第9話 ペット
「う~ん……」
「ワウッ!」「ワウッ!」
数匹の小さい犬が凛久の足下に寄ってくる。
凛久は悩ましそうに、その犬たちを撫でる。
「ハッハッハ……」
どの犬も人懐っこい。
生まれてからずっと人間に育てられているからだろう。
「これで
そう、凛久が言うように、この子犬たちは見た目可愛らしい柴犬なのだが、れっきとした魔物なのだそうだ。
「
「そうか、日向に帰るのか……」
この世界に来て、もう半年が経ってしまった。
生きるために必要なことを蒼から教わり、今は特に問題なく過ごせている。
そうなって、ようやく凛久は、本格的に元の世界に帰る方法を探し始めることにした。
異世界にある故郷に帰ると言っても、そんな荒唐無稽な話を信じてもらえるとは思えない。
そのため、凛久は若干ぼやかすように蒼へと告げた。
すると、故郷と聞いた蒼は、この世界の日向という国のことを言っていると勘違いしたようだ。
しかし、凛久の言っている故郷とは日本のことだ。
「最近は1人で森の中に行けるようになったし、無茶さえしなければ何とかなるだろう」
蒼の言うように、最近凛久は町の近くの森の中に入れるようになった。
訓練をして魔物を倒せるようになった凛久は、どうしても確認したいことがあった。
それは、この世界に来る時に通ったトンネルだ。
微かな期待と共に、トンネルがないか確認に行ったが、やはりただ岩が存在しているだけで、結局見つかることはなかった。
「魔力も操作できるようになったし、魔法の練習も忘れるなよ」
「あぁ」
旅に出るきっかけはもう1つ。
週に1度蒼の協力を得て、魔力の操作ができるようになった。
とは言っても、魔力を動かせる速度は遅く、とても戦闘で使えるレベルには達していない。
それでも、裏技を使って半年なら才能ある方だという話だ。
ただ、有名な魔法使いたちなら、同じ方法を使って2、3カ月で操作できるよになるという話なので、やはりチート能力はないようだ。
それでも、凛久からすれば魔方が使えるのは嬉しい。
突然送り込まれたとはいえ、異世界に来たら魔法が使えないと面白くない。
「旅ができるまでになったのは、良い師匠のお陰だな」
「フン。師匠なんて呼んだことないだろうが」
「ハハッ」
凛久と蒼は軽口を交わす。
しかし、凛久のその言葉に嘘はない。
何の知識もなくこの世界に来た自分が生き残れたのは、蒼のお陰としか言いようがない。
感謝してもしきれないくらいだ。
「1人で旅をするのか?」
「あぁ、そうだけど?」
ずっとこの町とその岩を往復をして過ごすのは時間の無駄な気がするため、何か帰還への情報がないかを見つけたい。
その情報次第ではどこへでもすぐに移動したいため、誰かと行動を共にするのは何かと不便になる。
ならば、単独で行動するのが一番だと凛久は考えた。
しかし、蒼は凛久の単独での旅に難色を示した。
「一人で旅するのに危険なのは魔物だけじゃない。盗賊なんかに襲われる可能性もある。いち早くそれらを探知して回避する必要がある」
「盗賊か……」
魔物と戦えるようになることばかりを考えていたため、凛久は盗賊のことを忘れていた。
この世界では盗賊が存在しており、街道を通る商人や旅人を襲撃するということがたびたび起きているということだ。
旅を続けるなら、凛久も遭遇する可能性があるため、それを回避する方法が必要だ。
「そうだ! 従魔でも連れて行った方が良いんじゃないか?」
「従魔?」
「どいつも可愛いんだけど……」
話は戻り、そんな理由から凛久は奴隷商店に来ている。
この世界には奴隷売買が合法として存在していて、国に認可された人間が犯罪者を奴隷として売買している。
奴隷商が扱っているのは、人間だけではない。
従魔となる魔物も販売していて、いわばペットショップのようになっている。
蒼の助言を得て、凛久はどんな魔物が販売されているのかを見に来たのだ。
おすすめは鼻の利く犬や狼系の魔物だという話だというので、その系統の魔物を見せてもらった。
すると、そのなかにグラスドッグという犬種名をした柴犬そっくりの魔物がいた。
その犬を見せてもらうことになり、今に至っている。
「資金が足りない」
しつけもされていて主人の役に立つことから、ここでは成犬の方が高値で売買されている。
その金額は、凛久では手が出せない。
そのため、飼育としつけを自分でする手間がある分安値の子犬を見せてもらたのだが、これでも高い。
「資金を溜めてまた来るかな……」
主に薬草採取による収入によって、旅の資金は溜まっている。
使えるのは、訓練で倒した魔物の素材を売ったことによる資金だ。
これはあくまでも予備費なので使うのは躊躇われるが、それを全部使っても子犬を買うには足りない。
見せてもらって申し訳ないが、凛久は奴隷商店から出ようと考えた。
「あれっ? 何でこいつだけ安いんデスか?」
魔物の檻が並ぶ中、凛久は端にある檻に目が行った。
そこには、1匹の柴犬の子犬が丸くなっており、張り出されている値段が他のよりも安くなっていたため、不思議に思った凛久は近くにいた店員に理由を尋ねた。
ドーラ語もかなり話せるようになったが、まだ少しだけ欧米人のように鈍っているのは仕方がない。
「あぁ、そいつは元気もなく弱々しくて売れそうになくてな……」
ペットショップのようでも、この世界では売れるか売れないかが重要なため、扱う商品に対してシビアなようだ。
すぐに死んでしまうようなのを売ってしまえば、評判が落ちてしまう。
低いとはいえ、国の認可も取り消しにされてしまう可能性がある。
そんなことになる訳にはいかないための判断だそうだ。
「クゥ……」
「……こいつクダさい」
子犬が小さい声で鳴く。
その子犬の顔を少しの間眺めた凛久は、この子を従魔にする事を決めた。
「いいのかい? 買ってもすぐに命を落とすかもしれないぞ?」
「それでも、構わないデス」
「じゃあ、一応契約書にサインをくれ」
「はい」
後は金額を渡し、従魔契約をおこなえば終了だ。
しかし、この子の場合、すぐに命を落としてしまうかもしれない。
そうなった時に文句を言わないように、凛久は契約書にサインする。
「よろしくな」
「クゥ……」
契約を終えた凛久は、従魔となった子犬と共に奴隷商店の外に出る。
震える子犬を抱っこし、凛久は優しく撫でながら話しかける。
それに対し、子犬も小さく弱々しくも答えを返した。
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