斯く書く死か字か

 何があったのか。聞くべきではない。聞いたとて、私は「かくかくしかじかで」、と濁すだけだ。少なくとも君達の思っているような、面白みに富んだ、それこそ小説の中の話のような、刺激的なものではない。それでも、どうしても、私の話が聞きたいのであれば、1の数字が見えるまで、下へ下へと進んでみるといい。










3









2










1

 この「1」を見た、ということは、私の話がどうしても聞きたい、ということだろう。ならばお聞かせしよう。

 まず、何から話そうか。ならば、今なぜ、私の体が赤く染っているのか。から話そう。とは言え、別に長々と話すつもりはないし、長々と続けられるような話でもない。

 簡単な話、血を浴びたのだ。全身、特に胴体から下が圧倒的に量が多い。ただ、それだけである。先に話した通り、長々と続くような話ではないだろう。


 では次に、なぜ血を浴びたのかをお話しよう。こちらも、長々と続けられる話ではない。なぜ血を浴びたのか、酷く簡単な話、人を殺したからだ。ただ、それだけ。


 では次に、なぜ私の周りには死体が見当たらないのか、という話でもしようか。死体は既に、四肢と首と内臓と骨と皮膚とで解体し、複数のゴミ袋にそれぞれ詰められるだけ詰めた。故に今、この室内には死体が見当たらない。


 なぜ殺したのか?

 簡単である。殺したいと思ったから殺した。ついでに話しておくと、殺したのは名前も知らない成人男性だ。一瞬目が合っただけで逆上し、いきなり胸ぐらを掴んできたため、私は咄嗟に、ポケットの中に仕込んでおいたナイフを使い、男の喉を斬った。グサ。そんな音ではなかった。もっと、バリッ、とか、そんな音だった。男は死ななかった。さすがに、喉を軽く斬られただけでは死なない。しかし体に力が入らないのだろう、地に転がり、芋虫のようにうねうねと蠢いている。私はその男を引っ張り、私の部屋に連れ込んだ。

 私の部屋には、私物という私物が殆ど無い。物欲が極めて乏しいのだ。何かが欲しいと思うことは滅多になく、結果、テレビすらも置いていない。ただ特徴を上げるならば、天井も床も壁面も全て、真っ黒く塗り潰している。別に黒が好きという訳では無く、飛び散った汚れや血を誤魔化すのには、黒が適していると思っただけだ。

 そんな殺風景な一部屋に、引っ張ってきた瀕死の男を投げ捨てる。そこから私は、男を殺すことを考えず、男を捨てることだけ考えた。ゴミを捨てるにあたっては、ゴミを分別する必要がある。人間はひとまず、四肢をちぎり、首を切り離し、内臓を抉ればいい。無論、生きた状態で行う。

 私はまず、まだ生きている男の腹を切り、小腸を掴んだ。ニュルニュルとしていて且つコリコリとした感触は、初めて触る人にとっては鳥肌が立つほどの気持ち悪さだろう。しかし慣れてしまえば鳥肌さえ立たず、さながら医療ドラマのドクターが如く耐性を得られる。無論、私はもう慣れている。

 男は、自らの腹が裂かれ、中から腸が引き出されている光景を目にして、上げられるはずの無い悲鳴を上げた。まさに、声にならない声であり、叫びたくとも叫べないその滑稽な姿を見るとついつい鼻で笑ってしまう。

 男はまだ死なない。何なら、いつ死んでも構わない。できる限り苦しむなら、私はそれでいい。目が合っただけで胸ぐらを掴んでくるようなゴミ未満の人間は、苦しみながら人間により処理されるべきなのだ。

 腸をある程度取り出した後、今度は腹から視野を変え、股関節付近に目をやる。早い段階で脚を落としておけば、死後硬直で固まってしまった厚い筋肉を必死に落とさずに済む。ただ生きている状態でも、脚を落とすにはこの小さなナイフは心もとない。という訳で、私は家の中にある数少ない私物である、中華包丁とハンマーを持ってきた。

 まず、中華包丁の刃を太もも付近に軽くあて、次に、ハンマーで思い切り包丁の背を叩く。すると、強く打ち付けられた包丁は脚の肉を簡単に抉り、切断に近づく。骨に関しては、直接ハンマーで砕けばいい。腕も同様に行えば、案外簡単に四肢を落とせる。


 因みに、男が死んだ瞬間を私は知らない。気付けば死んでいた。死んでいると気付いたのは、包丁とハンマーで首を切り落とした時だった。





 さて、そろそろこのゴミ袋たちをゴミ捨て場に持っていこうか。




 では最後に、なぜ私が今こうして文章を綴っているのか、教えてあげよう。



 死は目で見てこそ伝わる。しかし今この場には、私以外の誰も居ない。故に、こうして文に表し、私の犯行を誰かの記憶に刻む。



 通報しようと無駄だ。なぜなら私の現在地を知る者は居ない。

 何故か?

 目撃者は居ないのか?

 目撃者なら全員殺した。



 もしも、マンションの上下左右いずれかの部屋から、悲鳴のような声、何かを砕くような音が聞こえれば、それは多分私だ。そして用心しておくといい。少しでも私の逆鱗に触れれば、今度はこの文を見ているあなたがゴミ袋に入ることになる。




 嫌な気分になりました?

 だから、私は最初に言ったのです。

 聞くべきではないと。

 私に、「かくかくしかじかで」と言わせ、且つそれで納得しておけばよかったのに。



 後悔するくらいなら、最初から見なければいい。そして、忠告は無視しない方がいい。




 では今度こそ、さようなら。

 私と会うことの無いよう、生きることをオススメします。

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斯く書く死か字か 智依四羽 @ZO-KALAR

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