第7話 訓練

「じゃあ、まずは剣の適正だな」


 約束から2日後、凛久は蒼に武術の指導を受けることになった。

 いつものように町のすぐ近くの草原に来ると、凛久は軽く動いて体をほぐす。


「訓練用の木刀だ。まずはこれを好きに振ってみてくれ」


「はい」


 体が温まってきたところで、蒼は凛久に一本の木刀を渡してきた。

 受け取った凛久は、木刀を構えて素振りを始めた


『懐かしいな剣道の授業以来だ』


 凛久の高校では、週に一回剣道の授業があった。

 素振りを始めた凛久は、そのことを懐かしく思っていた。


「……少しは剣を習っているようだね?」


「簡単な型だけです。実戦経験は全然ありません」


 凛久の素振りを見て、蒼は感心したように呟く。

 その素振りが完全な素人ではなかったからだ。

 才能なしに思われなかったのは良かったが、あくまでも持ち方や振り方を習った、素人に毛が生えた程度でしかないのは自分でも分かっている。

 防具を付けての試合もしたが、ここではそういったわけにはいかないため、凛久は魔物と戦うための指導がほしい。


「薬草採取の場合、魔物に滅多に遭遇することはないが、遭遇したとしても弱い魔物が多い。型はできているようだし、後はできる限り素振りをして、速度を上げるだけで充分だと思うぞ」


「そうですか?」


 森で見たゴブリンなんかと遭遇した場合、にわか剣道で倒せるのか疑問だ。

 しかし、蒼が言うのなら、薬草採取のついでに地道に訓練するのが良いかもしれない。


「とりあえず、動きながらの訓練もしておこう。私は受けるだけだから、遠慮なく打ち込んできてくれ」


「はい!」


 蒼としては、今日は型を教えて終わりにするつもりでいた。

 しかし、凛久の素振りを見て気が変わった。

 型ができているなら、後はそれを動きながら使えるかどうかだ。

 近くに落ちていた木を拾い、蒼は凛久にかかってくるよう手招きした。






「ハァ、ハァ、ハァ……」


 本気で当てるつもりで蒼に木刀を振ったが、当たるどころか掠りもしない。

 結局体力が尽き、凛久は大の字になって倒れた。


「まぁまぁだね。やっぱり訓練不足なようだね」


「ハァ、ハァ、ありがと……」


 蒼の持っている木の枝すら折れないというのに、本当に訓練次第で何とかなるのだろうか。

 礼を言いながらも、凛久は不安げな表情でいた。


「……そうだ。魔法を覚えるか?」


「魔法ですか? でも覚えるには時間がかかるって本で読んだんですけど?」


 凛久の不安を感じ取ったのか、蒼は魔法の使用を提案してきた。

 この世界に来て、たまたま蒼が魔法を使う所を見た。

 やはり異世界といったら魔法。

 そう感じた凛久は、どうしたら魔法が使えるようになるのかを調べた。

 すると、魔法を使えるようになるには、長い訓練が必要だと魔法の本には書かれていた。

 転移者チートとして、すぐに魔力の探知ができる訳もなく、凛久は結構な割合で諦めていた。


「確かに、魔力を感じるだけでも何年もかかるもんだ。だけど、実はそれを短縮する手がないわけではない」


「えっ! 本当ですか?」


 凛久が見た本のなかには書かれていなかったが、どうやら何か裏技的なものがあるのだろうか。

 諦めていた分、一気に期待値が上がった凛久は勢いよく上半身を起こして反応した。


「魔力を使える者に、少しだけ魔力を流してもらう。それで、一気に解放された魔力を操作できれば、使用できるようになる」


「そんな方法で……」


 魔力を流してもらうだけで使えるようになるのだったら、誰もが使えるようになるのではないだろうか。

 思ったよりも簡単そうな方法に、凛久は若干拍子抜けした。


「まぁ、心身の訓練が不足している者は、大抵操作できずに魔力切れまで垂れ流す言ことになるけどな」


「え゛っ?」


 使えるようになる可能性はあるが、結局は心身を鍛えていないと使えないのではないか。

 蒼の言葉に、凛久はテンションが落ちた。


「魔力切れになったら、どうなるんですか?」


「気を失う。半日近くは寝込むかもな」


 念のため魔力切れウィた時のことを凛久が尋ねると、蒼は端的に答えた。

 使えるようになる可能性が低い上に、デメリットが多い。

 半日寝込んでいたら、仕事の時間も削られてしまうではないか。

 せっかく可能性があると思っていたのに、どんどんまた諦めの気持ちが強くなってきた。


「魔力を使いこなすには心身の鍛錬も必要だが、才能のある人間は結構すんなりできるようになることもある。可能性に賭けて試しにやってみても良いんじゃないか?」


「……そうですね。やってみたいです」


 才能があるかどうかわからないが、やっていないと分からない。

 使えたら儲けものくらいの気持ちで、凛久は蒼の言う方法を試してみることにした。


「下手な者にやられると、場合によっては命を落とすこともある。だから人は選んだ方が良い」


「……そんな危険なんですか?」


「あぁ、まぁ、言い出した責任もあるし私がやるから大丈夫だ」


「お願いします」


 命に係わると聞いて、凛久は一瞬引いた。

 しかし、蒼の自信ありげな態度に安心し、お願いすることにした。


「ここでやったら、私が気絶した君を運ぶことになる。帰って宿屋でやるとしよう」


「そうですね。じゃあ、俺は少し薬草採取して帰ります」


「そうか。じゃあ、私は先に帰っているよ」


「はい」


 たしかに、この場で魔力切れになったら、蒼に迷惑をかけることになる。

 そのため、寝込んでも良いように宿屋でやるのがベストだ。

 剣の訓練をしたが、まだ昼。

 せっかく草原に来ているのだから、凛久は少し薬草を採取してから帰ることにした。

 いつも魔物の相手をしているので、今日は休もうと考えた蒼は、先に宿へ戻ることにした。

 魔力操作の訓練を宿屋ですることを約束して、2人は別れた。






「じゃあ、始めようか?」


「はい。お願いします」


 ベッドの上で座禅を組んだ凛久の背中に手を当て、蒼が問いかける。

 約束通り、魔力操作の訓練を試してみるためだ。


「魔力が流れると心身に負担が来る。けどそれに耐えて、操作するように集中するんだ」


「分かりました」


 魔力を流す前に、蒼は簡単なアドバイスをする。

 そのアドバイスを胸に、凛久は深呼吸をした。


「行くぞ!? ハッ!!」


「ぐっ!!」


 蒼が言っていた通り、魔力が流されたと同時に凛久は一気に疲労を感じる。


「これが魔力?」


 全身をわずかに覆うように、オーラのような物が見える。

 どうやらこれが魔力のようだ。


「感心していないで、体内の魔力を感じ取って操作するんだ。今の凛久の状態は、体内の魔力が放出されて行っている状態だからな」


「は、はい!」


 このままだと、魔力切れで気を失ってしまうということだ。

 蒼に言われて、凛久はすぐに集中する。


「……あれっ?」


「……無理だったか」


 少しの間体内の魔力を操作するように集中していた凛久は、急に眩暈のようなものを感じる。

 すると、そのまま一気に視界が暗転し、ベッドに倒れ込んだ。

 それを見た蒼は、思った通りと言わんばかりに、ため息を吐いたのだった。


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