第16話 禍ッ喰ライ

 赤い怪人の両腕が火を噴き、爆音と共に弾幕の嵐が吹き荒れた。


 背中に飛びついてきた夜叉丸を背負い、司が僅かな弾幕の隙間へと身を滑り込ませて二人の怪人へと近づいていく。

 すると今度は左右から見えない力に引き寄せられた大岩が司を押しつぶさんと猛スピードですっ飛んできた。


『やれっ! 夜叉丸!』


 三日月坊ちゃんの合図と同時、夜叉丸の六本腕が『ガシャン!』と変形して左右に巨大なビームライフルが展開する。

 銃口から溢れ出した極光が岩を貫き、真っ赤に溶解した岩が『ドパン!』と弾けた。

 続けざまに銃口が前方に向けられ、第二射が前方を薙ぎ払う。


 青い怪人がテーブルをひっくり返すように腕を『グンッ』と持ち上げると、岩盤がめくれて起き上がり二人の姿を覆い隠す。


「チッ! あのポンコツ動きが良くなってきてやがる!」


「ちゃんと学習してるんだ! 面白いじゃん!」


「面白いわけあるか! ウチはテメェと違って一方的に圧勝すんのが好きなんだよッ!」


 赤い怪人が目の前のぶ厚い岩盤を蹴り飛ばし、両肩の巨砲を交互に撃ちまくる。

 岩盤に突き刺さった砲弾が岩に深々と突き刺さり爆裂して、巨大な破片が司たちの方へと降り注ぐ。


「転々流波ッ! 継、鏡明流転きょうめいるてん!」


 司が体軸を芯に身体を回転させ破片を弾き飛ばすと、鎧に跳ね返された岩が赤と青の怪人たち目掛けて光の尾を引いて加速しながらカッ飛んでいく。


 鏡明流転。敵の攻撃に自然界の神気を上乗せし、威力を何倍にも増幅して跳ね返す攻勢防御術式である。


「ハッ! 甘ぇんだよ!」


 二門のガトリングが唸りを上げ獰猛に吐き出された鉛の牙が迫りくる石礫せきれきを薙ぎ払えば、岩が砂岩のように砕けて場を覆い隠すように粉塵が舞った。


「ちっ! 岩に何か細工しやがったな!? 暁ィッ!」


「うるさいな。一々叫ばないでも聞こえてるっての!」


 青い怪人が腕を無造作に薙ぎ払うと、場を覆っていた砂塵の紗幕しゃまくが吹き払われる。 

 だが数秒前までそこにいたはずの司の姿がどこにもない。


「なっ!? どこ行きやがった!」


「っ! まさか!?」


 嫌な予感がして青い怪人と赤い怪人が結界の起点となっている柱の方へと振り向く。


「やれっ! 夜叉丸!」


 直後、粉塵に紛れて怪人たちの背後に回り込んでいた司の背中から夜叉丸がロケットのように飛び出し、空中で巨大なドリルに変形して柱を貫き砕いた!


 振り返ってしまった怪人たちの目の前で、地獄めいた禍々しい門が極寒の冷気を吐き出しながらゆっくりと開いていく────。


「ちっくしょぉぉぉぉッ!? やりやがったなぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」


「うわぁぁぁぁぁあああああああああああああああ!?」


 無数の鬼の手が門の奥から飛び出し、怪人たちをどことも知れぬ異界へ連れ去ろうとその全身に絡みつく。

 するといつの間にか怪人たちの手足に巻きついていた鎖が二人の身体をこちら側に繋ぎ止めた。



 阿部流、地の巻最終奥義、封印術『鬼門影牢』。

 地獄へ通じる門を対象の背後に呼び出し、振り返った者を地獄の底へ投獄する、数ある封印術の中でも最も強力な術である。


 そして怪人たちの身体を現世に引き留めている鎖は、天の巻に記されていた唯一の捕縛術『蛟縛みずちしばり』。

 あらゆる存在をその場に縛り留めるこの鎖は、地の巻最終奥義と合わせて使うことでその真価を発揮する。


 鬼の手が二人の身体から鎧だけをブチブチと引き剥がして門の奥へと持ち去っていく。

 皮膚ごと拘束具を引き剥がされ、二人の内なる神が血と共に沸々と湧き上がってくる。


 直後、『ドパンッ!』と溢れ出した禍ッ神が、鬼の手を掻い潜り獲物に喰らいつく大蛇のように司に向かって殺到した。

 司がとっさに身体を庇うように腕を交差させると、禍ッ神たちは鎧の隙間からズルズルと司の体内へと入り込んでいく。


【谿コ縺帶ョコ縺帶ョコ縺帛・エ繧呈ョコ縺帛、懷?り槙繧呈ョコ縺帛・エ繧定ィア縺吶↑谿コ縺帶ョコ縺】


「ガッ!? ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?!?!?」


 体内に熱した鉛を流し込まれたような苦痛に司が膝をつく。

 心の柔らかい部分から浸食するように、禍ッ神の怨念が流れ込んでくる。


 ゆっくりと息を整え、今にも爆発してしまいそうな熱を身体の外に吐き出し、双子たちの歌に耳を傾け邪悪な囁きを意識から追い出していく。

 すると漆黒の鎧がより禍々しい形状に変化し、背中に悪魔のような翼が生えた。


 地獄の門が閉じられ、全身血まみれの二人がどさりと地面の上に投げ出される。

 洞窟の壁に反響していた二人の絶叫と内側で暴れ狂っていた禍ッ神の声が遠のき、やがて不気味なほどの静寂が訪れた。


『お、おい! 大丈夫か!?』


 夜叉丸の目を通じて一部始終を見ていた三日月坊ちゃんが不安そうに声をかけ、夜叉丸が気づかわしげに司の背中をさする。


「ああ、俺は大丈夫だ」


 嘘だ。


 本当は今も骨が熱を持ったように痛むし、気分だって悪い。

 だが元は自分の一部だったためか、どうにか取り込めた。

 まさか鬼の手をすり抜けて禍ッ神がこちらに向かってくるとは予想外だったが、異母兄妹たちを救えたのだから結果オーライだ。

 じきにこの痛みも消えて身体に馴染むだろう。根拠は無いが、そんな予感があった。


『本当に大丈夫なんだな? 無茶だと思ったら縛ってでも夜叉丸に連れ帰させるからな!』


「心配性だな坊ちゃんは。双子ちゃんたちの歌を聞いて少し休めばすぐ動けるようになるさ」


『坊ちゃん言うなっ!』


 休むことなくずっと歌い続けてくれている双子たちの歌に司が耳を傾けると、身体の芯から熱と痛みが引いていく。

 戦闘中も歌のおかげで普段以上に身体が動いてくれたし、予期せず禍ッ神を取り込んだときも意識を繋ぎ止めてくれた。


 歌の力が世界を救う。

 昔聞いた伝説のアイドルの宣伝文句を思い出し、その通りかもしれないと司は兜の下で苦笑した。



 ☆



 その後洞窟内に突入してきた義久らと合流し、一行は洞窟の最深部を目指す。

 暁と邪魅の二人は学園長が一度学園の保健室まで送り届けた。

 今頃はゲボ美の手厚い治療を受けていることだろう。



「……来たか」



 息をするのも辛いほどの濃密な邪気が立ち込める血の池のほとりに、その老爺は静かに佇んでいた。


「アンタが阿部良明かい。できれば死人は大人しく墓の下に入ってて欲しかったねぇ」


 義久が挨拶代わりに軽い嫌味を飛ばす。


「ほう、すでに儂の正体まで突き止めておったか」


「半分以上は当てずっぽうの勘だったけどね。今の返事で確信したよ」


「ふん、儂にカマをかけるとは中々食えん小僧だ」


「俺を小僧呼ばわりとは恐れ入るね。元特級術士」


 禍ッ神を完全に消滅させられるのは神代の持つ神器だけだが、封印するだけなら神ならざる只人でも可能だ。

 術士とは儀式や道具を用いて自然界の神気を使い禍ッ神の封印を生業とする者たちのことで、阿部良明はそんな術士たちの中でも一〇〇〇年に一人とまで言われた天才だった。

 数々の革新的な術式を考案し、単独でS級禍ッ神を封印するなど、その偉業は枚挙にいとまがない。

 公式記録では不治の病を患い若くして急逝したことになっていたが、やはり事実ではなかったかと義久は小さく舌打ちする。


「儂を止めに来たのだろうがもう遅い! その目でしかと見るがいい! 伝説の復活だ!」


 良明が手に持っていた杖を地面に『カツンッ!』と突き立てる。

 すると背後の小島の上で殺生石が一際強く脈打ち、池を満たす血が殺生石に吸い上げられていく。


「させない!」


 前にのめり込むような姿勢から睡蓮が抜刀する。

 銀閃が空を駆け抜け、刹那、良明と殺生石が真っ二つになった。


 斜めにずれ落ちていく良明の身体がぐにゃりと解け、小さな人型の紙切れへと変わる。傀儡くぐつの術だ。


【フハハハハ! もう遅いと言っただろう! 何をしても止められはせん!】


 どこからともなく聞こえてくる皺枯しわがれた老爺の声に睡蓮が小さく舌打ちする。

 斬り裂かれた殺生石は池の血を吸い上げ元の形へ直ると、邪気を放ちながら宙へと浮かび上がっていく。


 殺生石の表面が肉の色を取り戻し、肉の上を玉の肌が覆い、その身から湧き出る邪気が九本の尾へと変化していった。


「風花、なのか……?」


 恐る恐る司が呼びかける。

 返事は無かった。


 それは美しい少女の姿をしていた。

 玉のように白い肌も、艶めく黒髪も、すべては出会ったあの日に見た少女のものだ。


 だがその身に纏う空気があまりにも禍々しすぎた。

 身体の各所を歪に覆う白鎧と顔を隠す白い狐面。

 背後で蠢く九本の尾は禍々しくも美しい黄金の色を湛えている。

 一見、司の鎧と似ているようにも思えるが、本質的には真逆のモノだと司は直感的に理解した。


 あれは内なる神を封じる拘束具でも、その身を護る鎧でもない。

 雨水風花という少女を蝕む呪いそのものだ。


 直後、山全体を揺るがすほどの激震があり、洞窟の壁や天井がボロボロと崩れ落ちていく。


【クカカカカッ! さあ、最後の大勝負と行こうではないか! 完全復活した白面金毛九尾を相手しながら山の噴火を止められるかな!?】


 目標達成を目前にした老爺の狂笑が崩れゆく洞窟に木霊する。


「やっぱりそう来るよねぇ! 防人君、悪いが手を貸してほしい! 一緒に山の噴火を止めるぞ! 皆はアレの相手を頼む!」


『了解!』


 義久の指示に全員が声を揃えて返事すると、狐面の奥で真っ赤な瞳が『カッ!』と開かれ、その視線が睡蓮を見定める。



「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」


「っ!?」



 刹那、その場の全員の意識を置き去りにして睡蓮の懐に肉薄した九尾の爪が睡蓮を引き裂き、突き抜けた衝撃が山肌に大穴を穿った!

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