緊張を解いて深く息を吐く。
首の骨を折った感触に、手の力が抜ける。
これが命を奪うということなのかと実感していた。
そんな凛久に、蒼は労いの言葉をかけた。
「注意点を言うのなら、虫系統の魔物は首を斬り離しても動く場合があるから、きちんと動かなくなるまで気を抜くなよ」
「あぁ、分かった」
一角兎などの動物系よりも、虫系の魔物の生命力は強い。
首がなくなっても動くなんて、完全にホラーだ。
もしもそのようなことになった時に慌てないよう、凛久はその説明を心にとどめた。
「あと、次は倒した魔物の解体だ。一角兎は色々と使えるからキッチリ覚えておいた方が良い」
「……えっ?」
一角兎の肉は、町中で売られていて、ギルドでも結構な確率で採取依頼が張り出されている。
それだけポピュラーな肉だということだ。
倒したらこのまま放置するという選択はない。
そのため、蒼は解体を始めることにした。
殺すだけでも結構きついのに、そのうえ解体なんて凛久には考えられなかった。
吐くかもしれないと思いつつ、凛久は蒼に解体を教わった。
料理で魚を捌く経験があるからか、凛久は特に気持ち悪くなることもなく、解体方法を覚えることができた。
解体した一角兎の肉を調理してもらい、凛久たちはその日の夕食に舌鼓をうったのだった。
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