第20話 お見舞い

「失礼します。司、お見舞いに来まし……きゃぁっ!?」


「何をやっているんだお前は!」


 睡蓮との戦いで負傷を負い保健室に運び込まれた司を見舞いにやってきた風花とアリーの第一声がそれである。

 保健室のドアを開けた瞬間ふんどし一丁の司が姿見の前で引き締まったケツを「ぱぱんがぱん!」とリズミカルに叩き、その隣で白衣のオネェゴリラがウホウホドラミングしているのを見れば無理もなかった。


「おお二人とも。身体の調子を確かめてたところだ」


「まったく、心配して来てみればピンピンしてるじゃないか」


 かなりざっくりと腹が裂けていたように見えたが、見た限り腹の傷は塞がっているし痕も残っておらず風花はひとまずホッと胸をなでおろした。


「アンタ、中々いいビート刻むじゃない。ゴリラの才能あるわよ」


「はっはっは、将来はジャングルでゴリラになってみるのも悪くないかもな」


「なれてたまるか!」


 ふざけ倒すゲボ美と司に風花がキレ気味にツッコむと、風花の背中に隠れたアリーが顔を赤くしてもにょもにょ声を上げる。


「あ、あの、そろそろ服を着ていただけませんか? 恥ずかしいです……」


「おお、すまんすまん」


 一度ドアを閉め保健室から出た二人の耳に狩衣風の学園制服に袖を通す衣擦れの音が微かに届く。

 気恥ずかしさに俯く二人の頬はうっすらと赤い。

 アリーにとっては初めて見た異性の裸だったし、風花にしても一度全部見てしまったとはいえ同じ屋根の下で暮らす男子の身体である。意識するなと言うほうが無理があった。


「……何してんのこんなとこで」


「「ひゃわぁ!?」」


 と、保健室の前で顔を赤くしてもじもじする二人に訝し気な視線を投げかけたのは暁である。

 風花の救出作戦からこっち天原学園の保健室に匿われた暁と邪魅は、その身に封じられていた禍ッ神を抜き取られた影響で失った体力を戻すべく現在も保健室で寝泊まりしていた。


 最近では随分と体力も戻り暇な時間は学園内を散歩したりメガフロートまで遊びに出かけたりしており、今も図書室から帰ってきたところである。


「終わったぞ。む、暁か」


 着替え終わった司が保健室から出てきたのを見て暁はすべてを察したように「なるほど」と小さく呟いた。


「だいぶ顔色もよくなってきたな」


「おかげさまで。この前はお見舞いのプリンありがとね。邪魅のやつ悪態つきながら美味そうに食べてたよ」


 暁たちが保健室で療養を始めてからというもの、司は週に一度は必ずお見舞いの品を持って二人を見舞いに来ていた。

 暁は元々ドライなところがあるためすでに終わったことについてどうこう言うつもりもなく、司の好意を素直に受け取っているが、邪魅はまだ割り切れない思いがあるのか司とまだ口をきけずにいる。


「そりゃよかった。また今度何か持ってくる」


「別に気使わなくていいのに」


「俺がそうしたいんだ。いらないならゲボ美にでもあげてくれ。今日は邪魅は一緒じゃないのか?」


「別にいつも一緒ってわけじゃないよ。最近は視聴覚室でずっと何か見てるみたいだね」


「そうか。じゃあまたな」


「うん。また」


 風花とアリーを連れて去っていく司の背中を見送ると、丁度入れ違いになるタイミングで邪魅が帰ってくる。


「何してんだよこんなとこで」


「別に。また視聴覚室行ってたの?」


「あ? どこ行こうがウチの勝手だろ」


 相変わらずの喧嘩腰で返した邪魅が保健室のドアを開けると、ちょうど中から出てこようとしていた双子姉妹とばったり出くわした。


「あ、ごめんなさい! お先にどうぞ」


「スターラビッツ!? にゃにゃにゃんでここに!?」


 憧れのアイドルたちが急に目の前に現れ、悲鳴を上げて暁の後ろに隠れる邪魅。

 視聴覚室に置かれていたスターラビッツの過去のライブ映像を偶然見つけてからというもの邪魅はすっかり彼女たちのファンになってしまい、ここ最近は何かに憑りつかれたように双子たちの歌を聴き漁っていた。


「あ! もしかしてあなたたちが邪魅ちゃんと暁くん? こうして会うのは初めてだよね。はじめまして! 狛神斗亜でーす」


「妹の紫雲でーす。私たちのこと知っててくれたんだ。嬉しいな!」


 普段、姉の斗亜はツインテールに、妹の紫雲は三つ編みのおさげにしているが今は髪を下ろしていた。


 いたずら心を出した姉妹が邪魅の周囲をぐるぐる回って立ち位置を入れ替えれば邪魅の目もぐるぐる回りいよいよどっちがどっちか分からなくなる。


「はひゃい! そ、そそそそりゃもうドゥフ! あっあっあ、だっだだだ大ファンっス! あ、あのあのあのなんでウチのこと知ってるんスか!?」


「あの事件で司先輩の妹と弟が保護されたっていうのは聞いてたんだ」


「二人は気を失ってたけど私たちも治療を手伝ったんだよ?」


「やばどうしよ推しが尊すぎて死ねるんですけど」


「いい加減僕の頭越しにフヒるのやめてもらえないかな」


 いい加減邪魅の鼻息が鬱陶しくなってきた暁が背後に肘を入れる。

 憧れのアイドルに会えて嬉しい気持ちは分からなくもないが、後頭部にふんすか生暖かい風がかかって鬱陶しいことこの上ない。


「あはは、ごめんね引き止めちゃって」


「また今度司先輩とお見舞い来るね!」


 キラキラの笑顔で手を振りその場を立ち去る双子たちのオーラにすっかり浄化された邪魅は、夢見心地な表情でいつまでも二人の去った方をぼんやりと見つめ続けるのだった。



 ◇



 二週間後。


「突然だが転入生を紹介する。戸張暁と黄泉渕邪魅だ」


「どーも」


「うぃーっす」


 学園長に紹介された二人が教壇の横に立ち軽く会釈する。

 素っ気ない挨拶に気を悪くすることもなくSクラスの面々は拍手で二人を迎え入れた。


 あれからも司は二人もとへ毎日足しげく通い、そこに連れ添ってSクラスの生徒たちも日ごとに入れ替わりで二人を見舞った。

 今まで触れることのなかった他人の優しさに二人は当初戸惑い警戒の色を見せたが、次第にそれもなくなりいつしか顔を見れば挨拶を返す程度には打ち解けていた。


 そして三日前、二人の心身の回復に伴い誰も予想だにしなかったことが起きた。

 暁と邪魅が神器を発現させたのである。


 主治医のゲボ美の見解によれば、長年禍ッ神を身の内に封じられていた影響で二人の肉体そのものに神性が宿ったのではないかとのことだが、詳しいことはまだ分かっていない。


 だが二人が神代としての力を手にしたのは事実であり、ここは神の力を持つ子供たちのための学び舎だ。

 二人を保護する意味合いも込め学園長が学園への特別転入を提案すると二人はこれを了承。

 学科試験の結果と二人の特異性を加味した結果、邪魅と暁は晴れてSクラスへの転入と相成った。

 空いている場所に座るよう学園長に指示された二人が三日月の後ろへ腰掛けると、長机越しに三日月が振り返り尊大な態度で鼻を鳴らす。


「フンッ! 俺様は心が広いからな。この前の無礼は忘れて仲良くしてやる。感謝するといいぞ!」


「相変わらず態度のデカい坊ちゃんだな」


 暁が気だるげな顔でそう切り返せば三日月がすかさず「坊ちゃん言うな!」と文句を言う。


「にひひっ、隙あり!」


「あ! なにするやめろあっはははは!」


 その隙に邪魅が三日月を背後から抱え込み脇腹をこちょこちょすれば、三日月はたまらず大声で笑い転げた。


「あははひひひ! や、やめ、やめろぉーっ!」


「こら黄泉渕、生徒同士戯れるのは構わないが時間と場所を弁えろ」


「へーい」


 学園長に注意され邪魅は間延びした返事を返して三日月をパッと開放した。


「ぐぬぬ、お前ら後で覚えてろよ!」


 悔しそうに歯噛みして涙目で睨んでくる三日月の視線を、暁と邪魅は知らん顔で受け流す。

 二人の顔には堪えきれない悪童の笑みが浮かんでいた。

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