【4】
あまりにも奇妙な光景だった。
灰色一面の上空に、不自然なほど無機質で真っ白な光を放ちながら、謎の飛行物体が漂っていた。
球体————、なのだろう。恐らくは。眩しくてよく見えないが、それは球体の形状をしていた。その周りを、まるで土星の輪のように、いくつもの光のリングが回転しながら囲っている。
「・・なんだ、あれ」
アキラと全く同じ疑問が口をついて出た瞬間だった。謎の飛行物体から、強烈な光が放たれ、辺り一面を覆いつくした。
「うわあああああっ」
「・・・きこえますか、きこえてますか。
とつぜんのできごとにおどろかれましたでせうか。もうしわけありませぬ。
どうかおちついてきいてください。りっすんとぅーみー。
いまげんざい、あなたがたのからだは、ただのふわふわになっておりますです。だからといって、もとにもどれないわけではないので、ごあんしんを。
じこしょうかいがおくれますた。われわれは、あなたがたがいうところの、未確認生命体です。宇宙人でも、思念体でも、ETでも、エイリアンでも、かまいません。それらにちかいものがわれわれです。でも、プレデターだけはかんべんな。
べつに、あなたがたに、きがいをくわえるつもりはないので、ごあんしんを。われわれはべつに、こんなほしをせいふくするつもりはありません。
きょうは、われわれのじっけんにつきあっていただきます。
いまから、このまちを、じっけんじょうへとぶっしつへんかんいたします。しょうしょうがいねんもいじくって、じげんもねじまげますが、あとでわれわれのほしゅうはんが、てあつくもとどおりにしますので、しんぱいはごむようです。
それで、みなさんにつきあっていただくじっけんですが、そのないようは、われわれのさくせいしたとあるぶきを、つかっていただきたいのです。
いまから、あなたがたひとりずつに、ぶきをくばります。
それを、どうつかうのかは、あなたがたしだいです。
つかわないもよし、つかってあらそうもよし、じゆうです。じゆうっていいですね。
ぶっそうなはなしだとおもいますか。むりもありません。でも、やっていただきます。われわれにとってつごうがいいので。
それもこれも、あなたがたのぶんめいやれきし、ちのうしすうがおろかなのがわるいのです。うらむなら、あらそいをこのむ、あなたがたしゅぞくのしゅうせいをうらんでください。それゆえに、あなたがたはこのじっけんの被験生命体にえらばれたのだから。
あなたがたのどうこうをみて、われわれはぶきがよくできてるかどうかはんだんしますです。しみゅれーしょんってやつです。
では、よろしこおねがいします。あなたがたしゅぞくのげんかいをみせてください。
ああ、つたえわすれてました。そーりー。
そのぶきのなは、実現力です。
では、じっけんをかいしします。ぐっどらっく」
「————はっ!」
気が付くと、駐車場の地面に倒れ込んでいた。ザラリとしたアスファルトの感触が、頬に伝わる。
「ううっ・・・」
身体を起こすと、すぐ隣でアキラがへたり込んでいた。眼鏡がずれて傾いている。
「あ、アキラっ。大丈夫かっ」
「・・あ、ああ」
アキラは震える手で眼鏡をかけ直すと、よろよろと立ち上がった。自分も、放心状態のまま、とりあえず立ち上がる。
「い、今の、何だったんだ・・・」
「・・・サトルも聴こえたのか?」
ごくり、と唾を飲んだ。どうやら今のは、幻覚ではなかったようだ。
謎の飛行物体から放たれた光に包まれた途端、突然身体が空間に溶けるような感覚があって、その後、真っ白い空間の中で漂うように存在していた。何が起きたのか理解できないでいると、どこからともなく声がして・・・。
「なんなんだよ、実現力って・・・」
アキラが呟く。足元で、倒れたメロンソーダのペットボトルが、シュワシュワと中身をアスファルトに吐き出していた。
ああ、まだ半分以上残っていたのに。
————コトン
「・・・え?」
突然、メロンソーダのペットボトルがひとりでに立ち上がった。まるで、逆再生映像のように、中身がふよふよと浮遊し、飲み口から中へと戻っていく。
あまりに奇妙な光景に釘付けになっていると、
「・・サトル、あれ」
と、声を掛けられた。
「え?」
顔を上げると、ガラス張りの壁の向こう、ハローワークの屋内で、無数の書類が舞い上がっていた。
「なにが・・」
———パリイイィン!
と、けたたましい音を立てて、ガラスが割れた。
「え?」
次々とガラスが割れていく。ぼんやりと、いつか見たハリウッド映画のワンシーンを思い出していると、
「ふ、伏せろサトルっ!」
と、アキラが身体を押さえつけてきた。固いアスファルトの上にもう一度倒れ込むと、
バギャシャアアアアンッ!
と、聞いたことがない音がして、ハローワークの入り口が粉々に吹き飛んだ。ガラス片があちこちに飛び散り、何かがガラゴロと真横を転がっていく。
倒れ込んだまま呆然としていると、破壊された入り口から、何かがゴソゴソと出てきた。
「ウゥングォオオオオオオーッ!!!」
そこにいたのは、今まで見たこともない————、いや、どこかで見たことがある、怪物の姿だった。トゲトゲの背びれに、長い尻尾、真っ黒いゴツゴツの皮膚。まるで直立したトカゲのような・・・。
「オオオオオオオォンン・・・グォ」
怪物が、こちらの方に首をもたげた。焦点のあっていない目で、睨んでくる。
「ウゥングオォン」
突然、怪物の背びれが赤く光りだした。それは段々と光量を増していき、不揃いの牙が覗く口からも同じような光が———。
「あ」
何かが放たれる。そう直感した時には、もう遅かった。
「ヴォォオオオオオオオッ!!!」
大口を開けた怪物が吐いた熱線が、こちらに向かって————。
「うわああああああっ!」
ガキィイイイイイイインッ!
「・・・え?」
何が起こったのか理解できなかった。
数瞬前、自分は死を覚悟して、腕で顔を覆った。ところが、何も起きず、謎の金属音が聴こえ、目の前には、アキラが。
「はっ、はっ、はあっ・・」
「あ、アキラ?」
地面に膝をつき、息を荒げて右手を前方に掲げるアキラの前には、塀のような物体が鎮座していた。2m四方ほどの黒い板が、アスファルトにめり込んでいる。
「な、なにこれ?」
アキラが呆然と呟いた瞬間、
———キィイイイイイイイイン
と、耳鳴りのような音と共に、黒い物体が粉々に砕けて散った。不思議なことに、黒い破片は見る見るうちに小さくなり、空間に溶けるように消えていった。
「あ、アキラ?どうしたんだ、その腕」
「え?」
やっと気が付いた。アキラの右腕に、銀色の鎖が巻き付いている。よく見ると、服も右腕の部分だけ、パーカーのダボ付いた袖ではなく、テラテラと黒く光るレザー生地の袖になっていた。
「こ、これって・・」
「ウゥングォオオン!」
困惑していると、あの怪物が尻尾を振り乱しながら、ズシズシとこちらに歩んできていた。アスファルトに、ガリガリと足の爪が食い込んでいる。
「わ、わああっ!」
————キィン!
突如、アキラの右手から、黒い衝撃波が放たれた。滑空する大型の鳥のような衝撃波は怪物の顔面にぶち当たり、
「グバウァッ!」
と、怯ませた。
「あっ、アキラっ。何がっ・・」
「あ・・、なんか、分かってきたかも・・」
「・・はあ?」
「ウゥングォオオオオオオオッ!!!」
激昂したのか、怪物が真っ赤に光りだした。背びれも、口元も、真っ赤に染まっていく。
「やっ、やばっ、アキラっ!逃げようっ!」
ようやく立ち上がり、呼びかけたが、
「ちょっと、待って」
と、アキラはその場を動こうとしなかった。スッと立ち上がり、右腕を堂々と前に突き出して、掌を掲げる。
「お、おいっ!何やってんだよっ!ヤバいって!逃げないとっ!」
空回りをするように焦っていると、突然、空気が震えた。風が巻き起こり、髪の毛が揺れる。
一体何が、と、先程から何度感じたか分からない疑問がまた浮かんだ瞬間、アキラの右腕に巻き付いていた銀色の鎖がシャラシャラと宙に浮かんだ。まるで、蛇のようにくねり、右腕を軸にした鎖のスパイラルが形成されていく。
「・・・ブラックスターッ!」
バシュンッ!
と、アキラの掛け声とともに、先程とは比にならないほど大きな衝撃波が掌から放たれ、
「グバゥアアアアアアッ!!!」
と、怪物が黒い閃光に呑み込まれた。バチバチと火花が散り、一瞬の沈黙の後、
————ドガァアアアアアンッ!
と、黒い閃光と共に怪物が爆散した。爆風がビュウッと吹きすさび、髪の毛が揺れる。脳の情報処理が追い付かず、呆然としていると、爆心地の地面からシュウシュウと白い煙が上がった。
「さ、サトル・・・」
アキラが振り返った。
「俺、ヒーローになっちゃったかも・・・」
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