第3話 冒険者登録
【いらっしゃい!】
【やあ、ご主人】
【蒼の旦那か。どうしたい?】
魔道具屋に入ると、蒼が店の主人らしき男性と会話を交わす。
凛久には何を話しているのか分からないが、どうやら見ていると知り合いのようなのは分かる。
【ちょっと彼のために翻訳の魔道具が欲しくてね】
【……旦那の知り合いかい?】
店主に話しかけられた蒼は、凛久のことを見て返答する。
それを受けた店主は、凛久のことを眺める。
その視線はなんとなく警戒している様にも見える。
【いや、違う。けど同郷のよしみだ。少し面倒見ようと思ってね】
【……おせっかいはほどほどにした方が良いぜ】
【あぁ、忠告感謝する】
蒼の説明を受けて、店主は嘆息する。
いくら同郷だろうと、初めて会った人間の面倒を見るなんてお人好し過ぎる。
身元が分からなければ、いつ面倒事に巻き込まれるか分からない。
蒼のことを心配だからこそ、店主は真面目な顔をして忠告する。
その気持ちを分かってか、蒼は店主に礼を述べた。
【日向の翻訳機ならこれだ】
【ありがとう】
少し話を交わすと、店主は本題に入る。
蒼が言っていた翻訳機を、商品の並ぶ近くの棚から持ってくる。
礼を言って店主から受けとると、蒼は凛久に手渡す。
「これは?」
「……翻訳機だ。それの電源を入れて耳に付ければ、ドーラ語を日向語に変換してくれる」
「へぇ~……」
コードレスの片耳イヤホンのような物を渡されたが、凛久には何だか分からないため、首を傾げる。
使い方が分からない様子を見て、蒼は一瞬訝し気な表情をしたが、簡単に使い方を説明した。
それを受け、凛久は言われた通りに電源らしきスイッチを入れて耳に装着した。
「兄ちゃん、この旦那に感謝しろよ」
「おぉ、分かる!」
翻訳機を付けた途端、これまで分からなかった店主の言葉が分かる。
そのことが嬉しく、凛久は店主の言った言葉が頭に入らず、思わず声を上げた。
「言っておくけど、君の言葉は日向語の分かる相手にしか伝わらないからな」
「えっ? ……あぁ、そうか……」
気付いているか分からなかったため、蒼は注意点を告げる。
その意味が一瞬分からなかったが、凛久はその意味をすぐに理解する。
これはあくまでも、ドーラ語というのを日本語と同じ言語である日向語というものに翻訳する道具なだけで、日本語(日向語)しか話せない凛久の言葉はドーラ語しか知らない相手には伝わらないということだ。
「でも、これさえあれば、何とかなる」
相手の言っていることが分からないということが、こんなに心細くさせるのかと実感した。
しかし、相手お言葉さえ分かれば、身振り手振りで対応できるはず。
そう思うと、凛久にはようやく光明が見えた気がした。
「じゃあ、次は許可証を作りにギルドだ」
「あっ、はい」
凛久が喜んでいる間にこの翻訳機の代金を支払ったらしく、蒼は店の入り口を指差す。
店を出てギルドへ向かうということだ。
その指示に従い、凛久は店の外へと向かった。
「あれっ? 蒼さんどうしたんですか? 魔物を狩りに向かったのでは?」
蒼の案内を受けて付いて行くと、かなり大きめの建物がある場所へと辿り着いた。
どうやらここがギルドの建物らしい。
そして、その建物の中に入ると、中にいた者たちはみな蒼に視線を向ける。
特に女性は、喜色の笑みを浮かべているように見える。
蒼が整った顔をしているからだろう。
そんな者たちの視線を受け流し、蒼は受付らしき場所にいる女性へと向かう。
書類に目を通していたその女性は、蒼に気付くと意外そうに尋ねてきた。
「あぁ、町から出ようとしたら彼に遇ってね。日向語を使っていたんで同郷のようなのだが、通訳役の友人が魔物にやられて、身分証の入った財布も落としたらしい」
「そうですか……。それは大変でしたね」
「いえ……」
蒼の説明を受けて、受付の女性は凛久に同情の言葉をかける。
どうやら凛久が付いた嘘を、本気で受け入れたようだ。
恩人の青いだけでなく彼女へも嘘をついているようで、凛久は心苦しく思いながら返事をした。
「ギルドに登録して身分証が欲しいんだが?」
「分かりました。ではこちらに名前の記入をお願いします」
「……すいません。書けないんですが?」
「……私が代筆しよう」
どうやら、登録するために必要らしく、凛久の現状を理解した女性は一枚の紙を差し出してきた。
名前を書きたくても、凛久はこの世界の文字が書けない。
それすらも出来ないと思っていなかったのか、蒼は少し固まったあと代筆を申し出てくれた。
「これでいいかい?」
「はい。承りました」
蒼が代筆した紙を、女性は受け取り確認する。
「では、このギルドの説明をさせていただきます」
「あっ、はい」
確認が済んだ女性は、いつものことのように説明を開始した。
読んでいたラノベと同様なら必要ないが、そうとも限らないため、凛久は黙って説明を受けた。
ギルドは基本A~Eの5段階で、Eから始めて、実力とギルドの仕事をこなしていくことで上がっていくらしい。
Aが最高かと思ったら、その上にSランクというものが存在するらしく、そこまでいくと、どこの国でも貴族扱いをしてもらえるらしい。
「こちらが身分証にもなるギルドカードです。持ち主判定のため、血液を一滴垂らしてください」
「えっ? 血液?」
「持ち主しか使えなくするためだ」
「へぇ~……」
説明を終えた女性は、凛久にカードと針を渡してきた。
そして、そのカードに血液を垂らすように言って来る。
それをする意味が分からないでいる凛久に、蒼が説明を付け加えてきた。
意味を理解した凛久は、指に針を刺し、言われた通りにカードへ血を一滴垂らした。
「名前とかスキルが出るが、全部を見せる必要はない。提示する時に見られたくないのは、意識するだけで他人には見られなくなるぞ」
「すごいな……」
血液を垂らしたことで、カードに文字が浮かんでくる。
異世界らしくスキルがあるらしいため、凛久は感心すると共に内心喜んだ。
しかし、その文字はドーラ語らしく、凛久は何も読めずに落胆した。
「一番上に書いてあるのが名前だ。最低でも名前を提示すれば犯罪者確認ができるから、文字が読めるようになるまでは名前を提示するだけにすれば良い」
「なるほど。分かりました」
文字が読めないのを知っているため。蒼は更にカードの使い方の説明をしてくれた。
Eランク冒険者だと、町の近くで薬草探しをするのがメインになりがちだという話なので、とりあえず町に出入りができだけで充分だ。
「身分証も出来たし、早速初仕事と行こうか?」
「えっ?」
この世界の言葉の聞き取り、それと身分証ができて、とりあえずこの世界を生きていけそうだ。
そんな安堵している凛久に、蒼は驚きの提案をして来たのだった。
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