第2話 町

「ハァ、ハァ……」


 川沿いを歩く凛久。

 可能性は高いが、ここが異世界なのかはまだ分からない。

 どちらにせよ、いつまでも森の中にいるのは危険だ。

 どうにか人を探して、この世界のことを問いたい。

 そのためにも、凛久は川の下流へ向けて歩を進めていたのだ。


「あっ!」


 川沿いを進んでいると。凛久の目に橋のような物が見えた。

 人の手により造られたと分かるような橋だ。


「道だ。これを伝っていけば……」


 見つけた橋に近付くと、そこには道ができている。

 道があるということは、町に続いているはず。

 そう考えた凛久は、その道を伝って歩き出した。


「やった! 町だ!」


 どれほどの時間歩いたのか分からないが、凛久はようやく森の中を抜け出すことに成功する。

 そして、森を向けた先に町があるのが見え、テンションのあがった凛久は思わずガッツポーズをした。


「っていても、あれどう考えてもおかしいだろ……」


 町は見えた。

 しかし、その見えた町というのが、かなりおかしい。

 壁のような物が町の周りに張り巡らされており、とても日本の町のようには見えない。

 凛久の中で、ここが異世界だという可能性がさらに高くなった。


【身分証の提示を】


「……マジかよ。日本語ですらない……」


 ようやく町の入り口らしき場所へたどり着くと、門番らしき者が話しかけて来た。

 ここに来るまでに、凛久は頭の中で色々シミュレーションをしていた。

 中に入るには身分証が必要なのではないか、持っていないと言った後に、理由を聞かれるのではないかと考えていたのだが、まさか言語が違うという最悪のことが起きた。


「え~と……」


【んっ? お前日向の国の人間か?】


 何を言っているのか分からない。

 そのため、凛久はどうしていいか分からず戸惑うことしかできないでいた。

 すると、凛久の顔を見た門番は、その場にいるよう指示するジェスチャーをして、すぐ側の門番所に向かって行った。


【誰か日向語が話せる奴いないか?】


【私は日向の者だ。私が訳そうか?】


【おぉ、旦那。助かるぜ】


 門番所に向かった門番は、仲間らしき者に話しかける。

 しかし、仲間の者が返答する前に、近くを通りかかった者が門番に話しかけて来た。 

 そして、門番はその者と共に、凛久の所へと戻ってきた。


「やあ。私はあおいという名で、日向の者だ。君はドーラ語が話せないようだな? 私が通訳するから答えてくれ」


「中原凛久といいます。すいません、助かります」


 日向、ドーラ語、などと言われても意味が分からないが、どうやら日本語があることは分かった。

 色々と質問をしたいところだが、凛久はひとまず蒼の質問に答えることにした。


「町に入るには身分証が必要なんだが、持っているかい?」


「すいません。財布を落としてしまって、ありません」


 どうやら思っていた通り、門番は身分証を求めていたらしいが、当然ながら持っていない。

 なので、凛久は用意していた嘘を吐くことにした。


【財布を落としたそうだ】


【……そうか。では仮の許可証を出そう】


 身分証の提示を待っていた門番に、蒼が凛久の証言を通訳する。

 それを聞いた門番は、身分証を落とすことは珍しくないらしく、すんなりと受け入れた。

 そして、また門番所に向かい、何やらカードを持ってきて、凛久へと手渡してきた。


「それは仮の許可証だ。身分証ができるまで、それを使って町に出入りするようにってことだ」


「分かりました……」


 小さい水晶のような物がついたカード。

 町の出入りをする時に使用するようだが、そもそも使い方が分からない。


「そこに触れてくれ」


「え? あっ、光った」


「青だから問題ないな。犯罪者だとその石が赤く光る」


「へぇ~」


 凛久がこのカードの意味や使い方が分からず首を傾げていると。蒼が教えてくれた。

 教わった通り、カードの丸いマークが書かれている所に触れて少し待つ。

 すると、カードについている水晶が光始めた。

 どういう原理か分からないが、どうやらこれで犯罪者かどうかを判定しているようだ。


「まぁ、この後ギルドで身分証を造ってすぐ返すことになるけど、あくまでも貸出だから失くさないようにな。失くすとバカ高い罰金を払うことになるぞ」


「分かりました」


 犯罪者判定できるすごいカードだと思ったが、どうやら結構貴重なカードらしい。

 もう、このカードやギルドとか言っている時点でここは異世界だと判断した凛久は、そもそもこの世界の金を持っていない。

 今日どうするか考えないといけないというのに、罰金なんて勘弁願いたい。

 そのため、凛久は恐る恐るカードをポケットに入れた。


「財布落としたって言うことは、罰金どころかギルドの登録料もないか……」


「登録料……」


 ギルドに行って登録をすれば、身分証を作れるのは予想通りだったが、登録するために料金が取られる可能性を失念していた。

 金無しのうえに言葉が話せないとなると、どうやって登録料を捻出すればいいのか分からない。

 完全にお手上げ状態だ。


「仕方ない。これも何かの縁だ。私が面倒を見よう」


「……えっ?」


 どうやって生きていけばいいか悩む凛久を見て、蒼は嘆息する。

 そして、町の中へ歩き出し、凛久のことを手招きした。


【兄ちゃん運が良かったな?】


「えっ? どうも……」


 交わしている言葉は分からなくても、2人の一連のやり取りを見てなんとなく理解したらしく、門番は凛久に声をかける。

 何を言われているかは分からないが、にこやかな表情からして悪口ではないだろうと感じ、凛久は門番に軽く頭を下げて蒼の後を追いかけて行った。


「そもそも、ドーラ語も話せずに、どうやって極東の日向から遠く離れたこの西の国まで来たんだ?」



 町中を進むなか、蒼は凛久に問いかける。

 蒼の見た目は凛久と同じモンゴロイド。

 この町の人間がネグロイドやコーカソイドばかりなので、彼が珍しいのかと思っていたが、どうやら故郷から遠く離れた地なようだ。

 そうなると、凛久的には痛いところを突かれた。

 蒼や自分のような見た目の人間が、自分たちの住む場所から遠く離れた地まで一言も話さずに来れるわけがないからだ。

 異世界人ですなんて言っても信用してもらえると思えないため、凛久はどうやって誤魔化すか考えた。


「……交渉は友人に任せていたので」


「その友人は? 魔物にでもやられたか?」


「……えぇ」


「それは悪いことを聞いた」


 思いついた言い訳は、そのドーラ語とかいうのを話せる友人と移動してきたということにした。

 その答えを聞いて、蒼は当然の質問をしてくる。

 しかし、その質問の仕方は助かった。

 凛久は俯きがちに返答することで、その架空の友人に死んでもらうことにした。

 どうやら蒼はそれで納得してくれたようだ。


「まずは言語だ」


「ここは?」


「魔道具屋だ」


「魔道具……」


 足を止めると、蒼は一つの店を指さす。

 身分証を作りに行くのかと思っていたが、どうやらその前にこの店に寄っていくらしい。

 文字が読めないので何の店か尋ねると、蒼は当たり前のことのように返答してきた。

 異世界らしい返答に、凛久は密かにテンションを上げつつ蒼の後をついて店の中へ入って行った。


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