【2】

「おおっ、やっぱりサトルか!めちゃくちゃ久しぶりじゃん!最後に会ったのいつだっけ?」

「ああ、えっと、・・成人式の後の同窓会以来じゃないか?」

 顔をほころばせる旧友に反して、自分の顔は強張っていった。

「そっかあ、あの時以来かあ。あの時俺、すぐ潰れちゃってさあ。よく覚えてないんだよなあ。っていうか、サトル、ここで働いてんだ。すげえな、公務員じゃんかよ」

「あ、ああ、まあ・・」

 咄嗟に言葉を濁した。

 ”何言ってんだよ、派遣だよ派遣”。

 そんな言葉を喉元でこらえる。なぜ、そんなことをしたのかは分からなかった。いや、本当は分かっている。自分の中にあるちっぽけなプライドが邪魔をしたのだ。

「それで、用件は?」

 取り繕うように話題を逸らす。

「ああ、この会社で働こうと思うんだけどさ。勤務時間と休日がどんなもんか知りたくって」

 アキラは容易くそれに乗っかった。心の中でほっと息をつく。単純なヤツでよかった。今の自分について、あれこれと質問されたくはない。ましてや、アキラからは。

「ここは・・・、そうだな。他のとこに比べれば、割と休日が多い方だけど、結構残業があったりするよ。まあ、単純作業っぽいから、業務内容からしたら、そんなに苦じゃないとは思うけど」

 普段なら、こんな砕けた物言いはできないが、友人となれば話は別だ。堅苦しい言い方をする必要はない。早い話が、直球でものを言うことができる。

「そうなのかあ、でも、なるべく残業はしたくないんだよなあ。時間がとれればそれでいいんだ。業務時間が短いとこがいいな」

 アキラは頭をバリバリと搔きながら、呑気に言った。昔から変わらない伸び放題の天然パーマから、バサバサとフケが舞う。

「えっと、今までどんなとこで働いたことがある?資格とか、持ってたりする?」

「ああ、俺、大学出てからずっとフリーターでさ。アルバイトしかしたことないんだよね」

「・・・あ、そう」

 言葉を失った。アキラは同級生だ。ということは、五年間ずっと手に職を付けず、過ごしていたというのか。

 なぜか、心が軽くなった。目の前のアキラが、急にちっぽけな存在に成り果てる。強張っていた顔と喉元が、ゆるゆると余裕で満たされていった。

「なら、ここはちょっと厳しいかもな。パソコンくらいは扱えるだろ?ここなんか、どうだ?」

「なになに・・・、うーん、給料低いなあ。これなら今のバイトしてた方がいいな。もっとさ、なんかいいとこないの?」

「いいとこって、アキラ、もう今年で27だろ。その年齢でいいとこなんて、いくらなんでも限界があるよ。ほら、ここなんか、問答無用で雇ってくれるよ?人手が足りてないから」

 土木工事会社の求人票を差し出す。正直言って、あまりお勧めはできない案件だ。

「土木作業?そんなの疲れちゃうよ。それにああいうとこって、土日休みも無いんだろ。それじゃ困るんだ。時間が取れないと」

 不満を垂れるアキラにほんの少し苛立ちを覚えながら、求人票をしまった。

「時間って、なにか副業でもする気なのか?」

「ああ、俺さ、絵描いてるんだ。漫画家目指してるんだよ」

 思わず、息が止まった。脳の奥底に沈めていた、思い出したくもない記憶を突かれて、目が泳いだ。

「随分と賑やかにお話してるねえ」

 背後から柔和な声が聴こえて振り返ると、壮年の上司がニコニコと佇んでいた。物柔らかな雰囲気を纏ってはいるが、目の奥が笑っていない。

「あ、えっと、すいません。昔の知り合いなもので・・」

「やあ、これはどうも。お知合いですか。仲がいいのは良いことですねえ。こんなところで思い出話に花を咲かせるのもなんですから、あちらの休憩所で一服してきたらどうです?積もる話がおありでしょうから」

 ぬるりとした目線に、厭な圧迫感を感じた。

 いつもそうだ。この男は柔和な雰囲気で堂々と嫌味を言う。こっちが非正規雇用の人間だといって、なめ腐っているのだろう。お前のような派遣社員など、いつでも切り捨ててやると言わんばかりに。

「あ、でも、自分は煙草を吸わないんです」

 何も分かっていない呑気な声で上司に答えるアキラに、また苛立ちを覚えながら、立ち上がった。

「すいません。お言葉に甘えて・・」

 下げたくもない頭を下げて、窓口から出た。アキラの手を引くように、目線で促して外の休憩所に向かう。

「待ってよ、サトル。俺、まだ会社を・・」

「いいから、早く」

 焦りと苛立ちを必死に抑えながら振り返ると、上司が汚いものでも見るかのような目つきでアキラの背中を眺めていた。

「コーヒーおごってやるから」

「マジで!?でも、俺コーヒー飲めないんだ。メロンソーダがいいな」

 ようやくついてきたアキラを犬のように引き連れて、入り口へ向かった。

 背中から、自分たちに刺すような侮蔑の視線が向けられているのを、ひしひしと感じた。

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