第19話 Sクラス対抗トーナメント 後編
予選第二戦は三日月VS茂利雄の主従対決となった。
「いいか、手加減したら許さないからな!」
「はいはい。また泣かねぇでくださいよ」
「誰が泣くか!」
ここ最近、三日月は大会に向けて大いに張り切っていた。
それというのも普段仕事ばかりにかまけてまるで自分に興味を示してこなかった父親が、天原島防衛戦以降の三日月の活躍を聞きわざわざ時間を割いてまで天原メガフロートに来て直接褒めてくれたからだ。
今まで誕生日にすら会いに来てくれたことなどなかった父が自分のためにわざわざ時間を割いてくれたことを三日月は大いに喜び、また父から褒めてもらおうと躍起になっていた。
「頑張れよー! 坊ちゃん!」
「だから坊ちゃん言うな!」
ベンチから司が声援を送ればいつも通り半ギレで返事を返す。
やる気を出して茂利雄と来人を巻き込みいざ特訓開始! ……となったまでは良かったものの、本気でかかってこいと坊ちゃんに命令され仕方なく本気を出した二人にボロカスに負かされてしまい三日月は一度大泣きしている。
それを見かねた司が風花との修業に三日月も誘うようになり、最近は放課後になると司たちと四人で火結嶽を駆けまわるのが日課になっていた。
「始めッ!」
合図と共に夜叉丸が動き出す。
腕を槍に変形させ突進してきた夜叉丸に対し、茂利雄は大盾をどっしりと構えて迎え撃つ。
すると夜叉丸は槍が大盾に触れる寸前に大きく跳躍。茂利雄の巨体を飛び越えざまに捕縛用の電撃ネットを口から吐き出した。
だがネットが捕らえたのは巨漢を
「甘ぇですぜ坊ちゃん!」
直後、三日月の足元から飛び出した茂利雄が三日月の身体を地面の底へと引きずり込んだ。
「どうしやす? まだやりますかい?」
「俺様をあんまり見くびるなよ!」
「っ!?」
首から下が完全に埋まった三日月を見下ろしニヒルに笑う茂利雄に、三日月が悪童の笑みで返した次の瞬間、三日月の頭が光り輝き大爆発を起こした!
茂利雄がとっさに大盾で爆発の衝撃をガードすると、夜叉丸が茂利雄の背中に飛び突き全身から大量の棘を生やして茂利雄を串刺しにする。
通常なら即死の攻撃を受け一気に神気を削られた茂利雄が白目を剥いてその場に昏倒すると、夜叉丸の背後から本物の三日月がひょっこり顔を出す。
「へへん。どーだまいったか! 俺様は常に進化し続けるのだ!」
爆発したのは本人そっくりの身代わり人形、その名も
司との修業で神気の総量が増え三日月は同時に二体まで人形を出せるようになっていた。
三日月は試合開始直後に夜叉丸の影に隠れて月影と入れ替わり、茂利雄の視界の外で隙を伺っていたのだ。
「勝負ありだな。誰かこのデカイのを保健室に運んでやれ」
学園長が勝負の判定を下すと夜叉丸が茂利雄の巨体をよっこいせと背負って駆け出していく。
爆発の余波で大きく抉れてしまった演習場を学園長の式神たちが元通りに直してSクラス対抗トーナメントは予選第三回戦へと進む。
予選第三回戦は狛神斗亜、紫雲の双子姉妹対決だ。
マイクとステージ衣装でワンセットの神器を具象化させ二人が向かい合うと、どこからともなくアガるビートとスクラッチが流れてくる。
歌を武器とする双子の勝負と言えばフリースタイルラップバトル以外にはあり得ない。
「「先攻後攻じゃんけんポン!」」
結果、斗亜がグー、紫苑がパー。
「じゃあ私が先攻やらせてもらうよ」
「オーケィ! 妹の紫雲先攻! 二人とも準備はいいな!? Ready Fight!」
キャップを被り派手なサングラスをかけた学園長が手を振り降ろし勝負が始まる。
「Yo! 久々の姉妹対決ラップバトル。上がル気分は上々、首尾も上々。私たちの人気右肩上がり、末広がり、だけどお姉ちゃん私服のセンスダサイのマジあり得ねぇから! 私たちアイドル、私生活皆見てる、アンタがダサイと私のイメージ崩れる! 私ら双子だ忘れんじゃねぇぞ!」
「いっちょ前なこと言ってんなよ、自分一人じゃ髪もセットできねぇくせによ。自分じゃなんもできねぇまるで赤ちゃん、私がいないとなんもできないじゃん、転生しても変わってないじゃん。成長しねぇアイドルに未来はねぇ! いい加減成長しろよマイシスター!」
「あれれ? スターとしての自覚持てって言ったの分かんなかった? 家から一歩外出りゃ私らアイドル、大勢に見られてる! いい加減自覚持てよ、アイドルが堂々ニンニクラーメン食べないでよ! 自覚足りてないでしょ。ニンニク臭い歌なんて誰も聴かねぇ、炎上したアイドルに未来はねぇ!」
「欠点のないアイドルなんて誰も求めてねぇよ! ちょっと抜けてるくらいで丁度いい。Follow me! フォロワー数も私のほうが一万人多いもんね! それだけ皆に求められてる、愛されてる! こっちは結果だしてんだ文句あっか!?」
「フォロワー数でマウント取んなよ! そういうとこだよ! 自覚足りてねぇって言ってんの分かんねぇ? 勉強できなくていつも私に教えてもらってるおバカさんだもんね! おバカキャラで人気取れるのは若い内だけ! 私はいつだって未来のこと考えてる、お姉ちゃん、ちゃんと考えてる? 考えてないでしょだってバカだもん!」
「未来ならいつだって考えてる! 今日の献立、今後の方針、アイドルの消費期限はいつだって
「もうラップでもなんでもねぇお説教じゃねーか! そんなライムじゃ私にゃ届かねぇ! そんな暇あったら歌の練習しろ! 歌は私らの武器だろ!? 最近ライブの音なにあれ舐めてんの!? あれもこれもやりすぎ! バカのくせに頑張りすぎ! もっと自分の身体大事にしろ! 地球の裏まで歌届けんだろ!? アンタが倒れちゃなんにもなんねぇ! 初心忘れんなよ三歩歩きゃ全部忘れる鳥頭なんですかぁ!?」
「忘れてねぇ! 忘れるわけねぇ! 皆に歌届けるには常に目立ってなきゃ聞いてもらえねぇ! 一度でも聞いてもらえりゃ私らの勝ちだ! 人の人生? んなもん五分もありゃ変えてやんよ! 私らはいつだって夜空で輝く一番星でいなきゃいけねぇんだよ! スターラビッツの意味忘れてんのはどっちだよ!」
「「きゅう」」
ばたり、と。両者相打ちの共倒れ。
耳から体内に浸透した言霊は内側から直接ダメージを与え、神気が尽きた二人が同時に目を回して倒れた。
「……えー、二人とも戦闘不能につきこの勝負引き分け!」
学園長の式神に運ばれていく姉妹を全員が拍手で見送り予選は最終試合へ。
なお二人は普段喧嘩などまったくしない仲良し姉妹である。
「ヒヒッ、坊ちゃんから聞いたぜ? 随分と力の制御に苦労してるみたいじゃねェか」
「それがいつの情報か知らないが、あまり舐めてもらっちゃ困るな」
予選第四試合。司VS来人。
お互い神器を展開し相手の動きをつぶさに観察し合う。
ヒリヒリとした緊張感が場を満たし、山から吹き下ろした風が木の葉を巻き上げ────。
「始めッ!」
学園長の手が振り下ろされると、両者先手必勝の猛攻へ出た。
司が両腕を前に突き出し腕を覆う甲殻をガトリング砲へと変形させ、開戦の法螺貝を思わせる轟音と鋼鉄の牙を撒き散らす。
暁と邪魅の内なる神を喰らったことで二人の能力の一部を継承したのだ。
対する来人は大量のナイフで壁を作り銃弾の
「
鞭のようにしなり叩きつけられたそれは、さながら山を崩したという神話の
音速を越えて叩きつけられた毒撃に大きくブッ飛ばされた司が地面を二転三転と転がり、悪魔の翼を広げて空中へ飛び上がり体制を立て直す。
「はい降参。やめだやめ」
「はい?」
と、司が反撃に出ようとしたところで来人は神器を消して両手を上げて降参した。
「そもそもお前との相性が最悪なンだよ。茂利雄の野郎ならタフだしパワー勝負でワンチャンあったかもしんねェが、オレっちの最大火力叩きつけてもピンピンしてやがるし毒も効かねェならもう無理だ。やってられっかこんな勝負」
「なんだ、がっかりだな」
露骨に司ががっかりするが、何であれ勝ちは勝ちだ。
「的確な分析と即時撤退までの判断の速さ。やはり久留井は指揮官向きだな。その気があるなら卒業後は軍に入ってはどうだ」
「オレっちは三神家の専属ボディーガードで十分ですって。余計な責任負うのなんざまっぴらでさぁ」
学園長の総評をにべもなく切り捨て来人がベンチに戻り、Sクラス対抗戦は一気に準々決勝へと駒を進める。
くじ引きの結果司が準決勝のシード枠に収まり、準々決勝はアリーVS三日月の試合となった。
が、アリーのトラップにまんまと引っ掛った三日月が瞬殺されてしまい、またもや坊ちゃんが涙目になった以外は特に見どころもなく試合が終わる。
「遠慮は無用だ。全力でこい!」
「ふふっ、また操り人形にして差し上げますわ」
準決勝、アリーVS司。
当初は気絶した後の回収役として修行に付き合わせていたアリーだが、最近では手合わせに参加することも増えてきていた。
それでもなお、このアレクシア・ペルセキスという少女の底が見えてこない。
兎にも角にも糸の汎用性が高く、手数が豊富でアリー自身も頭が回るためどれだけ対戦しても引き出しが一向に尽きないのである。
ともすれば猛以上の難敵。それがアリーに対する司の評価だった。
「始めッ!」
司が悪魔の翼を大きく広げると皮膜が煌めき、放たれた銀の粒子が風に乗り演習場を覆い尽くした。
先の暁との戦闘で昏倒させられた経験から毒を警戒したアリーは糸で編み出した防塵マスクで口元を覆うと、指先を躍らせ糸を鞭のように振るい司に斬りかかる。
四方八方から襲い来る斬糸を掻い潜った司が両腕を巨砲へと変形させる。
刹那、上空から演習場を消し飛ばす勢いで巨砲が一斉に火を噴いた。
運命操作で操れるのはアリー自身を対象にした一から九九%までの確定していない変数のみ。
点や線の攻撃には強いがどう動いても避けきれない面制圧には弱い。
「ふふっ、この程度で倒せるとは思っていませんわよね?」
……だがそれは運命操作に限ればの話。
アリーには汎用性の高い糸の神器があり、運命の糸を編んで身体を覆う繭を形成すればあらゆる災厄から彼女を守る絶対防御となる。
「ああ、だから繭に閉じこもってくれるのを待ってたのさ!」
「っ!?」
絶対防御の内側、そこにいるはずのない司の声にアリーが振り返ると、巨砲の暗い砲口が彼女の視界を覆い尽くした。
この距離では運命操作も糸による防御も間に合わない。
「……降参ですわ」
糸の神器を消し両手を上げたアリーが視線で司に種明かしを求めた。
「今までアリーが見ていたのは鱗粉が見せた幻覚だったのさ。光の反射で術中に嵌めるからマスクをしても意味は無い」
一度術中に落としてしまえば、阿部流を極めた司の正しい位置を特定するのはまず不可能だ。
そうして相手が最大の隙を見せるまで気配を殺して待ち、防御不可能な一撃を叩き込む。
「むぅー、ズルいですわ。修業の時もこの力は隠してましたわね?」
「まぁな。だって防ぎようがないだろこんなの。俺が一方的に嬲るだけじゃ誰の修行にもならないしな」
正真正銘、司の奥の手である。
周囲のギャラリーには接戦の末アリーを倒した幻覚を見せているため、司が種明かししない限りは誰も自分の目を疑いはしないだろう。
唯一気付かれる可能性があったのは耳の良い斗亜と紫雲の姉妹だけだが、二人とも気を失い退場しているためこの場にはいない。
「このことは信頼の証と受け取っておきますわね」
「そうしてくれ」
本番の予選トーナメントをアリーなら勝ち上がってくるという確信と、彼女自身の指揮官としての素質を見抜いた上での情報の開示。
団体戦で彼女に指揮を任せられれば司は戦闘にのみ集中できるし、大会中に良明の横槍が入り不測の事態に陥っても安心できる。
互いの健闘を称える握手を交わし、Sクラス対抗トーナメントはいよいよ決勝戦へ。
「さて、連戦になるがまだ行けそうか」
「もちろん!」
学園長がベンチに視線を投げると睡蓮が静かに息を吐き演習場の中央へ進み出てくる。
「すぐに終わらせる」
手の中に黒鞘の打刀を具象化させ、気だるげな流し目を作り睡蓮がだらりと構えた。
「刃を鞘に納めたまま勝てるほど俺の鎧は
「そう」
感情の籠らない平坦な声音だったが、纏う空気から彼女が臨戦態勢に入ったのが分かった。
一瞬で張り詰めた空気を斬り裂くように学園長の手が振り下ろされる。
「始めッ!」
刹那、睡蓮の刀が漆黒の軌跡を残して空を断つ。
適当な構えからは想像もつかない速さ。
睡蓮の初手を紙一重で躱し、懐へ潜り込もうと司が前へ出るが、睡蓮は見事な足さばきで司の歩幅に合わせて間合いを詰めさせようとしない。
すると急に睡蓮の足首に鎖が蛇のように絡みつき後ろへ下がろうとした彼女の動きを止めた。
阿部流【蛟縛】。足首に絡みついて動きを阻害するだけの初歩的な技も、刹那の攻防の最中に決まれば致命的な隙を生み出してくれる。
「
ガトリング砲に変形した司の拳が睡蓮の鳩尾に叩きつけられ、撃鉄の爆音と共に睡蓮の身体が『ボフン!』と煙を上げて消え失せる。変わり身の術。
「瞬閃」
司の背後から振り抜かれた黒鞘の一刀が空を薙ぎ、斬り裂かれた司の姿が蜃気楼のように霞んで消えてゆく。阿部流【空蝉】、自然の神気で形作られた幻影だ。
直後、上から降り注いだ弾丸の雨を睡蓮が鞘で打ち払うと、いつの間にか周囲に銀の粒子が漂っていることに気付き────。
上空から砲弾が撃ち込まれ演習場を吹き飛ばすほどの大爆発が起きた。
翼が纏う鱗粉は見た者を惑わすだけでなく、毒や爆発など様々な性質を持たせることができる。
さらに無機物に付着させれば手で触れずとも念力のように自在に動かすことも可能だ。
「……ははっ、マジか」
「今のは危なかった」
轟ッ! と爆炎が吹き散らされ無傷の睡蓮が抜き身の刃を鞘に戻す。
自分に降りかかった爆発の影響を斬り裂き身を護ったのだ。
「確かにあなたは強い。妹を変えてしまうほどに」
睡蓮が腰を深く落とし、抜刀の構えを取る。
珍しく神剣の御霊がざわついていた。我を抜き放て。アレはそれに値する敵であると。
「あなたにだけは負けたくない」
────絶刀【無縁】
音もなく。
いつ刃を抜き放ったのかも分からなかった。
鱗粉が見せていた幻影が消えたのと、睡蓮の背後に隠れていた司が膝から崩れ落ちたのは同時だった。
斬り裂かれた鎧の切れ目からどす黒い血がごぽりと噴き出し世界に新たな産声を上げようと手を伸ばしかけて。
「
カチッ、とスイッチを押す音。
学園長を中心にモノクロの世界がぶわりと広がり世界が停止し、司の腹を突き破って出てきた穢血も動きを止めた。
「……停止世界を喰い破るか」
時の呪縛を喰い破ろうと緩やかに蠢き始めた司の穢血を浄炎の術で焼き払い、傷口を呪符で塞いだ学園長はそのまま司を連れて保健室へと転移し時間停止を解除した。
「あら、またブッ倒れたのその子」
突然の学園長の来訪にもゲボ美は慣れたもので、すぐさま注射器の神器を生成し司の傷口に直接薬液を注入していく。
「この傷は睡蓮ちゃんね。島の加護を斬り裂いて致命傷を与えるなんて、ますます強くなってない?」
「この前の襲撃事件は雨水と天童の活躍が特に報道されたからな。胸糞悪い話だ」
「せめてこの島にいる間くらいは護ってあげなさいよ」
「無論だ」
神話の神の転生体である真神人は人々の信仰を得るほどにその力を増す。
睡蓮は猛の婚約者であり本人の意思に関わらず周囲が勝手にその名声を広めてしまう。
「……今度の予選、死人が出るかもしれん」
「出させないわよ。アタシを誰だと思ってるのン?」
「喋る珍獣」
「ブッブー! ちーがーいーまーすぅー! 白衣の癒し系ゴリラですぅー!」
「一緒じゃないか。じゃあ後は任せたぞ」
「はいはい。ゲボ美ちゃんにおまかせよん♪」
ゴリラのウインクをサイドステップで躱し学園長は再び演習場へ戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます